判子も紙も不要――猫侍七人衆、勝手に始める上尾中央商栄会非公式スタンプラリー
上尾中央商栄会の裏手、昼下がり。
大宮ふとん店の軒先に、猫が七匹、円陣を組んでいた。
「……集まったな」
不定期で開催される"上尾地域猫評議会"
低く渋い声で切り出したのは、黒猫のクロじいだった。
誰も異論はない。ここではクロじいが喋り出した時点で会議は始まっている。
「最近、人が多すぎるにゃ」
ハチワレのマサが前足を組んでうなずく。
「麗奈ちゃん通りだの、200kmだの、プリペイドカードだの……人間は落ち着きがなさすぎる」
「その割に、どこ行っていいか分かってないにゃ」
茶トラのサブがあくび混じりに言う。
「さっきも、同じ観光客が八百屋と文房具屋を三往復してたにゃ」
「それは迷ってるんじゃない、巡ってるつもりなのよ」
ミケ姉が冷静に補足する。
「人間は“目的がない行動”に名前を付けると安心する生き物なの」
「名前か……」
クロじいは少し考え、ゆっくり言った。
「なら、俺たちが作るか」
「なにを?」
三毛太郎が目を輝かせる。
「非公式スタンプラリーにゃ」
一瞬、沈黙。
次の瞬間。
「は?」
「にゃ?」
「聞いてない」
「腰が痛い」
と、シロばあまで一斉に声を上げた。
「スタンプも紙も判子もいらん」
クロじいは続ける。
「条件は簡単だ。
俺たち七匹の誰かに会えば一箇所クリア。
全部会えたら……達成だ」
「達成したら何がもらえるの?」
三毛太郎が聞く。
「何ももらえん」
即答だった。
「えっ」
「ええ……」
「今どきそれは厳しくない?」
ミケ姉が眉をひそめる。
「人間は“何ももらえない体験”に弱い」
クロじいは不敵に笑った。
「だからこそ、やる価値がある」
「……なるほど」
キジトラの銀二が初めて鳴いた。
「気づいた者だけが参加していることになる」
「スタンプラリーなのに説明が一切ないってこと?」
サブが聞く。
「そうだ。
猫を見つけた時点で、もう参加している」
「それ、勝手すぎない?」
「非公式だ」
クロじいは胸を張った。
「非公式は、自由だ」
こうしてその日から、
**上尾地域猫による“非公式スタンプラリー”**は静かに始まった。
ルールは誰も知らない。
台紙もない。
スタンプもない。
だが――
「さっき黒猫いたよね?」
「え、次は白い猫探せばいいの?」
「今、三毛がいた!」
と、なぜか人間の間でカウントが始まる。
ベーカリー中村の前でクロじいが寝ていれば「一箇所目」。
空き地でサブが走れば「二箇所目」。
大宮ふとん店の布団でシロばあが丸まっていれば「難関ポイント」。
「この白い猫、レアじゃない?」
「腰痛で出現率低いらしい」
「情報どこから来たのよ!」
一週間後、SNSにはこんな投稿が溢れた。
「上尾、猫多すぎ」
「非公式スタンプラリー、コンプ無理」
「クロじい出ない日=詰み」
当然、誰が仕掛け人か分からない。
だが上尾中央商栄会は、いつもの調子でこう言った。
「それはそれで、いいんじゃない?」
誰も責任を取らない。
誰も止めない。
そしてある夕方。
「今日、七匹全部見た気がする」
と呟いた観光客が、大宮ふとん店の前で立ち尽くした。
「……で、ゴールは?」
その足元で、クロじいが静かに目を開ける。
「もう終わっとるにゃ」
「え?」
「全部見えたなら、それで終わりだ」
「証明とか……」
「いらん」
クロじいはゆっくり伸びをした。
「覚えていれば、それがスタンプだ」
その夜、上尾地域猫評議会。
「……成功かしら?」
ミケ姉が聞く。
「人が笑ってるにゃ」
マサが答える。
「迷ってるけど、怒ってない」
サブが言う。
クロじいは一言だけ、こう締めた。
「上尾中央商栄会ではな、
目的地に着かなくても成立するんだ」
非公式スタンプラリーは、
いつの間にか終わり、
いつの間にか続いている。
今日もまた、
誰かが猫を見つけ、
勝手に達成感を得て帰っていく。
――判子も紙も不要。
それが、上尾中央商栄会流。




