シャッター音が鳴れば今日も無事 ――上尾中央商栄会・非公式安否確認システムの謎――
上尾中央商栄会には、行政も警察も知らないが、なぜか百発百中で機能している非公式システムがある。
それは――朝のシャッター音で生存確認をするという、きわめて原始的かつ杜撰、しかし驚くほど正確な方法だった。
朝九時前後。
商店街に最初の「ガラガラガラ……」という音が響くと、近隣の店主たちはそれを聞き逃さない。
「あ、八百屋のシャッターだ」
「今日も生きてるね」
「よし、世界は平和だ」
この時点で誰も八百屋に買い物へ行く気はない。
重要なのは売るかどうかではなく、上がったかどうかだ。
続いて魚屋。
少し遅れて金物屋。
シャッターが一枚、また一枚と上がるたび、商栄会の“平常運転”が確認されていく。
逆に、十時を回っても音がしない店があると、空気が微妙にざわつく。
「……今日、時計屋さんの音してないね」
「昨日の将棋が長引いたんじゃない?」
「いや、あの人は将棋が終わると必ずシャッター上げるタイプだ」
誰も電話はしない。
なぜなら、電話をすると話が長くなるからだ。
代わりに、たまたま通りかかった人が様子を見る。
五分後、
「普通に中でテレビ見てた」
という報告が入ると、全員が安心して各自の店先に戻る。
この雑で優しい見守り網は、いつの間にか完成していた。
ところが――
このシステムが一切通用しない例外が、ただ一軒だけ存在する。
言うまでもない。
大宮ふとん店である。
大宮ふとん店のシャッターは、安否確認の基準にならない。
なぜなら、営業時間という概念が存在しないからだ。
朝七時に開いていることもあれば、
昼過ぎまで閉まっていることもある。
そして年に数回、なぜか夜中の二時にシャッターが上がる。
最初に見た人は必ず思う。
「……空き巣?」
しかし、よく見ると中では祖母が普通に布団を干している。
「今日、月が綺麗だからねぇ」
それだけの理由である。
そのため、商栄会では暗黙の了解がある。
「大宮ふとん店のシャッターは、
鳴っても鳴らなくても無視」
ある朝、八百屋も魚屋も金物屋も音を立てたのに、大宮ふとん店だけが静まり返っていたことがあった。
「今日は珍しいね」
「逆に心配だな」
心配になった修さんが様子を見に行くと、
店内では祖母・母・父が三人そろってお茶を飲んでいた。
「シャッター?」
「今日は上げる気しなかっただけ」
その数時間後、今度は深夜。
「ガラガラガラガラッ!!」
静かな住宅街に轟く金属音。
翌朝、商栄会は一瞬だけ騒然とした。
「昨日、誰か倒れた?」
「いや、全員元気だったはず」
「……あ、たぶん布団だ」
正解だった。
夜露が良さそうだから、干しただけだった。
こうして、
上尾中央商栄会の安否確認システムは今日も稼働している。
正確なのに雑。
温かいのに無責任。
そして、大宮ふとん店だけは、最後までシステムの外。
誰かが言った。
「ここはな、
シャッターが上がらなくても心配いらないし、
夜中に上がっても驚いちゃいけない」
そう、ここは――
昭和の薫りが色濃く残る、上尾のミステリーゾーン。
シャッターの音が鳴れば、今日も無事。
鳴らなくても、だいたい無事。
夜中に鳴ったら――それはもう、大宮ふとん店である。
平和とは、たぶんこういうものだ。




