大宮ふとん店・税務地獄大戦 第四章 そして奇跡──貸し布団事業だけ超優秀
OS地獄、帳簿地獄、在庫地獄──
三つの地獄を巡った関谷のHPは残り8%にまで削られていた。
精神的にぐらつく中、関谷は最後の質問を投げた。
「……貸し布団事業の帳簿も拝見できますか?」
祖母、母、父、なぜか全員が胸を張った。
「はい、こちらです!」
差し出された黒いファイル。
それは明らかに“他の地獄資料”とは異なり、角が揃い、背表紙の文字も綺麗に印刷されている。
関谷は慎重に開いた。
──次の瞬間。
彼の目が、大きく見開かれた。
そこには、税務署員が涙するほど美しい帳簿が広がっていた。
借方・貸方、整然。
補助簿も完備。
日付も数字も揃い、誤差はゼロ。
領収書は日付順に分類され、付箋、インデックス、総勘定元帳まで完璧。
関谷「……え……?」
祖母が穏やかに言う。
「貸し布団はね、官公庁相手だから手ぇ抜けないんだよ」
母も続ける。
「誤差出すと怒られるから、そりゃ真面目にやるわよ」
父まで胸を張った。
「俺の電卓ミスも許されないからな。指に気合入れて押すんだ」
関谷(めちゃくちゃ真面目じゃないか……!!)
さらに麗奈が説明を付け足す。
「官公庁の人、うちの作業を厳しく見るんですよ。
だから私も書類だけはミスしないよう頑張ってます!」
麗奈だけは真剣に努力していたことが判明し、関谷は軽く感動した。
しかし、ここで疑問が浮かぶ。
関谷「……では、なぜ店舗の帳簿は……あんな状態なんですか?」
祖母「店は……その、どうでもいいから?」
母「猫が寝ちゃうと計算どころじゃないのよ」
父「競輪もあるしな」
関谷「理由が軽すぎます!!!!!」
貸し布団帳簿の“神レベルの精度”と
店舗帳簿の“カオスオブカオス”の差が凄すぎて、
関谷の脳は熱暴走しそうだった。
関谷は震える手で貸し布団帳簿をめくる。
どのページも完璧。
ミスは一切ない。
記帳済み印あり。
訂正印の押し方が教科書レベル。
彼は、本当に声を震わせて言った。
「……この帳簿……国税庁の参考資料にしたいレベルです……」
祖母、母、父が喜ぶ。
「ほら!うちだってちゃんとやればできるんだよ」
「官公庁相手は緊張するからねぇ」
「競輪より緊張するからな」
関谷(店舗にも緊張しろ!!!!!)
しかし、関谷の脳が限界に近づいたそのとき──
貸し布団帳簿の一番後ろに、付箋が貼ってあった。
『店舗の帳簿は諦める』
関谷「…………」
書いたのは母だった。
母「だって……店舗は猫が邪魔するし……そろばん落とすし……」
祖母「そろばんは時々“気分”で動くからねぇ」
父「あと、店は気持ちでやってるからな」
関谷「気持ちは税務に入れないと言ってるでしょう!!!!!」
そして麗奈が申し訳なさそうに言った。
「でも……貸し布団帳簿だけは、褒めてくれますか……?」
関谷は敗北した兵士のように、静かにうなずいた。
「……これは、素晴らしい帳簿です。
完璧です。
ここだけ、完全に法の番人です……」
祖母は誇らしげに背筋を伸ばす。
「ほらねぇ、やればできる一家なんだよ」
関谷(やってない部分が9割なんですけど!?)
だがこの瞬間、関谷は悟った。
大宮ふとん店は、“できるところだけ全力を出す店”だ。
その代わり、他は徹底的にカオスになる。
貸し布団帳簿は、店の誇り。
店舗帳簿は、店の黒歴史。
その落差こそが──
大宮ふとん店の真髄だった。
HPは残り2%。
精神力ゲージは赤点滅。
しかしまだ、この地獄の調査は終わらない。




