大宮ふとん店・地域猫代表会見(?)
大宮ふとん店が“上尾のバエ聖地”と化して数週間。
週末には若者やファンが押し寄せ、ノボリやハエ取り紙の写真を撮る姿が絶えない。
だが――
この騒動に、ひそかに深いため息をついている存在があった。
地域猫一同である。
◆
大宮ふとん店は昔から、地域猫のオアシスだった。
祖母が毎朝こっそり煮干しを置き、
母が昼過ぎにカリカリを足し、
父が夜、酔った勢いで缶詰を投下。
猫たちにとっては、**“上尾の三ツ星レストラン”**だったわけだ。
店先には日向ぼっこをする猫、ダンボールで寝る猫、
謎の古い布団の山で王座を築く猫……
穏やかな猫的日常がそこにはあった。
ところが、“麗奈バエノボリ”と“手書きインスタバエ看板”がバズったせいで、
店の前は常に人だかり。
猫たちが昼寝していると、
「猫かわいい〜!」
「この子も映える〜!」
と写真を撮られ、安眠妨害。
ついには猫たちのボス――通称クロじい(推定18歳、ほぼ無敵)が立ち上がった。
黒くてガリガリ、片耳欠け。
歴戦のオーラをまとった“地域猫界の翁”。
クロじいは、麗奈母に向かって堂々と歩み寄り、
「にゃー……(意義申し立て)」
と深刻な声を出した。
麗奈母は、昔から“猫語が理解できる気がする”と言って憚らないタイプである。
近所の主婦からは
「理解してるんじゃなくて、自分の都合よく翻訳してるだけでは?」
と噂されていたが、本人だけは自信満々。
そして今日も――
母:「ちょっと待ってクロちゃん……うんうん……なるほど……」
周囲のファン:「えっ、会話してる!?」
クロじい:「にゃ〜〜〜〜(ここはオレらの縄張りなんじゃ)」
母:「わかったわ。落ち着いて聞くね」
クロじい:「ニャッ(静けさ返せ)」
母:「えぇ……静かな生活空間を返せ……」
クロじい:「にゃー(そして、煮干しの量を増やせ)」
母:「あっ、要求入ってる……」
麗奈:「ちょっとお母さん!? ほんとに分かってるわけ!?」
母:「なんとなく。でもクロちゃん、怒ってる」
クロじい:「ニャ(怒ってるに決まってるだろ)」
そして麗奈母は、
クロじいがまとめた(?)という**「地域猫一同・意見書」**を読み上げた。
【地域猫 代表 クロじいより】
・最近人が多すぎて寝られない
・写真を撮られると魂吸われる気がする
・ハエ取り紙に仲間がくっついた
・ノボリの陰でひなたぼっこできない
・でもご飯は増やしてほしい
・以上、改善求む
店の前に居合わせたファンは爆笑。
麗奈は顔を真っ赤にして叫んだ。
「猫の意見書って何よーーー!!
ていうか、魂吸われるって何!?」
祖母も加わって言う。
「そりゃあ猫も写真はイヤだろうよ。
インスタバエってのは、猫にも害があるのかい?」
そこへ父がのんきに現れ、
「地域猫の声は大事にしねぇとな。
よし、ノボリをちょっと横にずらすか」
麗奈:「いや、解決そこ!?」
結局、ふとん店の前に“猫優先ゾーン”が即席で設置され、
クロじいは満足げに座り込んだ。
クロじい:「にゃ(よろしい)」
母:「今日もありがとね〜クロちゃん」
そしてSNSにはこう投稿される。
「上尾のふとん店、地域猫の声が通る店」
「猫にも優しいふとん店」
「#クロじいに会いたい」
麗奈は頭を抱える。
「……もう何屋なの、この店……?」
だが、大宮ふとん店は今日も平常運転――
いや、“地域猫代表会見”を経て、
ますますカオスに拍車がかかっていた。




