大宮ふとん店・税務地獄大戦 序章 「税務署の勇者、昭和の遺跡に挑む」
埼玉県上尾市──商店街の外れ。
陽当たりも風通しも悪い“時代の忘れ物”が一つ存在する。
大宮ふとん店。
外観は昭和時代のまま化石化しており、看板の「と」の字が消え落ち、
遠くから見ると 「大宮ふ ん店」 と読める。
布団を売る店なのか、謎の儀式でも執り行う施設なのか判断に困る。
そんな店の前に、黒いスーツの男が立っていた。
埼玉北税務署、調査三課のエース・関谷。
百戦錬磨の税務署員、現場叩き上げ、全国の“悪質脱税案件”を片っ端から沈めてきた鉄人だ。
……だったが、今、眉間に深いシワが寄っていた。
「……この外観、本当に営業中なのか……?」
関谷は慎重に看板へ近づく。
「大宮ふ ん店」。
“布団”のはずが、“ふん”にしか見えない。
任務前からわずかに心が折れた。
さらに入口上部に、何かヌルッとした黄緑色の紙切れがぶら下がっている。
ハエ取り紙だ。祖母が誤解して設置した“インスタバエスポット”である。
関谷は避けようとしたが──
ベチッ。
髪に直撃した。
「……ッッ!?」
序章にして心が死ぬ音がした。
パパッと払いながら、関谷は深呼吸する。
「大丈夫だ……これはただのハエ取り紙……問題はない……」
任務前の精神統一を強引に続けた。
だが、次の瞬間。
店の横で風に揺れているノボリが視界に入った。
“戦隊ヒロイン大宮麗奈の店”
──フォントが明らかにワードアートの「波形・青」。
しかも印刷がズレているせいで、麗奈の顔が長い。
関谷は胸の内で呟く。
(何だこの店……)
彼が知る“調査対象店舗”とはあまりにもかけ離れていた。
しかし、職務は職務だ。
関谷は胸ポケットから調査票を取り出し、店に向かって一歩踏み出した。
その瞬間──
足元から「ふにゃ」っと柔らかい感触。
視線を下げると、地域猫のボス・クロじいがのしっと寝転んでいた。
完全に道を塞いでいる。
関谷「す、すまない……通してもらえるだろうか……?」
クロじい「……ニャ」
動かない。
どける気がゼロだ。
むしろ関谷を“税務署の敵”と判断している目で睨んでくる。
関谷は悟った。
(……猫にも拒まれる店か……)
序章にして、税務調査史上もっとも前途多難な任務である。
しかし、エースの名に懸けて退くわけにはいかない。
関谷はそっと猫の脇をまたぎ、ハエ取り紙に警戒しながら扉を押した。
カランカラン──。
昭和の音が鳴り響く。
そこは──帳簿も在庫も空気も、すべてが“昭和”のまま”止まった店だった。
そしてこの時点で関谷はまだ知らない。
この店の帳簿の“借方と貸方が逆”に書かれ、
勘定科目の半分が「安い」「微妙」「猫」になっていることを──。
そして最終的に、税務署の鋼鉄メンタルすら折れ、
追徴金ゼロという“奇跡の結末”が待つとは、
この時はまだ誰も予想できなかった。




