憧れのハワイに行かず、あげおへ帰港
上尾中央商栄会は、前回の反省を「前回も盛り上がったからヨシ」と処理する組織である。
つまり、学習しない。
むしろ、成功体験として悪ノリを蓄積する。
麗奈応援歌第一弾――
歌詞が毎回違うという前代未聞の怪作が、まだ商店街のあちこちで歌われている最中。
そんな折、定例の寄合が開かれた。
会場は公民館。
長机、急須、湿気たせんべい、そして当然のように置かれているカラオケ機材。
「前の応援歌さぁ、覚えにくいって声があるんだよ」
「じゃあ今回は、もっと分かりやすいのにしよう」
「昭和で、みんな知ってて、明るいやつ」
ここで誰かが言った。
「船の歌、いいんじゃない?」
「ああ、ハワイ行くやつな」
「“あげお”って入れやすそうだし」
この時点で、誰も止めなかった。
イントロが流れた瞬間、
全員が「それそれ!」という顔をした。
マイクを握ったのは、またしても八百屋の店主。
今回は前回より若干シラフで、それが逆に厄介だった。
「♪ あこがれの〜 あげお〜♪」
一音目から、もう違う。
だが、誰も気にしない。
「♪ 麗奈が立てば〜 シャッターが開く〜♪」
「♪ ねぎが安い〜 火曜は特売〜♪」
「♪ 創業祭〜 いつからか不明〜♪」
歌詞は暴走した。
商店街の宣伝、
八百屋の値下げ情報、
喫茶店のナポリタン、
誰も覚えていない創業年数。
全部入りである。
「これだよ!」
「前より“あげお”感ある!」
「よし、これも正式に麗奈応援歌!」
正式、という言葉が最も信用できない瞬間だった。
翌日。
麗奈は商店街で、その歌を聞いた。
八百屋からは、
「♪ あこがれの〜 あげお〜 ねぎが一本百円〜♪」
喫茶店からは、
「♪ あこがれの〜 あげお〜 ナポリタン大盛り〜♪」
文房具店からは、
「♪ あこがれの〜 あげお〜 ノート二冊で三百円〜♪」
同じメロディ。
同じ「あげお」。
しかし内容は全員バラバラ。
麗奈は立ち止まり、天を仰いだ。
「……変なの」
さらに夕方。
今度は足元から聞こえてきた。
「♪ にゃ〜 あこがれの〜 あげお〜♪」
「♪ 魚はないけど〜 平和だにゃ〜♪」
地域猫版である。
クロじいを先頭に、
シロばあ、サブ、マサ、銀二たちが、
それぞれ微妙に違う歌詞で鳴いている。
猫版は、なぜか妙にリズムが合っていた。
「……猫まで“あげお”って言ってる」
麗奈が呆然としていると、祖母が笑って言った。
「いいじゃないか。
ハワイ行かなくても、あげおはあるんだから」
誰もハワイに行く予定はない。
船も出ない。
航路も存在しない。
それでも歌だけは、
今日も あげお を目指して出航する。
麗奈は最後に小さくつぶやいた。
「……私の応援歌、
なんで私が一番知らないの?」
答えを知っているのは、
商栄会でも麗奈でもなく――
軒先で丸くなっているクロじいだけだった。




