議題はお茶、出席者は猫 ――上尾中央商栄会・寄合過多症候群――
上尾中央商栄会には、誰も否定しない事実がある。
それは――客より寄合の方が多いということだ。
これは誇張ではない。
実際、商店街を歩いても人影はまばらで、
半分以上のシャッターは今日も律儀に下りている。
だが、商栄会会館の和室だけは違う。
ここだけは異様に使用頻度が高い。
畳は擦り切れ、座布団はへたり、急須の数だけが増えていく。
この日も「寄合」が開かれていた。
集まったのは、
八百屋、魚屋、金物屋、
大宮ふとん店の祖母・母・父、
そして――ベーカリー中村の修さん。
さらに当然のように、地域猫たち。
クロじいは上座。
ミケは湯呑みの横。
白い猫は配布資料の上で丸くなる。
誰も「猫は関係ない」とは言わない。
なぜなら、毎回来ているからだ。
修さんは、焼きたてパンの入った紙袋を抱えている。
「一応、会議のお供にと思ってさ」
と、いつもより少し得意げだ。
「修さん、気が利くねぇ」
祖母がにこやかに言う。
だが、会議はすぐには始まらない。
「その前に、お茶どうする?」
この一言で、すべてが止まる。
この商栄会において、
**最重要議題は常に“お茶”**である。
「今日は寒いから、濃いめがいい」
「この前のほうじ茶、猫が嫌がってた」
「煎茶だとせんべいが合わない」
「そもそも急須どれ使う?」
そこで、全員が気づく。
「……あれ?
急須、また減ってない?」
前回は三つあった。
今日は二つしかない。
「修さん、知らない?」
「いや、パン屋に急須は置かないよ」
「誰か持って帰った?」
「持って帰る理由がない」
クロじいが、
「ニャ」
と一声。
「……違うって言ってるな」
と、なぜか全員が納得する。
急須問題は保留。
次に浮上するのが、せんべい問題だ。
「前回、余ったせんべいは?」
「箱ごとあったよね?」
「今日、見当たらない」
全員が一斉に視線を逸らす。
祖母が言う。
「私は食べてないよ。
あれ固いからねぇ」
母も続く。
「私も覚えてない」
父は腕を組んで言う。
「競輪の日だったから、たぶん違う」
修さんは首をかしげる。
「俺はパンしか持ってきてないよ」
その瞬間、
ミケがせんべい袋の破片をくわえて走り抜ける。
「あ……」
「……犯人いたね」
「まあ、いいか」
誰も追わない。
ここでは、解決しないことが正解なのだ。
ようやく会議が始まりそうになる。
「えー、本日の議題は――」
と八百屋が言いかけたところで、祖母が遮る。
「修さんのパン、先に食べよう」
全会一致。
議題は再び宙に浮く。
修さんのパンは、
なぜか猫にも人にも好評だ。
クロじいはパンの袋の前から動かない。
「修さん、これ売り物?」
「いや、今日は会議用」
「じゃあ、無料だね」
と祖母が断言する。
誰も異議を唱えない。
パンを食べ、
お茶を飲み、
世間話が始まる。
話題は、
天気、
最近の腰、
昔の商店街、
そしてなぜか昭和のテレビ番組。
議題は一切進まない。
気づけば一時間。
「で、今日は何の会議だったっけ?」
と誰かが言う。
修さんが笑って答える。
「お茶の確認じゃなかった?」
「そうだったかも」
「決まったし、いいよね」
最終的な決定事項は三つ。
・お茶はいつもの
・急須はそのうち出てくる
・せんべいは猫のもの
全員、満足。
会議は無事終了だ。
外に出ると、商店街は相変わらず静かだ。
客はいない。
だが、誰も不安にならない。
修さんがパン屋に戻りながら言う。
「今日もいい会議だったな」
祖母がうなずく。
「うん、平和だったねぇ」
ここは、
昭和の薫りを色濃く残す
上尾のミステリーゾーン。
商売はおまけ。
会議が本業。
猫が常連。
そして今日も、
急須は見つからないままなのである。




