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大宮ふとん店、本日もたぶん営業中  作者: スパイク


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何時だか分からないが、だいたい今 ――大宮ふとん店・時間崩壊編――

大宮ふとん店に入って最初に戸惑うのは、値札でもハエトリガミでもない。

 時計である。


 壁に掛かった古い丸時計は、午前十時を指している。

 その下の柱時計は、なぜか午後三時。

 レジ横の目覚まし時計は七時四十二分で止まったまま。

 そして、奥の座敷にある掛け時計は、針が逆回転しているように見える。


 どれか一つが壊れているのではない。

 全部違う。


 しかも、どれも堂々としている。

 「私は正しい時間を示しています」と言わんばかりの顔で。


 大宮ふとん店では、これが日常だ。


 ある日、麗奈ファンの観光客が来店した。

「すみません、今って何時ですか?」

 ごく普通の質問だ。


 祖母は壁の時計を一瞥し、

「もうお昼は過ぎたねぇ」

 と答えた。


 母は奥から顔を出し、

「まだ昼前よ」

 と訂正する。


 父は新聞から目を離さず、

「まだ締切まである」

 と、時間ではなく“競輪的区切り”で答える。


 客は混乱した。

「えっと……正確な時間は……?」

 祖母は笑って言った。

「気にしない、気にしない」


 この一言で、時間は霧散する。


 そもそも大宮ふとん店には、営業時間という概念が希薄だ。

 開店は「朝」。

 閉店は「暗くなる前」。

 その間に昼寝が入り、茶飲み会が挟まり、猫が横切る。


 時計が合っていなくても、誰も困らない。

 困らないどころか、誰も気づいていない。


 実は、店内だけではない。

 大宮家の時計は、全部狂っている。


 台所の時計は五分遅れ。

 居間の時計は二十分進み。

 仏間の時計は、なぜか毎年同じ日付を指している。

 理由は不明。

 直した形跡もない。


 だが、大宮家ではこれが問題になったことがない。


「そろそろ夕飯?」

「まだ早いんじゃない?」

「じゃあ、あとで」


 会話は成立している。

 時間が曖昧でも、生活は回る。


 唯一例外がある。

 父の腕時計だ。


 これは、だいたい合っている。

 分単位でズレることはあるが、致命的ではない。


 理由は明確だった。


「発走時間、間違えると全部終わるからな」


 競輪の発走時刻を確認するためだけに、父は腕時計を合わせている。

 それ以外の用途はない。

 店の開閉?関係ない。

 約束の時間?覚えていない。


 腕時計は競輪専用装備であり、

 社会的時間装置ではない。


 ある日、暇な大学生がこの現象を研究しに来た。

「これは時間認識の相対化では?」

「複数の時間軸が共存している空間かもしれない」


 彼らは真剣に議論したが、

 祖母がお茶を出した瞬間、全てが崩れた。


「昔はねぇ、時間なんて汽車の時間で決まってたのよ」


 昭和の国鉄、時刻表、赤電話。

 話は一気に昭和三十年代へ。


 気づけば一時間経過。

 だが、誰も「一時間経った」とは言わない。


 別の日、YouTuberが来た。

「店内の時計を全部調べてみます!」

 企画としては成立しそうだった。


 だが、途中で父が言った。

「今はまだ買い時じゃない」


 何の話かと思ったら、競輪の話だった。


 動画は結局、

「時間が分からなくなる店」

 というタイトルになり、

 なぜか再生数だけ伸びた。


 結論は出なかった。


 そもそも、この店では「今」が重要ではない。

 「だいたい今」で十分なのだ。


 時計が違う時間を指しているのに、

 誰も遅刻しない。

 誰も焦らない。

 誰も怒らない。


 時間が狂っているのではない。

 時間が溶けている。


 大宮ふとん店は、

 今日も何時だか分からないまま営業している。


 ここは上尾の――

 ミステリーゾーン・時間消失地区。

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