公安スパイ?は車券を握る 〜疑惑は深まった〜
上尾の伝説的大穴――「大宮ふとん店=公安支部説」。
火のないところに煙は立たぬ、とは言うが、
この煙、実際は競輪場の焼きそば屋台の煙だった。
麗奈の父は、今日も色あせたワゴン車で埼玉県警本部へ向かう。
目的はもちろん「貸し布団の契約」。
――のはずが、なぜか手には競輪専門紙。
会議室へ入るや否や、県警幹部と意味深な会話が始まる。
「例の3番、単独で動いてるらしい」
「裏のラインが繋がってるって噂もある」
「まさか、北の工作員か?」
「いや、南関のラインです」
……競輪を知らない若手警官が青ざめる。
「か、か、工作員!? 南関って何だ!?」
ノートに必死にメモを取る姿はまるで極秘捜査班。
さらに、麗奈父が声を潜めて言う。
「昨日の高松、A級戦の裏…相当やばかったらしい」
「そうか、やはり“裏”が動いたか」
幹部がうなずく。
――完全に陰謀会話。
若手警官は後に語る。
「彼らは何かを隠していました。
“A級”“ライン”“裏の動き”…
明らかに一般市民が知らない符牒を使っていたんです!」
さらに父のポケットから何かが落ちた。
若手が目を凝らす。
――それは謎の紙切れ。
恐る恐る拾い上げると、そこには数字がびっしり。
「3-7」「2-5」「ワイド流し」
「暗号文だ…!」
息をのむ若手。
会議室から父と幹部が出てくる。
「じゃあ次は大宮で落ち合おう」
「了解、3時の便で動く」
……どう聞いても諜報員の合言葉。
しかし実際は――
「じゃあ次は大宮競輪で落ち合おう」
「了解、3R(第3レース)の便(出走)で動く」
――ただの競輪仲間の約束である。
その日の夕方。
県警食堂で、若手警官が興奮気味に語る。
「大宮ふとん店の人、やっぱり公安ですよ!
“裏が動いた”って言ってました!」
「“3番が単独で動いてる”とも!」
「数字の暗号書かれた紙も落としていきました!」
先輩が苦笑しながら言う。
「……それ、車券だよ」
だが若手は譲らない。
「いえ! あれは国家機密に違いありません!」
――翌日、商店街では噂が倍増していた。
「大宮ふとん店、公安直轄説」
「ワゴン車の中に無線機積んでる」
「布団に仕込まれた盗聴器で情報収集してる」
そして夜。麗奈父はいつものように晩酌をしながら、
「いやぁ、昨日の最終レース、外したなぁ」と笑っていた。
――だがその晩も、どこかで誰かが囁く。
「大宮ふとん店、やっぱり裏の組織らしい」
「父親、今日も“裏が動いた”って言ってた」
上尾の夜風がざわめき、
街の明かりが怪しく瞬く。
「彼らは本当にただの布団屋なのか――」
「疑惑は、更に深まった。」




