クロじい、伝説のプレイボーイ
大宮ふとん店の裏手──。
そこは近所の主婦と地域猫が半々で占拠してきた、上尾の“ゆるい共同体”。
その中心に座る伝説の猫がひとり……いや、一匹いる。
名前は クロじい。
年齢は不明。言えるのは「人間換算したら確実に後期高齢者」ということだけ。
黒い毛並みは年季でスモークグレーになり、目つきは妙にダンディ。
歩けば猫も人も道をあける。
そして麗奈母いわく、
「あの子は昔はそりゃもう…上尾の火野正平だったのよ」
と言われる伝説級のモテ猫である。
◆地域猫界の“人間関係”…いや猫関係
麗奈母は にゃん語が理解できる と言われ、
地域猫界では“総本山の女将”みたいな扱い。
新入り猫は必ず麗奈母に挨拶に行く風習すらある。
そんな麗奈母が最も信頼する猫がクロじい。
地域猫のボスにして、麗奈とは“兄妹分”とされている。
ただし立場認識はズレている。
クロじい「麗奈はワシの妹分じゃ」
麗奈 「クロじいは私の弟分ですけど」
永遠に平行線である。
◆クロじいの“栄光の過去”
かつて若かった頃、クロじいは上尾中を渡り歩いた。
「和製フランク・シナトラ」だの
「猫界のディカプリオ」だの
地元の主婦が笑いながら話すが、
麗奈母だけは真顔で、
「本当にそうだったのよ。あの子、モテたんだから」
と断言する。
事実、クロじいの“元カノ猫”は市内だけで十数匹。
そのうち半分はふとん店周辺に住みついたことがある。
そのすべてが語り継がれる武勇伝である。
◆現在のクロじいは“地域猫のまとめ役”
いまは丸くなったクロじい。
現役を退いたプレイボーイは、
地域猫の相談役として“猫望”が厚い。
若い猫が喧嘩していれば、
のそのそ歩いてきて
「若いの、落ち着けや」
みたいな顔をするだけで、ケンカは収まる。
まるで猫界の大御所である。
◆クロじいは麗奈の“黒歴史”も全部知っている
クロじいは、麗奈が赤ちゃんの頃から縁側で見守ってきた存在。
だから麗奈の恥ずかしいエピソードは全部知っている。
若い猫たちが集まると、
クロじいは縁側の上で髭をぴょこんと震わせて語り始める。
「麗奈はな、子どものころ
ふとん店の裏で迷子になって3分で泣いたんじゃ」
「麗奈はな、運動会で転んだあと
“このグラウンドは砂の質が悪い!”って言い訳したんじゃ」
それを聞いた若猫たちは「にゃはは!」と爆笑。
麗奈はその声を聞き、
「クロじいっ!? その話はやめて!!」
と店の裏に走る。
クロじいは知らん顔で毛づくろいを続ける。
それがまた貫禄たっぷりだ。
◆麗奈とクロじいの“兄妹漫才”は今日も続く
麗奈はクロじいを弟扱いする。
クロじいは麗奈を妹扱いする。
そしてどっちも譲らない。
地域猫たちはその様子を見ながら
「まぁ、どっちでもええにゃろ」
とあくびをする。
そんな具合で今日も大宮ふとん店の裏庭には、
猫と人間の不思議な家族模様が流れている。
――クロじい、上尾でもっとも愛される“伝説のご隠居”にして
麗奈の最大の黒歴史保管庫である。




