営業日は神のみぞ知る
大宮ふとん店の営業時間、それは上尾の七不思議のひとつだ。
というより、誰も知らない。
本人たちですら、知らない。
朝。
商店街のパン屋がシャッターを開ける頃、ふとん店は静まり返っている。
通行人が覗くと、店内では祖母・タキがこたつに半身を突っ込み、
テレビで旅番組を見ながら、みかんを食べていた。
「おばあちゃん、今日は開けないんですか?」
「うーん、風が強いからね。布団が飛んだら困るでしょ」
――理由になってない。
昼。
母・良子が顔を出す。
「そろそろ開けようかねぇ」
だが近所の主婦たちが来て、世間話が始まる。
気づけば猫も混ざって、ふとんの上は座談会状態。
「今日も賑やかね」
「いや、開けてすらいないから」
夕方。
ようやくシャッターが開く。
「おっ、やっと営業だ!」と常連が駆けつけるも、
父・雄三は看板をひっくり返して「準備中」に。
「だって今、大宮競輪の第10レース準決勝だから」
この調子で、開店=運命、閉店=直感。
神様がくしゃみをしたら休業。
風が吹いたら臨時休業。
雨が降ったら「布団が湿る」と言って閉店。
晴れたら「昼寝日和」と言って閉店。
一度だけ商店街の会長が激怒し、
「せめて週に何日かは開けてください!」と怒鳴った。
祖母タキは真顔で答えた。
「開けてるつもりなんですけどねぇ、心は」
この“精神的営業”発言が伝説となり、
以降、商店街では「大宮ふとん店が開く=奇跡」と呼ばれるようになった。
麗奈が帰省して様子を見に行った時も、
シャッターは半分だけ開いていた。
「お母さん、今日はやってるの?」
「えぇ、開けてるわよ。お客さんいないけど」
「これ、半分閉まってるよ?」
「そう? 風よけよ。営業中って気持ちが大事なの」
「気持ちじゃ布団は売れないのよ!」
さらにカオスなのが定休日だ。
商店街のカレンダーでは火曜休みになっているが、
本人たちは「そんなの聞いてない」。
勝手に月曜、木曜、または「疲れた日」を休みに設定する。
1週間ずっと閉まっていたこともあるが、
張り紙にはこうあった。
「長期仕入れ出張中(近所のスーパーに行ってます)」
一方、開けるときは突然だ。
深夜2時に「寝られないから開けるわ」と祖母がシャッターを開け、
酔っ払い客が入ってきて毛布を2枚買った。
これが“深夜営業奇跡事件”として新聞に載りかけた。
結局のところ、大宮ふとん店の営業スケジュールは、
天候、気分、体調、そして祖母の夢の内容に左右される。
ある日、取材に来た地元誌の記者が尋ねた。
「営業日はどうやって決めてるんですか?」
タキは少し考えて答えた。
「朝起きて、布団が私を離してくれたら開けます」




