大宮ふとん店の電話は、だいたい当たって全部ズレる
大宮ふとん店では、電話が鳴る前から結果が決まっている。
黒電話がついに寿命を迎え、今はFAX機能付きの固定電話が鎮座している。
中古で買ってきたものなので、液晶は薄暗く、ボタンの文字も一部消えている。
それでも店では最新鋭だ。
その電話が、ある日、鳴る前に祖母が言った。
「郵便局だね」
次の瞬間、電話が鳴る。
祖母が受話器を取る。
「はいはい、大宮です」
『こちら上尾郵便局ですが——』
「ほらね」
その的中率、約85%。
郵便局、商店街、近所の人、ベーカリー中村。
なぜ分かるのか誰にも説明できないが、当たる。
父は言う。
「音が鳴る前に“気配”があるんだよ」
母は言う。
「電話も空気読むのよ」
科学は完全に敗北している。
だが問題は、ここからだ。
祖母が電話に出ると、話が必ずズレる。
『ふとんの注文を——』
「あら、今日は寒いねぇ」
『え?あ、はい……』
「今年の冬は早いよ。昭和四十四年の冬もね——」
話は昭和に飛ぶ。
注文は過去に置き去りにされる。
母が代わる。
『羽毛布団の在庫を——』
「この前ね、○○さんと噂になってたのよ」
『……羽毛の……』
「噂って怖いわよねぇ」
話は人間関係に逸れる。
父が受けると、さらに危険だ。
『今日中に配達を——』
「今日の三レース、荒れるよ」
『……競輪……?』
「いや、これは本当に荒れる」
電話の向こうが静かになる。
結果。
注文は成立しない。
だが不思議なことに、クレームは来ない。
「なんか楽しかった」
「また電話します」
「買わないけど」
電話を切った客は、なぜか満足している。
ある日、麗奈ファンの観光客が現地から電話をかけてきた。
『今、お店の前にいるんですが』
祖母、受話器を取る前に言う。
「迷ってる人だね」
的中。
だが出た瞬間、
「そこは昔、駄菓子屋があってね」
話は昭和の商店街へ。
観光客は結局、
「じゃあ、あとで伺います」
と言って帰った。
すでに店の前にいるのに。
YouTuberが検証に来たこともある。
「鳴る前に誰からか分かる説、検証します!」
電話が鳴る。
祖母。
「修さんだ」
的中。
だが祖母が出ると、
「この前のパン、美味しかったねぇ」
注文の話は一切出ない。
動画のコメント欄はこうなった。
「当たるのに何も進まない」
「予知能力の無駄遣い」
「上尾のミステリーゾーン」
電話は今日も鳴る。
鳴る前に誰か分かる。
出ると話が逸れる。
注文は消える。
満足だけが残る。
ここは大宮ふとん店。
電話が機能していないのに、なぜか回っている店。
上尾のミステリーゾーンは、
今日も静かに呼び出し音を鳴らしている。




