大宮ふとん店・税務地獄大戦 第三章 在庫棚卸し、物理的に不可
POS地獄を経験し、HPを半分削られた関谷は、
自分を鼓舞するように深呼吸した。
「よし……在庫を確認しましょう。棚卸しは基本です」
祖母と母と父が、なぜか誇らしげにうなずいた。
「うちの在庫は奥の倉庫に全部あるよ」
父「宝の山だからな」
母「猫もいっぱい寝てるけどね」
嫌な予感しかしない。
関谷は三人に案内され、倉庫の扉を開けた。
その瞬間──
昭和が襲いかかってきた。
埃の匂い。
古紙の重たい空気。
歴史資料室でもこんなに古いものは置いていない。
倉庫の棚という棚には、
布団よりも“昭和”の亡霊たちが主役として鎮座していた。
・昭和56年の金利表(なぜか額縁入り)
・市外局番2ケタ時代の電話帳(2冊)
・80年代アイドルの販促ポスター
・未使用の蚊帳
・誰のものか不明な毛布
・祖母が若い頃に買った謎の健康器具
・クロじいの“定位置布団”
そして布団の山が、富士山のように積み上がっていた。
関谷は率直に言った。
「……この倉庫の、どこに“現在の在庫”が?」
父「全部在庫だよ?」
関谷「全部!?」
祖母が補足した。
「仕入れたのがいつかは覚えてないけどねぇ」
関谷「そこ重要なんです!」
父「昭和だか平成だか……」
母「“昔”よねぇ」
関谷「昔は期間じゃありません!」
関谷は布団を一枚めくった。
中から電話帳が出てきた。
「……これは仕入れ品ではないですよね?」
祖母「あ、それは店の書庫よ」
関谷「布団の中に書庫入れないでください!」
さらに、別の布団をめくると──クロじいが丸くなっていた。
クロじい「ニャァ……」
関谷「ひ、ひぃっ」
母「そこクロじいの“冬用ベッド”なの」
祖母「寝てる布団は“当たり”だよ。値段倍にしてる」
関谷「猫の寝心地で値段を決めないでください!」
布団の奥から、まだ何かが出てくる気配がした。
関谷(……嫌だ……開けたくない……)
しかし職務に逃げ道はない。
恐る恐るめくる。
出てきたのは──
昭和アイドルの等身大ポスター(新品)。
関谷「これは……商品!?」
父「あぁ、昔の仕入れの景品。価値あるだろ?」
関谷「売ってないですよね!?」
祖母「売らないよ、飾るから」
関谷「経理の話をしてるんです!!!!」
そして棚の下には古い段ボール。
関谷が開けると──
『上尾中央商栄会 大売り出し:昭和58年景品 電子ジャー』
電子ジャーが新品のまま眠っていた。
関谷「……これはもう……文化財の領域……」
母「壊れてなければ使えるかもねぇ」
関谷「使う気あるんですか!?」
関谷のメガネが曇り、胃が痛くなってきた。
そして極めつけ。
棚の一番奥に、薄く書かれた段ボールがあった。
『昭和59年 蚊帳100セット』
関谷「……これ全部……在庫?」
父「もちろんだ」
祖母「蚊帳は夏に売れる……かもしれない」
関谷「昭和からずっと!?」
母が悪びれもなく言う。
「仕入れ日なんて忘れたわ。帳簿にも書いてなかったでしょ?」
関谷「帳簿に“猫”“微妙”“安い”しか書いてないでしょうが!」
祖母が誇らしげな表情になる。
「貸し布団の帳簿だけは綺麗でしょ?」
関谷「そこだけ完璧なのが一番怖いんです!」
倉庫の奥でクロじいが眠り、その横で昭和の亡霊たちが静かに積もっている。
関谷は悟った。
在庫棚卸しは、不可能だ。
物理的にも、精神的にも。
HPは残り15%を切った。




