創業日が見当たらない店の永遠創業祭
都内からの“聖地巡礼者”で賑わい始めた大宮ふとん店の軒先に、
ひときわ存在感を放つデカ文字POPがある。
《創業祭 開催中!》
色あせてもいない新品同然の紙だが、貼ってあるのは少なくとも十数年。
なぜそんな状態なのか──答えは単純だ。
「剥がすのが面倒だから」
それだけである。
■そもそも創業日が存在しない
近所の人が祖母に聞く。
「おばあちゃん、この店いつ創業したの?」
祖母はそろばんを弾きながら、いつもの調子でこう言う。
「忘れたけど、毎日めでたいからいいのよ」
父は競輪新聞から顔も上げずに、
「昭和40年代……いつだっけ?」
母に至っては地域猫の世話をしながら、
「亡くなったおじいちゃんが勝手に始めたから、創業日なんて無いのよ」
と、ゆるい情報を投げ捨てる。
つまり大宮ふとん店は存在そのものがアバウトなのだ。
■なのに“創業祭”だけは強烈に主張する
年中“創業祭”の文字が貼られ続け、特に何のイベントも無ければ
特売もクーポンも景品もない。
そもそも大宮ふとん店は
値札ガチャ制度(店主の気分で価格変動)
によって物価そのものが不安定。
つまり“創業祭だから安い”という概念が成立しない。
客
「創業祭って何が安くなるの?」
祖母
「何も」
客
「じゃあ何で創業祭なの?」
祖母
「貼ってあったから」
もう哲学である。
■SNSでは “創業祭トラップ” として恐れられる
この創業日不明問題がSNSに拡散。
巡礼者たちが店の前で写真を撮りながら投稿する。
「今日も創業祭だった」
「創業祭なのに割引が無い」
「そもそも創業してるのか?」
「創業した覚えのない家が創業し続けている」
ついにはまとめブログにて
《大宮ふとん店 永遠創業編》
というタグまで誕生。
■創業祭という名の“常時通常営業”
大宮ふとん店の本質は、
“創業祭”とは言うが、
“何も特別ではない”ということだ。
だが祖母は明るい。
「毎日創業祭なんて縁起がいいじゃないの。
ほら、今日も猫が布団で寝てる。あの子たちが寝るってことは当たりよ」
結局、創業祭は永遠に続く。
そして今日も誰かがSNSに書き込む。
「大宮ふとん店、また今日も創業祭してた」
その投稿の下に添えられたタグはただひとつ。
#創業祭トラップ
大宮ふとん店の混沌は、今日もまた更新されていく。




