大宮ふとん店通販地獄・最終章──アウトソーシングされたパン屋の悲鳴
埼玉県上尾市の外れ。
昭和で時間が止まったままの大宮ふとん店には、今日も黒電話の亡霊が漂い、
FAXは紙詰まり、封筒の郵便番号は五桁のものを使用。
そして“麗奈ちゃん枕カバー”の注文は止まらない。
もう誰がどう見ても地獄だが、
この地獄にひとり、毎日自ら飛び込む男がいる。
そう——
ベーカリー中村の修さんである。
修さんは、先日設置したFAXの調子が気になるという理由で、
ほぼ毎日ふとん店を覗きに来るようになった。
修さん
「おーい、FAXちゃんと動いてるかー?」
祖母
「あら修ちゃん、今ねぇ、紙が出てこないのよ」
母
「さっきまで出てたのにねぇ」
父
「競輪の確定前情報がFAXで来るのかと思ったけど来なかったよ」
修さん
「来るわけないでしょ!そんなFAXあるか!」
しかし修さんは覗くたびに、
目の前に広がる“壊滅的発送現場”に愕然とする。
封筒が逆向き、切手は曲がり、住所は旧表記、
電話番号は“ろくじゅうに”。
猫は勝手に布団の上で寝心地審査をしている。
修さん
「……おいおいおい、これじゃいつまで経っても発送終わらんぞ……」
苛立ちのあまり、修さんはついに——
自分で手伝い始めた。
祖母
「じゃあ修ちゃん、これお願いねぇ」
父
「修さん、ここに電卓あるぞ(押し間違えるやつ)」
当初は“手伝い”だったが、
いつしか修さんが指示を出す側になっていた。
修さん
「祖母さんは切手貼り、奥さんは封筒の仕分け、
雄ちゃん(麗奈の父=雄三)は……競輪新聞置いて!今は邪魔!」
父
「えぇ……」
修さん
「麗奈ちゃんは宛名書きね。
書道やってたんだろ?字が綺麗なんだよ君は!」
麗奈
「は、はい……(なんでパン屋さんに仕切られてるの……)」
すると驚くべきことに、
作業効率が爆速で上がった。
1日20件できなかった発送が、
修さんの指揮で70件処理可能に。
祖母
「修ちゃんがいると仕事が早いねぇ」
母
「お嫁さんに来てほしいわぁ」
父
「ちょっとウチに婿入りしない?」
修さん
「落ち着いて!?なんでそうなる!?」
完全にヒッチコック映画ばりの巻き込まれ方なのに、
笑えるのは、この店の空気のせいだろう。
ある日、修さんは言ってしまった。
修さん
「……オレ、ひとりでやった方が速いかも……」
祖母・母・父・麗奈
「えっ(即同意)」
そして翌週、どういうわけか本当に——
ベーカリー中村が通販事業のアウトソーシング先に決まった。
決めたのは大宮家、じゃない。
空気。
◆中村家総出の“パン屋なのに枕カバー発送地獄”
ベーカリー中村のバックヤード。
パンが焼ける香りの横で、枕カバーが積まれている。
もう地獄なのか幸せなのか区別がつかない。
中村嫁
「ちょっとお父さん!!
なんでウチが大宮さんとこの枕カバー発送しなきゃいけないの!?」
修
「成り行きで……こうなった……
商店街は共存共栄だからなぁ……」
中村嫁
「それで納得できる人は世界にあんただけよ!!」
息子
「お父さん、これ切手いくら貼るの?」
修
「わからん……大宮さんの“だいたい”に合わせろ……」
娘
「お母さーん、住所が古いよ!」
嫁
「大宮さんとこは全部そうなの!!言わないで!!」
修
「もうパン焼いてる時間より発送時間の方が長い……」
──落ち着きを取り戻した大宮ふとん店では誰も何もしない
祖母
「修ちゃんが全部やってくれて助かるねぇ」
母
「発送、早くなったよねぇ」
父
「競輪新聞ゆっくり読めるわぁ」
麗奈
「……もう中村さんに申し訳なさすぎる……
でも助かってる……」
父
「アウトソーシング料?そんなの払ってないよ」
母
「払ってって言われてないしねぇ」
父
「税務署来るし……そういうのは曖昧でいいんだよ」
麗奈
「よくないってば!!」
ベーカリー中村の店先には今日も
なぜか“麗奈ちゃん枕カバー発送受付中”の貼り紙がある。
中村嫁
「パン屋でしょ?、ここ……」
修
「……俺にもわからん……」
しかし大宮ふとん店は今日も元気にカオスである。
そして修さんと中村家は、気づけばまた巻き込まれていくのだろう。
大宮ふとん店通販地獄──
おしまい。




