大宮ふとん店 名物“店じまい詐欺”
上尾市の商店街の外れ。
どこからどう見ても 営業しているのかしていないのか分からない伝説のふとん店 がある。
その名も――大宮ふとん店。
午前10時。
店の前には、今日も無造作にぶら下がったボロボロの札。
《本日閉店》
ところが、店の中からは普通に人の声がする。
「ねぇ、おばあちゃん。この布団いくら?」
「そうねぇ、今日は気分がいいから……3500円でいいよ」
「昨日2000円だったよ、それ」
「そうだっけ?」
客が半笑いでツッコむが、祖母はそろばんをカチカチ鳴らして小気味よい返事を返す。
■父の言い分
昼過ぎ、父がワゴン車で帰ってくる。
「お、客さんいんじゃん。閉店中に営業するとは、ウチもなかなかやるなぁ」
いや閉店してないんだよ、と客は心の中で叫ぶ。
父は“本日閉店”の札を指して笑う。
「あぁ、それね。朝からずっと出しっぱなしなんだよ。
ほら、ワシ出掛けるとき急いでてさ」
急いでいるなら引っ込めろ、という根本的なツッコミは、この家には通用しない。
■母の言い分
夕方、母が地域猫に餌をやりながら言う。
「閉店札? あれは飾りよ。
だって、外しても誰も見てないし」
その横で、猫たちはモグモグしながら“確かに”という顔をしている。
■麗奈の絶望
仕事帰りの麗奈が店に寄るたび、
この“閉店なのに普通に営業している状況”を見ることになる。
「ねぇ……なんで閉店札出したまま営業してるの!?
もう本当に意味がわからない!」
祖母
「だって取るの忘れるんだもの」
父
「客が来たら開店、帰れば閉店。
理にかなってるだろ?」
母
「うちは“自由営業”なのよ」
麗奈
「自由営業って何よ!?」
もはや言葉が出ない。
■それでも客は来る
この杜撰さが逆にSNSで話題となる。
「閉店なのに普通に営業してた」
「閉店札が出てる方が営業中の合図」
「営業時間:大宮さんの気分」
そんな口コミが増え、
“店じまい詐欺”は大宮ふとん店の名物として完全に定着した。
祖母は新聞を読みながらぼそっと言う。
「詐欺って言われてもねぇ……
本当に閉まってるのは看板だけなんだけどねぇ」
麗奈
「だからそれが問題なの!!!」
今日も大宮ふとん店は “閉店中に元気に営業している”。
そして上尾市民は知っている。
『本日閉店』の札が揺れると――大宮ふとん店、本日も絶賛営業中である。




