大宮ふとん店・税務地獄大戦 第二章 追い打ちのPOS事件
関谷は帳簿の地獄からひとまず顔を上げ、深呼吸した。
目の前の現実を受け止めるためだ。
借方と貸方が逆だったり、勘定科目が「猫」「微妙」「まあまあ」だったり──
すでに税務署人生で見たことのない地獄を堪能している。
しかし、大宮ふとん店には“もうひとつの爆弾”があった。
祖母がぽつりと言った。
「POSならあるよ。壊れてるけどね」
関谷は反射的に聞き返した。
「POS……システム……?」
母が胸を張る。
「時代の波に乗ろうと思って買ったのよ」
棚の隙間から、埃まみれのタブレットが見つかった。
画面には布団の綿がくっついている。
関谷「……こちら、動くんですか?」
父「猫が踏んでから、かろうじて光るだけだな」
祖母「“ピッ”って鳴くから怖くて、もう触ってないよ」
関谷は、面倒だが職務として電源を押した。
ピ…ッ。
画面が黒いまま、うっすら白く点滅した。
直後、カタカタと英語エラーメッセージが雨のように流れ始める。
関谷「……これは、完全に……」
母「壊れてる?」
関谷「壊れてます」
父「やっぱりな〜!機械は信用ならん!」
祖母「そろばんが一番だよ」
関谷(そろばんも信用ならない)
麗奈が恐る恐る近づく。
「その……POSがあれば、売上とか簡単になるんですよね?」
関谷「本来は、そうです」
麗奈「じゃあ……スマホより難しい?」
関谷「比較対象が悪すぎます」
すると、クロじいがのそのそ寄ってきた。
そして──タブレットの上に座った。
タブレット「ピーーーーー」
関谷「うわあああ!?」
父「あ、猫の体温で再起動したぞ」
祖母「クロじい、賢いねぇ」
関谷(いや、賢い問題じゃない)
画面が光り、謎のアプリが立ち上がった。
“麗奈ちゃん枕カバー 売上管理(β版)”
関谷「……これは何ですか」
父「俺が作った。原価は……覚えてない」
母「値段は父さんの競輪の機嫌で変わるのよ」
祖母「負けた日は安い、勝った日は高いねぇ」
関谷「そんなダイナミックプライシング聞いたことない!」
画面には、売上データがすべて“空白”のまま残っていた。
唯一残っていたメモには
「猫に踏まれて停止」
と書かれている。
関谷「……では、POSでの売上記録は?」
母「ゼロよ。だって怖くて触ってないもの」
祖母「そろばんのほうが“安心感”あるしねぇ」
関谷「安心感で税務ができたら私の仕事は要りません」
タブレットの横で、クロじいが満足げに毛づくろいを始めた。
父が言う。
「POSは諦めたから、今は“そろばんと気持ち”でやってる」
関谷「気持ちは帳簿に記入しませんからね!」
麗奈が小さく手を挙げた。
「あの……POSの操作方法、税務署で教えてくれたり……?」
関谷「国税はIT教室じゃありません!」
店内に布団埃が舞い、タブレットはクロじいの体重でじわじわ沈み、
関谷は頭を抱えた。
その表情は──
“税務署人生で初めて心を折られた人間”そのものだった。
POS事件は、確実に彼のHPを50%削った。




