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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第2章(5)シスターラビットのお店に行こう♪

作者: 刻田みのり

「……」

「……何これ」

「ポウッ」

「おやおや」


 さっきまでアーワの森の入り口にいたはずの俺たちは疾風の魔女ワルツの魔法によって王城の庭に転移させられていた。


 ライドナウ公爵家の元執事である俺は王城に何度も来たことがある。公爵様の付き添いだったりお嬢様の付き添いだったり……まあ誰かの付き添いでしか来たことがないのだがそれはいい。


 要は俺にはここが王城の庭だとわかった、ということだ。


 ただ……。


 グリュルルルルルルルルル!


 眼前にいるのはトカゲの頭と狼の胴体そしてサソリの尻尾の化け物。リザーティコアだ。おおっ、こんなの本でしか見たことがないぞ。


 じゃなくて!


 こいつ、確かモンスターランクBの魔物だよな。どうしてこんなのが王城の庭にいるんだよ。


 しかも人を襲ってるし。


 侍女姿の女性が仰向けに倒されてリザーティコアにのしかかられている。


 あ、これは放っておくとお食事タイムだな。もちろん喰われるのは侍女さんの方だ。


 あまりの緊急事態につい身体が動いた。


 俺が放ったマジックパンチがリザーティコアの頭を粉砕。トカゲ頭の血と肉が襲われていた侍女さんにぶち撒かれてしまったけどまあ仕方ないよな。魔物に喰われるよりはマシだろ。


 つーかよく見ると他にも人が倒れているし。こっちは着ているローブと杖から察するに魔導師だな。


「ありゃ、これは瀕死……てことでいいのかな?」


 魔導師の方に歩み寄ったワルツが声を上げる。何だか面倒そうに言ってるが……おい、人が死にかけてるのにその態度はないだろ。


 イアナ嬢が慌てて魔導師に回復魔法をかけるが効果がないようだ。


 てか、俺の方の侍女さんも死にかけてないか? 辛うじて呼吸はしているようだが頭を打ってるみたいだし。それに顔色もかなり悪いぞ。


 俺は腕輪に魔力を流した。


「スプラッシュ」


 左手に現れた水球を飛ばす。水球は空中で二つに分かれて侍女さんと魔導師に命中した。


 そういうエフェクトなので濡れたような気がするのは我慢して欲しい。そう、これはただのエフェクトですよ。


 *


「た、助けていただきありがとうございました」


 イアナ嬢の魔法で汚れを落としてもらった侍女さんが深々と頭を下げた。長い黒髪が結わえているリボンごと垂れ下がる。昔話に出て来た魔女にこんなのがいたなとか思ってしまったのは内緒だ。


 頭を上げた侍女さんは美人だった。


 色白だし目鼻立ちは整っているし左目の下の黒子が色っぽいし傍にいると花のようないい匂いがする。、ふわっとした次女服に隠れて身体のラインがわかり辛いけどお胸の膨らみだけはよくわかった。とても柔らかそうだ。


 ……とか思ってたらイアナ嬢に足を踏まれた。痛い。


「私はシャルロット第三王女付きの侍女をしているリアと申します」

「イアナです。それで、この子はポゥ」

「ポゥッ」

「ジェイだ」


 リアさんの話によると離宮から王城に来てすぐにリザーティコアの襲撃を受けたのだそうだ。その時に誰かが後ろにいたような気がしたとか。恐らくそいつがリザーティコアを召喚した犯人だろう。


 ちなみに回復した魔導師はワルツと一緒に襲撃を報告しに行ってしまった。俺たちはワルツたちと衛兵が戻ってくるまでここで待っていなくてはならない。


 イアナ嬢の腕に抱かれたポゥがリアさんをじいっと見つめている。


 リアさんが微笑むとびくっとしたように羽を膨らませた。何だその反応は。失礼だろ。


「シロガネフクロウですか。それも精霊鳥ではなく聖鳥とは珍しいですね」

「シロガネフクロウを知ってるんですか?」


 イアナ嬢。


 リアさんがうなずいた。


「ええ。昔からいろいろな本を読んでいましたので。特に精霊関係の本とかが好きでした。その関係でシャルロット様のお側で働かせていただいております」

「へぇ」


 感心したようにイアナ嬢が応じる。


 ポゥがやたら震えているがこいつ大丈夫か? まさか人見知りとかじゃないだろうな。


「それにしてもすごい偶然ですね。私たちが魔物に襲われているときにちょうど運良くあなたたちが転移して来てくれただなんて」

「そうですね」


 相槌を打ちながらイアナ嬢がポゥを撫でる。彼女もポゥの様子に戸惑っているようだ。


「疾風の魔女様と一緒に現れたということはメラニア様のご関係ですか」

「いえ違います」

「全くの無関係だ」


 イアナ嬢と俺の声が重なった。


 たとえ初対面の相手でもここはきちんとしておきたい。メラニアの関係者と思われるなんて絶対に御免だ。


「俺とイアナ嬢はノーゼアの冒険者だ。事情があってワルツに無理矢理ここに連行された」

「事情?」

「リアさんはシャルロット姫の侍女なんですよね」


 イアナ嬢。


「シャルロット姫がご病気だと伺っておりますが」

「あ、はい」


 リアさんが表情を曇らせた。


「ポーションも聖女様の回復魔法も効果が無くて……話によると特殊な薬草で作った特効薬なら治るかもしれないとのことなのですが」

「クースー草ですね」

「はい」

「安心しろ、その薬草なら俺たちが採ってきた」

「えっ」


 びっくりしたようにリアさんが目を瞬いた。


 何故かポゥがビクッとなる。こいつマジで大丈夫か?


「そ、その、ジェイさんたちがクースー草を?」

「そう言ったつもりだが」

「でも確か……ああ、そうですね。すみません、疑ってる訳ではないんですよ」


 ん?


 何だか急にリアさんが焦ったように見えたのだが。


「わぁ、こんなところで遭遇するなんて。これ、もしかして仕込み?」

「……」


 ぼそぼそとリアさんが独りごちる。その声は小さすぎて俺には断片的にしか聞こえない。


 遭遇とか仕込みとかって何だ?


 ま、よくわからんし、いっか。小声ってことは俺たちに聞かれたくないんだろうし。


「直接あんたたちに渡せたらいいんだが採取クエストなんでそういう訳にはいかないんだ。悪いがもうちょっと待っててくれ」


 ワルツか他の魔導師あたりに渡せばいいのかな? とにかくクエスト達成も絡んでいるからこのあたりはちゃんとしないとな。


 イアナ嬢が訊いた。


「シャルロット姫の容態はどうなんですか?」

「今は発熱とかはないのですが寝たきりです。どうも少しずつ心臓が弱くなってきているらしくて」

「それ大変じゃないですか」

「ええ、ですから早く特効薬をと催促しに登城したのですが」

「魔物に襲われてしまったと」

「はい」

「……」


 あれだ。


 これ、タイミングが良過ぎじゃね?


 俺にはリアさんを狙ったとしか思えないのだが。


 となるとシャルロット姫の病気も?


 陰謀か、陰謀なのか?


 などと推測しているとイアナ嬢が言った。


「もしかしてシャルロット姫って誰かに狙われたんじゃないですか? 病気も実は呪いの類とか」

「そ、そんな」

「犯人に心当たりとかないんですか」

「ええっと……」


 イアナ嬢の質問にリアさんが中空を見遣った。


 そこに答えでもあるかのようにじっと見つめている。


「やりそうな人はいない訳ではありません」


 やがて彼女は話しだした。


「まだ六歳の第三王女とはいえ一応王族ですし。それだけで快く思わない輩はいるでしょう。ましてやシャルロット様は精霊姫とも呼ばれる特別なお方。その力を危険視する者もいるかもしれません」

「ああ、そう言えばいますね。危険視とは少し違いますけどよからぬことを考えそうな人が」

「……」


 俺も一人思い浮かんだ。


 ただ、いくらシャルロット姫が特別な存在だとしても狙うか? 腹違いだけどカール王子の妹だぞ。


 ましてや聖女になりたいんだろ? むしろシャルロット姫を排除するよりイアナ嬢を何とかする方が先じゃないか?


 まあ、あくまでも俺の推測でしかないんだが。


「あの」


 リアさんが困ったように眉をハの字にした。


「メラニア様をお疑いでしたら違いますよ。むしろメラニア様はシャルロット様のご病気に大変お心を痛めております。今日も離宮までお見舞いに来てくださいましたし」

「はぁ」


 信じられないといったふうにイアナ嬢が顔をしかめる。


 あ、うん。メラニアの印象悪いもんな。信じたくないよな。わかるわかる。


「先日もクースー草の採取を依頼したと仰っておられましたし。ああ、でもジェイさんたちが採ってきてくれたんですから依頼は取り下げてもらった方がいいかもしれませんね」

「……」


 その依頼、俺に回ってきた奴だな。


 てことは、やっぱりワルツに連行されたのはまずかったんじゃないか?


 クースー草をワルツなり何なりに渡してクエスト完了って訳にはいかなくなったかもしれない。


 しかもクースー草を採取した冒険者を連れて来いって言ったのはメラニアなんだろ? これ流れからしてやばくね?


「あ、あたしかなりピンチかも」


 イアナ嬢が声を震わせた。


 顔が真っ青だな。


「い、いきなり始末されたりとかしないよね」

「……」


 いや、さすがにそれはないだろ。


 ……とは言い切れないのが怖いんだよなぁ。



 **



「えっと、始末って?」


 リアさんが首を傾げる。その仕草が妙に色っぽい。


 見惚れていたらイアナ嬢に足を踏まれた。今回はさらに強めだ。かなり痛い。


「あ、こちらの話です。あはは」


 イアナ嬢が誤魔化すように笑う。


「……」

「ポ、ポゥ」


 リアさんが無言でポゥを見つめた。滝汗でも流しそうな勢いでポゥがうなずく。


「なるほど、事情は理解しました」

「え」


 イアナ嬢が吃驚するとリアさんがにっこりと笑った。お嬢様ほどではないけど可愛い。


「そうですよね。次代の聖女様とメラニア様はいろいろとありますものね。お察しします」

「え、あたしまだ何も話してないのに、何で?」

「落ち着け、言葉遣いが素に戻ってるぞ」


 動揺しまくっているイアナ嬢につっこみつつ俺はリアさんに訊いた。


「もしこのまま俺たちがメラニアに会ったら何事もなく帰れると思うか?」

「あ、えーと」

「……」


 無理だな。


 とはいえ、このままだとメラニアと会うのは避けられないだろう。ワルツにクースー草を採取した冒険者を連れて来るよう命じたのはメラニアなんだからな。かなりの確率で会おうとするはずだ。


 もうイアナ嬢がただの冒険者の僧侶(プリースト)ではなく、グランデ伯爵令嬢で次代の聖女だとバレるのは覚悟した方がいい。実際、リアさんにもバレてしまっているしな。


 つーか、元々王都にいたイアナ嬢なら顔が知られていても何もおかしくない。次代の聖女なら相応に有名なはずだしな。


 ましてやメラニアがイアナ嬢の顔を知らないはずがない。


 となるとメラニアがどう動くか気になるな。


 いきなり仕掛けてくるか?


 イアナ嬢がいなくなれば次の聖女になれるかもしれないし。


「あの、大丈夫ですよ」


 俺が考えていたらリアさんが言った。


「メラニア様はああ見えてお優しい方ですから。決して悪いようにはなりませんよ」

「はあ」


 そうかなぁ。


 そうだといいんだけど、やっぱり油断できない。


 というか逃げたい。


 ノーゼアに帰りたい。


 お嬢様成分が足りない。早くお嬢様に会って補充しなくては。


「……」

「……ん、何だ?」

「いえ、何でもありません」


 いや、何でもあるよな?


 リアさん、あんたすっげぇ恐い目でこっちを睨んでたぞ。


「不埒。ああでもあの魅力ならそれも仕方ないとか?」

「……」


 リアさんがまたブツブツ言ってる。癖かな?


 不埒とか言われてるんだけど。どうしよう、反応した方がいい?


 でも迂闊なこと言ったらやばそうなんでスルーしようっと。


「とにかく、心配するようなことはありませんのでご安心ください。それにここは王宮ですよ。滅多なことなんてある訳ないじゃないですか」

「……」


 いや、さっきリザーティコアに襲われてた人に言われても。


 全然説得力ないです。


 *


 ワルツが戻って来たので俺たちはリアさんと別れた。


 別れ際、リアさんから「これ助けていただいたお礼です。良ければ後で食べてください」と布袋を受け取ったのだが……あれ、何か侍女服の袖口から出したように見えたんだけど。気のせい?


 ワルツに案内されたのはやや広めの部屋だった。品の良い調度品が置いてあり大きな窓からは空の青が見える。


 ローテーブルを挟んで配置された四人掛けのソファーの一方、廊下側に座るよう促され俺とイアナ嬢は従う。一刻も早く逃げ出したいという衝動をグッと抑えてとにかく我慢。


 クースー草の提出を済ませると俺とイアナ嬢の冒険者カードにクエスト完了の印がついた。少しの間青白く発光し、やがて何もなかったかのように消える。


 ワルツは部下らしき魔導師を呼ぶとクースー草を渡した。


 一礼して魔導師が退室する。


「やれやれ」


 ワルツがソファーに座り直した。


「アーワの森で君たちを見送って三日、他の連中も失敗してどうなることかと思ったんだけどこれで一安心だわ。いやぁ、面倒くさ……じゃなくて厄介な任務だった」

「……は?」


 ちょい待て。


 こいつ、今何て言った?


「あの……今、三日って聞こえたんだけど」


 イアナ嬢が戸惑い気味に尋ねた。


「あたしたちそんなに森の中にいなかったわよ」

「おやおや」


 ワルツが目を細めた。


 やや愉快そうに。


「気づかなかったのかな? あの森は前のスタンピード以降時間の流れがおかしくなっているんだよ。早くなる時もあれば遅くなる時もある。恐らくは迷いの魔法が影響しているんだろうね。実に興味深いけど検証するのは面倒……じゃなくて大変かな」

「……」

「……」

「ポゥ」


 あまりのことに俺とイアナ嬢が絶句してしまう。イアナ嬢に抱っこされてるポゥは呑気だけどな。


 たぶん冒険者ギルドの資料室でしっかり調べていれば予めわかっていた情報だったのかもしれない。


 けど、あのときはサックに邪魔されたからなぁ。あれがなければ……ってもう今さらか。


「そうそう」


 ワルツがついでのように言った。


「メラニア様の都合もあるから面会は後日ってことになったよ。それまでここでゆっくりしてくれた前。王都から離れないのなら外出も許可する。滞在中の部屋はこちらで用意するから心配しなくていい」

「できればすぐにでも帰りたいのだが」


 俺がそう応えるとワルツが首を振った。


「メラニア様との面会が済むまでは滞在してもらう。そう望まれている以上、私は帰すつもりはないよ」

「……」


 やばいな。


 ワルツの口調には確固たる意志があった。ここで強く抵抗してもきっと俺たちの立場が悪くなるだけだろう。


 メラニアと面会させたいらしいからそこまで酷いことにはならないかもしれないが自由に出歩けなくなったりはするかもしれない。下手をすると監禁される可能性もある。


 何せ、こいつは問答無用で俺たちを王城に転移させたんだからな。


 楽観はできない。


「わかった。そちらの指示に従おう」

「ジェイ?」


 イアナ嬢が問うような目でこちらを見た。


 俺は目だけで「黙ってろ」と伝える。


 再びワルツに。


「ただし、なるべく早くノーゼアに帰りたい。その点は理解して欲しい」

「もちろんそれは留意するよ」


 ワルツが薄く笑った。


 *


 クエストの成功報酬はメラニアが直接渡したいとのことで面会の時までお預けになった。


 俺たちは部屋を一つ与えられメラニアとの面会が済むまでそこで過ごすよう言われた。ただし、王都から出ない範囲での外出は認められている。


 部屋は二間続きになっており奥の部屋が寝室になっている。


 ベッドは二つ。とりあえずイアナ嬢と同じベッドで寝るなんてことにならなくて良かった。


 まあ、ベッドが一つしかなければ俺はソファーで寝るけどな。


 手前の部屋にあるソファーはローテーブルを挟むように置かれていた。とりあえずそちらに腰を下ろす。イアナ嬢が俺の隣に座ろうとしてすぐに反対側に移った。よくわからんが落ち着きのない女だな。


 ポゥはイアナ嬢の膝の上だ。お前ら仲良いな。


「とりあえずすぐにノーゼアに帰れないってのは確定したな」


 俺はため息をついた。長いため息だ。


「あたし、あの女と会いたくないんだけど」

「俺だって嫌だ」


 二人同時にため息。なぜかポゥが面白そうに「ポゥポゥ」と鳴いた。いいなお気楽で。


「そういやリアさんから布袋を貰ったな」


 重くなった空気を何とかしたくて俺は話題を変えた。


 件の布袋をローテーブルの上に置く。


 微かに油で揚げたような匂いがしていた。思わずイアナ嬢と目を合わせる。


「この香り」

「いや、まさか」


 イアナ嬢の言葉に俺はそう応える。だが、漂ってくる匂いには心当たりがあった。


 布袋を開けてみる。


 深皿に盛られたポテチが入っていた。それも山盛りだ。


「え」

「何でまたこんな物が」


 心当たりが的中した俺は布袋からポテチの深皿を取り出す。鼻腔をくすぐる匂いに喉が鳴ってしまったがやむなしだ。


 早くもイアナ嬢の手が伸びた。


 まあ隠し持ってたポテチをイチたちゴートヘッドに食べられてしまったからな。我慢できなくなっていても仕方ないか。


 バリボリバリボリバリボリ。


 バリボリバリボリバリボリ。


 バリボリバリボリバリボリ。


 バリボリバリボリバリボリ。


「……」


 いやちょい待て。


 イアナ嬢。


 そんなにポテチに飢えていたのか?


 猛烈な勢いでポテチを食べまくるイアナ嬢に俺は思わず引いてしまうのであった。



 **



「ん?」


 イアナ嬢によってほぼ食べ尽くされたポテチの深皿に何かが記されていた。


 よく見ると「シスターラビットのお店」とある。


 これ、店名だよな?


 ポテチを食べ終えて満足そうにしているイアナ嬢が「わぁ、やっぱポテチ最高」とか言ってるけどとりあえずそれは無視。


 俺は深皿を眺めながら考えた。


 王都にもポテチを出している店があるのか?


 少なくとも俺がお嬢様を追ってノーゼアに行った二年前は王都にそんな店はなかった。だから開店したとしたらそれ以降ってことになる。王都にいた頃はいつでもお嬢様の要望に応えられるよう王都内のほとんどの店の情報をチェックしていたのでこれは間違いない。


 ポテチについては別にお嬢様の専売特許って訳でもないだろうし誰が作ろうと自由だ。デイブだって作っているんだしな。


 ただ、気にはなる。


 というか物凄く嫌な予感がしてならない。


 お嬢様はノーゼアの街にいる。王都から追放されているのだから王都にいるはずがない。


 つーか距離的にも無理がある。


 ノーゼアは辺境の地で王都からも遠い。簡単には行き来できないのだ。そもそも王都から追放された身では王都に入ることすら許されていない。


 まあ、レシピがあればお嬢様でなくても作れるんだけど。実際デイブも(以下略)。


 だとしても、だ。


 何だろう、すげぇ嫌な予感しかしない。


「……」


 いやいやいやいや。


 俺は頭を振った。


 どうも最近のお嬢様のやらかしのせいでナーバスになっているようだ。そんな何でもかんでもお嬢様に結びつけるなんてどうかしている。


 そうだよな。これはたまたまだ。


 うん、きっとノーゼアを訪れた誰かがデイブの店でポテチを食べて感動したのだろう。


 そして王都でお店を開いてポテチをだしている。


 そうに違いない。


「……」


 でも、気になるな。


 *


 俺は城の外に出ていた。


 ワルツも外出してもいいって言ってたし王都から出なければ問題ないはずだ。


 しかしまあ簡単に城から出られたよなぁ。


 てっきり誰か監視でも付くのかと思ったのだが少なくともあからさまな監視は付かなかった。ひょっとしたら俺の探知にも引っかからないような奴が監視しているのかもしれない。それはそれでまあご苦労様と言っておこう。


 別に俺はやましいことなんてしないしな。クースー草の報酬も受け取ってないからノーゼアにも帰れないし。


 何人かに聞き込みをした結果「シスターラビットのお店」の場所がわかった。どうやら最近出来たお店らしい。


 王都の地理は俺もイアナ嬢も熟知しているので何の支障もなく件のお店の傍まで来れた。


 王都は王城を中心にそれを取り囲むように貴族街さらには平民街と区画が別れている。


 シスターラビットのお店は東側の平民街にあった。


 貴族街とも近い位置のためか通り沿いに高級そうな馬車が何台も並んでいる。


 飲食店や衣料品店などが軒を連ねる大通りの一角。立地は申し分ない。白くてお洒落な感じの外観の店は若者や流行にうるさいご婦人の興味を惹きそうな雰囲気を醸し出していた。


 実際、通りに成した行列の大半は若者とご婦人たちだ。店から伸びたこの行列の長さは結構あり、正直これに加わるのには気後れしてしまう。


 行列の流れが思ったより速いのがせめてもの救いだ。


 俺たちの近くで並んでいる若い女性客の会話が聞こえてくる。


「今日はシスターラビットさんいるかなあ」

「シャムさんとアンゴラちゃんはいつもいるんだけどねぇ」

「たまに冒険者の人たちも手伝っているみたいよ。ほら、Aランクの人たちで栄光の剣とかいう」

「あーそれ私も見た。すっごいイケメン揃いだったわ。あの人たちが毎日接客してくれるなら一日も欠かさず通うのに」

「あんた本当にイケメン好きねぇ」

「だって私の職場ってろくな男がいないんだもん」

「はいはい。せいぜいいい夢でも見なさい」


 あれだ。


 後半はどうでもいい情報だな。


 などと判じているとイアナ嬢が訊いてきた。


「どうする? 並ぶ?」

「イアナ嬢は並ぶんだろ」

「当たり前でしょ」


 イアナ嬢の声が弾んでいる。


 彼女はポゥを抱っこしながら布袋を持っていた。中にはポテチの盛られていた深皿が入っている。


 ここに来る途中で聞いた話によると店の深皿を持って行くとその分ポテチの代金が安くなるとのことだった。


 そのせいか行列に並ぶ客の多くが深皿を持っていたり深皿が入っているらしい布袋をぶら下げていたりしている。中には複数の深皿を用意する強者も混じっていた。そんなに欲しいかポテチ。


「あっ、いいなぁ。あたしももう何枚かお皿があったら良かったのに」

「ポゥ」

「ポゥちゃんもそう思う? そうよね、沢山食べたいわよね」

「……」


 イアナ嬢。


 ひょっとしてこのまま常連客になったりしないよな?


 ま、まあそのうちノーゼアに帰るんだから常連客にはならないか。


 とはいえ、王都にいる間は通いそうだなぁ。


 行列に並んでしばらくすると店の真ん前にやたら豪華な馬車が停まった。ちなみに、俺たちが立っているのはまだシスターラビットのお店の隣の店の前である。


 金銀をふんだんに用いた装飾のいかにも金持ちの馬車といった感じのデザインだ。少なくともまっとうな神経の人間なら乗りたがらないな、これは。


 馬車からは三人の人物が降りた。


 特徴的な見た目の奴らに俺はつい「あっ」と声を漏らしてしまった。いや、だってあいつら本当にわかり易いし。


 悪徳商人みたいな顔の小太りの男とどっちがどっちだか見分けがつかない双子たち。


 オロシーとその部下だ。


 俺がイアナ嬢やシュナとパーティーを組んで最初のクエストとなったのがオロシーの護衛だった。


 この護衛クエスト、本当に嫌な任務だったなぁ。


 オロシーは最低野郎だったし部下の双子もろくでなしだったし終いにはケチャに襲われるし……ああ、思い出しただけでもうんざりしてくる。


 わぁ、何でこんなところに現れるんだよ。


 つーか、相変わらずあの双子は見分けがつかないな。あれか、認識阻害の魔法でもかけてあるのか? わざと区別できないようにしているとしか思えんぞ。


 三人が行列を無視して入店していく。


「おいっ、列に並べよ!」

「割り込みすんな!」

「こっちはちゃんと並んでいるのよ」

「あんたら頭おかしいんじゃない?」

「ブタ臭いんだから近づかないでよ!」

「馬車の趣味悪っ!」

「……」


 うん。


 後半、ただの悪口だな。


 そして、案の定トラブル発生。


 無理矢理店に入ったオロシーたちが店員に注意されたのか大声で喚きだした。


「おいっ、こっちは客だぞ。この店はお客様に命令するのか!」


 これ、双子のどっちかだな。


 どっちかまではわからんけど。


「オロシー様は王都で流行っている菓子を求めておられるのだ。ごちゃごちゃ言わないでさっさと用意しろっ!」


 これも双子のどっちか。


 こいつら声まで似ているから余計にわからなくなるんだよなぁ。せめて片方は「だべ」とか「にゃ」とか語尾を工夫してくれればいいのに。


「あ、あのー。そう言われても順番に応対しているから困るぴょん。アンゴラはどのお客も平等にしたいぴょん」


 おっと。


 この店員らしき女の子の声は「ぴょん」って語尾があるな。


 ベタかもしれないがウサギの獣人か?


 獣人は数こそ少ないがこの世界に存在している。現在は滅んでしまって存在しないがかつては獣人たちの国もあったそうだ。


 国によって市民権を得ている場合や奴隷として扱われている場合があるがアルガーダ王国(つまりこの国)では獣人を普通に国民として認めている。


 ただし、人々の中には差別意識を持つ者も少なからずいるので冷遇される獣人は多いようだ。俺としてはくだらないことするなって感じだが。


「ふんっ、ウサギの癖に生意気な。こっちはわざわざこんなところまで買いに来てやってるんだぞ。金ならあるんだからさっさとポテチとやらを寄こせ」


 オロシーの声。


 こいつ、やっぱりムカつくな。


 顔が見えなくても腹が立ってくるぞ。


 てか、これ放置していると皆に迷惑だよな。


「イアナ嬢、ちょっと並んでてくれ」

「えっ、ジェイ?」


 イアナ嬢の声を無視して俺は列から外れた。


 そのままシスターラビットのお店へと歩く。


「あ、割り込みしませんので」とか「大声が聞こえたので様子を見に来ただけです」とか言いながら周囲の人に断りを入れて俺は店の入り口に立った。


 店の入り口から中を覗く。


 シスターラビットのお店は入り口から入ってすぐのところにカウンターがあり、そこで支払いと商品の引き渡しを行うようになっていた。カウンターの奥は仕切りがあり、どうやらその先に調理場があるようだ。


 店の左側には幾つかのテーブルと椅子が並べられていて、そこで買った物を食べられるようになっている。今はほぼ満席で来店客の何人かが食事を中断して揉め事の推移を見守っていた。


 当事者たちの方を見るとカウンターの向こうにいる店員の小柄なウサミミ少女がオロシーと双子の部下たちに睨まれていた。


 オロシーたちの振る舞いに眉をしかめる者はいても、店内の客は自分からトラブルに介入するつもりはないようだ。


「ここにあるだけのポテチを全部だ。こんな上客そうそういないだろ? ありがたく思え」


 双子の片割れ。どっちかは不明。


「あと明日の分も注文してやる。ポテチ全部だ。これはカール王子殿下やメラニア様に献上するから最高品質の物を作れよ。おかしな物が混じっていたら承知しないからな」


 これも双子の片割れ。やはりどちらかは不明。


 つーか、こいつら殴っていいか?



 **



「なーんか騒がしいな」


 店のカウンターの奥は仕切りで調理場と分けられていて、そちらから黄色い花柄のエプロンを身に付けた長身の男が現れた。


 かなり目つきが悪い。出会ったばかりの頃のイアナ嬢もなかなかだったがこちらはさらに凶悪さが増している。左頬にも大きな傷跡があるしこいつ絶対に人を殺したことがあるな(偏見)。


 つーかネコミミ!


 そして漆黒の滑らかそうな毛並み。


 ネコ男、いやネコミミ男はエプロンの下に襟元までしっかりボタンを留めた白いシャツを着ている。ズボンの色は青だ。


 ゆらりゆらりと揺れる細長い尻尾の色も黒い。あと何か優雅だ。


 ネコミミ男がウサミミ少女に尋ねた。


「アンゴラ、またトラブルか?」

「あ、えっとね」


 アンゴラと呼ばれたウサミミ少女が眉をハの字にしながらオロシーたちに首を向けた。


「このお客さんたちがポテチを全部欲しいって言ってるぴょん」

「あ?」

「ち、ちょっとシャムちゃん、そんな恐い声を出さないでぴょん。シャムちゃんは顔が凶悪なんだから声まで恐くしたらお客さんが来なくなっちゃうぴょん」

「誰が凶悪だ。お前まで店長みたいなこと言うな」

「えーだって」

「あとお前ら」


 シャムがオロシーたちを睨んだ。


 目つきの悪さ八割増しである。やっぱこいつどっかで人を殺してるぞ。


 間違いない。


「ポテチが欲しいのか?」

「あ、ああ。金ならあるぞ」


 シャムにびびったのかオロシーが声を震わせつつ応えた。双子も威圧されたのか顔を青くしている。


「売れる分全部って話だがそれでいいのか?」

「ああ、それでいい」

「ええっ、駄目ぴょん。そんなことしたら他のお客さんが買えなくなるぴょん」

「アンゴラは黙ってろ。でないとおやつのチーズケーキ抜くぞ」

「……」


 よほどチーズケーキが食べたかったのか、アンゴラが慌てて両手で口を塞いだ。半泣きなのが地味に可愛い。


 シャムが確認した。


「もう一度訊くが、売れる分全部でいいんだよな?」

「そうだ。いくらでも金は払うぞ」

「いや、適正価格でいい。それで、うちの皿はあるのか? あればその分値引きしてやるぞ」

「皿はないな。この店に来たのは初めてだ」


 オロシーが話をしているからか双子は大人しくしている。


 まだ顔色が悪いが胸を張って少しでも主の盾になろうとしているのが何となくわかった。あんなんでも主人想いの部下なんだな。ちょい見直したぞ。


「じゃあ用意してやる。そこで待ってろ」


 シャムが調理場へと姿を消した。


 双子の一人が深々と息をつく。


「あいつやばいな」

「黒猫の癖に態度大きすぎるだろ。あれで店員なのか?」

「しっ、聞こえたらどうする。お前らあいつに勝てるのか?」


 オロシーの質問に双子が物凄い勢いで首を振った。そのままもげてしまえばいいのに。


 そして、苦笑いしながら三人を見ているアンゴラ。


 少ししてシャムが布袋を三つ持って戻って来た。


 カウンターの上に布袋を置く。


「初回の客は一人一皿だ。代金は一皿銀貨二枚。三人分だから銀貨六枚だな」

「はぁ?」


 オロシー。


「おい、三皿だと? ふざけているのか? こちらは全部って言ったはずだぞ」

「だからこれで全部だ」


 シャムの目が鋭く光った……ように俺には見えた。


「初回の客は一人一皿。二回目以降はうちの店の名前がついた皿があればその分追加。皿がなければ一皿のみ。例外は認めない」


 フン、とシャムが鼻を鳴らした。


「言っておくが、たとえ王族が客でも同じだからな。うちの店長が決めたルールなんだから誰であろうと例外はない。それを曲げようってんなら相手になんぞコラッ!」


 三つの布袋を持ち上げ、オロシーたちに突きつける。


「で、どうするんだ。買うのか、買わないのか?」


 目つきがさらに鋭くなる。


 うん、こいつ絶対過去に人を殺してる。


 オロシーたちが気圧されているとシャムが怒鳴った。


「はっきりしろッ! 後が支えてるんだぞ!」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」


 オロシーが悲鳴を発し、布袋を受け取りもせずに逃げ出した。それに続いて双子たちも店を出る。


 人間ってこんなに早く馬車に乗り込めるんだなって感じの勢いでオロシーたちは馬車に乗りどこかへと行ってしまった。


 てか、俺に気付かないくらい慌てていたな。よっぽど怖かったんだろう。


「ちっ、忙しいんだから手間取らせるんじゃねぇよ」


 シャムが毒づき、三つの布袋をアンゴラに押し付けた。


「これ他の奴に回せ。あと、そろそろ店長が来るからそれまで頑張れ」

「う、うん。シャムちゃんも調理頑張ってぴょん」

「おう」


 シャムがアンゴラの頭をごしごしと撫でてから奥へと引っ込んだ。すぐに油で揚げる音が聞こえてくる。


 どうやら一件落着したようだ。


 やれやれ、俺の出番はなくて済んだな。


 俺は行列に並ぶ人たちに「どうも」と声をかけてからイアナ嬢の下に戻った。


「……」


 それにしても、シャムとかいう店員……あいつとても客商売やってる奴の態度じゃないな。


 俺の親父が客ならキレてるぞ。


 *


 イアナ嬢に見てきたことを話している間に列が進み、俺たちも店内に入った。


「いらっしゃいませぇ」


 カウンターに立つアンゴラの快活な声に出迎えられる。


 改めて店の中を見回すとカウンターの向こうに小さな商品棚があって売り物はポテチだけではないと知った。商品のほとんどは木工の小物や食器の類だがその中に紛れるようにポーションや照明用の魔道具が置かれている。


 ……て、ポーションや照明用の魔道具?


 おいおい、何でこんな店にそんな物があるんだよ。


 驚きのあまり硬直しているとイアナ嬢が脇腹を突いた。


「何ぼうっとしているのよ。さっさと注文するわよ」

「いや待て、それどころじゃ……」

「あ、ここってポテチの他にもお菓子があるのね」


 壁に貼られたメニューを見ながらイアナ嬢が声を弾ませる。


「レーズン入りのクッキーにバタークッキー、このホットケーキって何かしら? うーん、ポテチを買いに来たのにこれじゃ目移りしちゃうじゃない」

「……」


 レーズン入りのクッキー?


 俺の脳裏にお嬢様の顔が浮かんだ。


 いやいやいやいや。


 俺はぶんぶんと首を振った。


 この店とお嬢様が関係しているなんてある訳ないじゃないか。


 こ、これは偶然だ。


 そして気のせいだ。


 落ち着け。


 最近のお嬢様のやらかしでナーバスになってるだけだ。


「あ、ジャムパンもあるんだ。これも買おうっと♪」

「ポゥ」

「……」


 き、気のせいだよな?


 だって、お嬢様はノーゼアにいるんだぞ。


 王都で店を開けるはずが……。


「あら、いらっしゃい」


 どこかで聞いたような声が俺の意識を小突いた。


 俺は吃驚して声のした方に向く。


 調理場の方からウィル教の修道服の上にフリフリのある白いエプロンを付けた女性が現れた。背丈はお嬢様と同じくらい。たぶん体型もお嬢様とさして変わらないだろう。


 ただ、こちらは長いウサミミのついたウサギの仮面で素顔を隠している。


「あ、店長。お疲れ様ですぴょん」


 アンゴラが彼女に挨拶した。


「アンゴラちゃんお疲れ様。それで、そちらのお客様は何をお求めかしら?」

「えっと、あたしは……」


 イアナ嬢が壁に貼られたメニューに目をやりながら逡巡する。ああ、これはポテチとジャムパンの他に何か買おうって考えてるな。とりあえずポテチとジャムパンは確実に買うだろうし。


 てか、この人が店長か。


 格好とかウサギの仮面とか、なるほどシスターラビットってきっとこの店長のことなんだな。違ってたらごめん。


「ふふっ、とうとうジェイたちもこの店を見つけたんですねぇ。じゃあ、そのうちあっちもばれちゃうんでしょうか?」

「……」


 シスターラビットが何か呟いたが俺には断片的にしか聞こえない。


「とうとう」とか「あっち」とかって何のことだ?


 それに俺の名を呼ばれたような気がするんだけど……俺、この人と初対面だよな?

 

 

 


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