お前、アホやねん
古い山間の村は、長い日照りに苦しめられていた。畑は干からび、川は細く息も絶え絶え。村人たちは藁にもすがる思いで、ようやく決断した。神社の神様に、生贄を捧げるのだと。選ばれたのは、若く純粋な巫女の和葉だった。黒髪を結い上げ、白い着物に紅の袴を纏った彼女は、村の外れの神社へと、静かに歩を進めた。心臓が早鐘のように鳴り響く。神様の怒りを鎮め、雨を乞うための、ただ一人の犠牲。
神社の本殿は、苔むした石段の頂に佇み、薄暗い社殿が静寂を湛えていた。和葉は深呼吸をし、ゆっくりと扉を開けた。埃っぽい空気が鼻をくすぐり、彼女は神棚の前に跪く。そこに、神の気配を感じた。空気が微かに震え、ぼんやりとした光が渦を巻くように現れる。神様の姿は、霧のような輪郭でしか見えず、だがその声は、意外に親しげで、関西訛りの柔らかな響きを帯びていた。
「私、和葉と申します。神様のためにこちらに来ました。」
神の声が、社殿に響き渡った。少し苛立ったような、呆れたような調子で。
「あのさ? お前ら何考えてるん? アホなん?」
和葉の体がびくりと震えた。震える声で、必死に言葉を紡ぐ。
「そ、そんな...私たちの村は日照りで...神様の力が必要なんです。お願いします...」
神の気配が少し柔らかくなる。霧のような輪郭が、優しく揺らめいた。
「いや、それはわかってるって。雨ぐらい降らしたるがな。でも大量に必要やねやろ? それは大きい雨雲とか作らなアカンから二三日待っててや。自然界のバランス調整とかあるねん」
和葉の目が丸くなった。生贄として差し出された身で、こんなに素直に雨を約束されるとは。胸の奥に、温かな驚きが広がる。
「え...神様が直接雨を...? 私、生贄として差し出されたのに...でも、ありがとうございます...」
神の声に、ふっと笑いが混じる。まるで古い友だちに説教するような、親しげな苛立ち。
「それでさ? その生贄の話や。お前らアホなん?」
和葉の頰が、ぽっと赤らんだ。困惑と恥ずかしさが交錯し、視線を落とす。
「え...アホって...私たちは神様のご意志を...あの、もしかして生贄は必要ないということでしょうか...?」
「意志ってなんやねん? お前ら何考えてるん? アホなん?」
「そ、そんな...私たちの村は日照りで...神様の力が必要なんです。お願いします...」
「いや、それはわかってるって。雨ぐらい降らしたるがな。でも大量に必要やねやろ? それは大きい雨雲とか作らなアカンから二三日待っててや。自然界のバランス調整とかあるねん」
「え...神様が直接雨を...? 私、生贄として差し出されたのに...でも、ありがとうございます...」
「それでさ? その生贄の話や。お前らアホなん?」
「え...アホって...私たちは神様のご意志を...あの、もしかして生贄は必要ないということでしょうか...?」
「そら確かにさ? ワシもお前ら助けたるねんから、なぁ〜んかお礼は欲しいで? ただ、正直、一番欲しいのは酒や。酒ぐらいが丁度いいねんな」
和葉はほっと息を吐き、肩の力が抜けた。生贄の重圧から解放された安堵が、涙腺を緩ませる。
「お酒...なら私、持ってきてます! 村の特産の日本酒を...神様に奉げられますか?」
だが、神の声はそこでピタリと止まり、厳しくなる。
「いや、待て。説教聞け」
和葉は慌てて背筋を伸ばした。緊張が再び体を硬くする。神の前で、まるで叱られる子どものように。
「は、はい! 神様のお説教、しっかり伺わせていただきます!」
神の霧が少し濃くなり、声にユーモアを交えつつ、核心を突く。
「百歩譲ってな? そのお礼がお前なのは、まだ許したるわ。雨降らしてくれるお礼にお前にエッチな事してもいいですよ〜って感じやったらわからん事もない」
和葉の顔が一瞬で真っ赤に染まった。耳まで熱くなり、声が上ずる。
「え...えっち...な...ことは...その...神様のお望みなら...」
だが、神の声はあっさりと引き返す。まるでからかうような、優しい冗談めかして。
「だから、欲しいのは酒って言うてるやろが。別にエッチな事もそこまで興味ない」
和葉の肩が落ち、安堵の表情が浮かぶ。勘違いの恥ずかしさに、くすりと小さく笑いが漏れた。
「あ...そうですよね。私ったら変な勘違いして...では、お酒をたくさんお持ちします!」
神の気配が、再び真剣味を帯びる。霧が社殿を優しく包み込むように。
「お前ら、なんか考えエスカレートして『生贄』とか言うてるやろ? そんなお前の命とか差し出されてもワシ困るねん。こんなん貰ってどうしたらいいねんな?」
和葉は申し訳なさそうに俯き、指先で袴の裾を握りしめた。声が小さくなる。
「そうですよね...私の命なんて...神様にとっては迷惑なだけで...本当に申し訳ありません...」