値札ガチャ、回すのは店主の気分
「値段? その日のお天気と気分で変わるのよ」――それがこの店の経済原理だ。
棚に並ぶ商品の中には、黄ばんだ値札、文字がかすれた値札、
あるいは完全に剝がれ落ちた“野良商品”が大量に潜んでいる。
この“値札迷子”をどう扱うか――それこそが、
**大宮ふとん店最大のギャンブル、「値札ガチャ」**である。
回すのは、もちろん店主たちの気分。
まずは、昼間から競輪新聞片手に店番をしている父。
彼の値付けはまさに“博打”。
「これ、いくら?」と客が聞くと、新聞をたたみながら一言。
「うーん、今日はツキがあるから1,200円でええか」
――その“ツキ”の根拠は、午前中のレース結果である。
競輪で勝っている日は気前がいい。
高級羽毛布団が3,000円で飛び出す日もあれば、
客が恐縮して「ほんとにいいんですか?」と心配するレベル。
しかし負けている日は、表情が曇る。
「今日の運勢は悪い。5,800円やな」
同じ商品でも、前日から倍の値段。
客が「昨日より高い」と指摘すると、
「昨日のは幻や」と押し切る。
続いて、祖母。
そろばんの音をカチカチ鳴らしながら値段を決めるスタイルだが、
たまに桁をひとつ間違える。
「それ、1,200円です」
――安い、と喜んだ客が財布を出すと、
「あら違った、12,000円だったわ」
驚いた客が顔をしかめると、
「まあ、今日は安くしとくわね。縁があるから1,500円でいいわ」
桁を間違えても、最終的には丸く収まる。
誤差を包み込む人情経済の達人である。
そして唯一の“理性派”、母。
普段は最もまともで、値札の読み取りも正確。
在庫帳も頭の中でしっかり管理している(つもり)。
しかし、気分が良い日にはなぜか謎の大幅割引をかける。
「今日は気持ちいい風が吹いてるから、この掛け布団、特価で!」
――気がつけば、3万円の品が5,000円。
それでも母は胸を張る。
「幸せの共有です!」
ただし、値下げ交渉になると態度が一変する。
「これ、もうちょっと安くなりません?」
「……その言葉、さっき祖母にも言いました?」
母は値引きに最も厳しい。
祖母は笑って1,000円引く。
父は競輪の負け分を思い出して1,500円引く。
母だけが「じゃあ、50円だけ」と小声で渋る。
こうして毎日、大宮ふとん店の“経済指数”は乱高下を続けている。
値札が読めない布団が投機対象、祖母のそろばんが為替、父の気分が日経平均。
この店にインフレもデフレもない。
あるのはただひとつ――ムードレート制である。
今日もふとん店の前では、近所の主婦たちが笑いながら噂する。
「昨日より安いか高いかは、行ってみなきゃわからない」
――まるで宝くじ売り場。
大宮ふとん店の値札ガチャ、今日も好評稼働中である。




