大宮ふとん店 “超粘着パニック”事件簿──ハエ取り紙が世界を巻き込む日
通販地獄が終焉した——
と、誰もが思っていた。
だが正確には「通販業務がベーカリー中村へ丸投げされた」だけであり、
大宮ふとん店そのものは何ひとつ改善していない。
むしろ余力を得た結果、やや元気になったくらいである。
そんな中、店先には父が制作した麗奈の“ダサいノボリ”が今日も誇らしげに立っている。
そしてその横には、祖母が誇りを込めて掲げた手書きの看板——
『いんすたバエ』
さらにその横に貼られているのが、
問題の ハエ取り紙 であった。
祖母は得意げに言っていた。
「これねぇ、昔ながらの強力なやつなんだよ。
ハエさんだけじゃなくて、幸運もくっつくかもしれないよ」
幸運どころか、
地獄がくっついた。
最初に犠牲になったのは、出入りのクリーニング業者。
男
「ちょ、ちょっと!?
袖が!!袖がハエ取り紙に!!離れない!!」
祖母
「あらまぁ、動くと余計取れないよ〜。
昔はこれでカブトムシも捕れたんだよ」
麗奈
「そんな使い方しないよ!!」
袖を引っぱってもビヨンと伸びるだけで、
逆にハエ取り紙が“ぺたり”と顔にも貼りついた。
クリーニング業者
「目がああああああ!!」
祖母
「それ、目には良くないねぇ」
麗奈
「誰でもそうだよ!!」
やっとのことで剥がし、クリーニング業者は去っていった。
しかしその後も被害は続く。
父は競輪新聞片手に店先でタバコをふかしていた。
(昭和のままの店なので灰皿も昭和のまま)
父
「お、三連単当たるんじゃねぇか……?」
その瞬間、
風がふわりと吹いた。
車券「バサッ」
ハエ取り紙「ピタァァァ!!」
父
「ぎゃああああ!!当たり車券があああ!!!」
当たり車券は跡形もなくハエ取り紙に吸着。
父は泣きながら引き剥がしたが、
当たり番号は完全に読めなくなった。
母
「まぁ、そんな日もあるよ。
猫のクロじいが当たり車券持ってくるわけでもないしねぇ」
麗奈
「慰めが意味わかんない!」
そして最悪の瞬間が訪れた。
地域猫クロじいが
店先の布団の上で昼寝していた——
その細い尻尾が、
ふとした拍子に“ピタッ”と吸着。
クロじい
「ニャアアアアアアア!!」
猫の叫び声が上尾の空に響く。
尻尾を振るたび、
ハエ取り紙がビヨンビヨン揺れ、
そこに競輪新聞や誤字POPがひっつき、
クロじいの後ろに謎の紙の列がぞろぞろとついて走る。
まるで
「呪いの紙行列」
である。
麗奈
「やめてーー!クロじい止まってーー!」
祖母
「尻尾が細いとくっつきやすいんだよ」
麗奈
「知識が無駄に深い!!」
その時、救世主が現れた。
いや、救世主というか被害者というか、
最近とにかく大宮家に巻き込まれがちな男——
ベーカリー中村の修さん。
修さん
「なんか店先で猫が阿波踊りみたいになってたぞ!?
どうした!!」
麗奈
「助けてください修さん!!!
ハエ取り紙がクロじいに!!」
修さん
「おいおい、なんで俺がこんな……
(ため息)……よし、任せろ」
修さんは持っていた食パンをそっと地面に置き、
クロじいを優しく抱き上げてハエ取り紙を剥がしにかかった。
……が、粘着力が強すぎて
修さんの腕にまで“べたぁっ”と貼りつく。
修さん
「ぎゃあぁあああ!!なんで俺までぇぇ!!?」
祖母
「あらぁ、また巻き込まれたねぇ修ちゃん」
母
「いつもありがとねぇ」
麗奈
「おばあちゃん、奥さん、感謝の方向がおかしい!!」
最終的に、
修さんはハサミ片手に格闘し、
クロじいの尻尾の毛をほんの少し犠牲にして救出。
クロじい
「……ニャ(怒)」
麗奈
「ごめんねぇぇぇ!!」
修さん
「……もう、この店の前通るの怖い……」
修さんの奮闘でなんとか脱出したクロじい。
尻尾の毛がほんの少しハゲてしまい、
見た目にも“事件の被害者”そのもの。
クロじい
「……ニャァ(抗議)」
「ニャアア(強抗議)」
「ニャッ!!(絶対許されない)」
麗奈
「クロじい怒ってる……怒ってるよね絶対……!」
祖母
「尻尾にくっついたんだから、そりゃ怒るよ。
昔からクロじいは毛並みを大切にする猫だからねぇ」
母
「ハエ取り紙はたしかに便利だけどねぇ……
猫に貼りつくのはちょっとねぇ」
父
「当たり車券にも貼りついたしな……(根に持ってる)」
修さん(腕にハエ取り紙の痕跡を残しつつ)
「……これ、もう剥がしましょうよ……頼むから……」
麗奈
「そうですよ!撤去しましょう!」
祖母
「……でもねぇ、あれ外すと寂しいんだよ。
せっかく いんすたバエ の看板と相性いいのにねぇ」
麗奈
「相性が良いって評価基準おかしい!」
祖母はクロじいの尻尾をさすりながら、
ふと思いついたように言った。
祖母
「……じゃあ、こうしようかねぇ」
次の瞬間、祖母は
ハエ取り紙を“ベリベリベリッ”と剥がし——
そのまま
15センチ横に貼り替えた。
麗奈
「……ズラしただけ!?」
母
「いいじゃない、貼る場所がちょっと変わったんだから〜」
父
「これでクロじいの尻尾には当たらん。
当たり車券にも……たぶん……」
修さん
「いや、いやいやいや!!
根本的には何も変わってないでしょこれ!!」
クロじい
「ニャ……(妥協)」
※どうやら“尻尾に貼りつく場所じゃなければOK”らしい。
祖母
「ほら、本人も納得したみたいだよ」
麗奈
「本人扱い……いや、本人だけど!!」
修さん
「……俺だけ毎回納得してないんだけど……?」
母
「修さん、また明日見に来てねぇ」
修さん
「来ない!来ないぞ!
(でもたぶん来るんだろうな……)」
こうして今日も大宮ふとん店は、
“ズレてるけど平和”を更新し続けている。




