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大宮ふとん店、本日もたぶん営業中  作者: スパイク


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在庫はタイムカプセル

その店の倉庫には、時間が眠っている。

棚を開ければ、埃と共に昭和の空気がふわっと立ち上がる。

まるで“令和に迷い込んだ骨董市”だ。


段ボールの山を崩すと、まず出てきたのは昭和58年製の電気あんか。

コードが黄ばんで、取扱説明書には「ご使用の際は、感電にご注意ください」としか書いてない。

製造元の「山陽電熱株式会社」は平成の初期に倒産済み。

店主である麗奈の祖母は埃を払いながら一言。

「動くと思うけど、試したことはないの」

――販売とは、勇気の取引である。


さらに奥から出てきたのは、昭和の夏をそのまま閉じ込めたようなタオルケット。

パッケージには「ひんやり涼感・ニュータイプ」と自信満々の文字。

その“ニュータイプ”が、いまや骨董タイプ。

黄ばんだビニールの向こうには、妙に写実的なアサガオ柄と見つめる少女。

聞けば「たぶん平成になる前に仕入れた」とのこと。

たぶん、がすでに恐怖だ。


他にも棚をひっくり返すと――

昭和の人気キャラクターがプリントされた枕カバーや、

外国のイベント名が入ったシーツなど、

もはや「誰が、何の目的で仕入れたのか」すら不明な商品が並ぶ。


値札がついているものは当時のまま。

電気あんか 1,280円。

タオルケット 980円。

布団カバー 1,500円。

物価上昇など知ったことではない。

この店の価格は、昭和で時が止まっている。


問題は、値札が剥がれている商品だ。

ここに伝説の制度――**「値札ガチャ」**が発動する。

客が「これいくらですか?」と聞くと、

店番している麗奈の母はしばし相手の顔を見てから答える。


「今日は天気がいいから、3,000円」

「え、そんなに?」

「でもあなた運がいい顔してるから、2,500円でいいわ」


完全に相場は気分と顔色次第。

そして交渉に失敗しても、次の日に行けば違う値段になる。

昨日3,000円だった毛布が、今日は1,200円。

逆に、昨日1,500円だった座布団が今日は8,000円。

客の間ではこれを“運試しセール”と呼ぶ。


中でも一番伝説的なのは、

「昭和の寝具祭」と書かれた箱の中から出てきた、

手作り感満載の掛け布団。

中綿の一部がなぜか新聞紙で、日付は昭和60年4月10日。

客が驚くと、店の人は胸を張って言った。

「ほら、断熱性抜群でしょう?」


商店街の若い人たちは笑いながらこの店をこう呼ぶ。


「令和のタイムマシン」


近所の年配客はもっと深い言葉で評する。


「ここは時間がええ具合に腐っとる」


それでもこの店は今日も開いている(たぶん)。

埃まみれの電気あんかと、値札ガチャのタオルケットが、

誰かに引き当てられるのを静かに待っている。


昭和の残り香と、令和の気まぐれが混ざりあった空間。

大宮ふとん店の倉庫は、今日もまるで言葉の通じない博物館のように息づいている。

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