「それ、うちの麗奈じゃないねぇ」──特殊詐欺を自然消滅させた大宮ふとん店の奇跡
大宮ふとん店の電話が鳴った。
黒電話はすでに現役を退き、いまは少しだけ新しい、だが性格は相変わらず昭和な固定電話である。
祖母が受話器を取った。
「はい、大宮ふとん店です」
その声は穏やかで、80代とは思えぬほど張りがある。
そして、相手は出た。
テンプレ通り、寸分違わぬ、あの口調で。
「もしもし……おばあさまですか。
実は、お孫さんの麗奈さんが……」
祖母はすぐに察した。
来たな、と。
最近テレビでやっていたやつだ、と。
「事故を起こしまして……示談が必要で……」
祖母は慌てない。
なぜなら、大宮ふとん店では
慌てるという行為自体が長年廃業しているからだ。
「へぇ」
「はい、へぇ……?」
「事故ねぇ。
それはどんな?」
詐欺師は一瞬ためらい、
マニュアル通り続ける。
「車で接触事故を……」
祖母はそこで首をかしげた。
「車?」
「は、はい」
「麗奈はねぇ、
最近、電車ばっかりよ」
詐欺師は一瞬沈黙する。
「い、いえ……たまたま……」
祖母は受話器を持ったまま、
縁側のほうを向いて声を張った。
「父さーん、
麗奈、車乗ってるって?」
奥から父の声。
「乗らないなぁ。
免許はあるけど、
駐車が面倒って言ってたぞ」
祖母は受話器に戻る。
「だってさ」
「……」
詐欺師はすぐに立て直す。
「い、いや、
相手が大怪我で……」
祖母はうなずく。
「それは大変だねぇ」
詐欺師は手応えを感じた。
「ですので、
本日中に示談金を……」
祖母は優しく言った。
「でもねぇ、
麗奈は事故したら
まず猫に相談するのよ」
「……猫?」
「クロじいって言うの」
詐欺師の脳内で、
想定外リストが増殖し始める。
「猫がね、
うんって言わないと
麗奈、動かないの」
「……」
祖母は続ける。
「それにね、
麗奈が事故起こしたら
うち、ラジオで言うから」
「ラジオ……?」
「FMさいたま。
あの子、すぐ喋るのよ」
詐欺師は焦り始める。
「い、いや、
それは極秘で……」
祖母は即答した。
「極秘なら
尚更うちじゃないねぇ」
「え?」
「極秘って、
うちの店、向いてないの」
「……?」
「この店、
秘密が三日持たないから」
祖母は淡々と続ける。
「昨日もね、
修さんが来て
全部話してったのよ」
詐欺師は完全に混乱している。
「しゅ、修さん……?」
「パン屋の」
沈黙。
祖母は最後に、
決定打を放つ。
「それにね」
「……はい」
「示談が必要な事故なら、
麗奈、まず
私に怒られるから」
「……」
「電話が来る前に、
怒鳴り声が聞こえるはずなの」
詐欺師は何かを悟った。
「……失礼しました」
ガチャ。
電話は切れた。
祖母は受話器を置き、
お茶を一口。
「最近の子は、
準備が足りないねぇ」
そこへ母が来る。
「電話、誰だった?」
「麗奈が事故したって」
父が新聞から顔を上げる。
「で?」
「違った」
「だろうな」
三人は何事もなかったように、
いつもの時間に戻る。
その日の夕方、
麗奈が店に顔を出した。
「ただいまー」
祖母はちらっと見る。
「事故は?」
「は?」
「いいえ」
こうして、
特殊詐欺は撃退された。
警察も、
マニュアルも、
AIも必要ない。
必要なのは、
・慌てない
・信じない
・会話を脱線させる
この三点だけ。
奇跡を起こしたのは、
特別な知識ではない。
大宮ふとん店の日常そのものだった。
今日も店は傾き、
電話は鳴り、
祖母はお茶を飲む。
そして詐欺師は、
二度とこの番号に
かけてこなくなったという。
上尾のミステリーゾーンは、
今日も平和である。




