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憂いの果てのマフィカ   作者: 並木祐太
8/12

断章

 父の顔も母の顔も、血の繋がった人間が他にいたかどうかさえ知らない。物心ついた時にはもう、深い闇の底にいた。自分と同じように痩せた体の、無表情な子供がたくさん集められた施設だった。

 そこでは毎日のように自分たちの能力を競いあった。よく言えば切磋琢磨、事実をそのまま言えば殺し合い。力のない者は呆気なく死んでいったが、誰も気に留めはしなかった。それが日常だったから。

 勉学。剣術。魔術。権謀術数。いずれもからきしだったのにここまで生き残ったのは、生まれ持った体術の才と、希少性の高い変化術への適性があったからだ。施設は貴重な才能に目をかけた。特別な部屋を用意し、他の子供から狙われないように閉じ込め、専用の訓練を用意した。


 ――すべての骨を折れ。


 これが課題。どんな力がかかると折れるか、折れるとどう動けなくなるか、体で覚えていく。もちろん折るのは自分の骨だ。武器を持った相手に身一つで挑み、ボロボロになって死にかける度に癒術師の手で蘇生される。どう考えても体に良くはなさそうなポーションを食事代わりに飲み続けて幻覚が出たまま生きていた時期もあった。治りかけの傷の上にまた新しい傷ができるような生活だった。

 本当に全身の骨を折ったかどうかは分からないが、少なくとも負った傷の数は十分だったはずだ。そのうち怪我をすることは減り、散々痛めつけられた「恩」を半殺しの目に遭わせることで返して、漸く訓練が終わる。

 そうなれば次は実戦だった。獣を狩る。人を狩る。化け物を狩る。

 訓練に比べればどれも簡単だったが、どこか――これはきっと何か重要なものを踏み躙る行為なんだろうと、そんな気だけはずっとしていた。

 殺して生きてきた日々の全ては身体に染み付いている。全身の傷がそれを覚えている。地上に出て人間の生活を眺め、話をして触れ合って歳をとったが、それでも自分の中の最も多くを占めているのは、「空白」だった。何が入っていたのかも分からない空洞が、自分の中心に大きく口を開けている、ような。

 三十も半ばになってそれに気付いたことを、どう考えればいいか分からなかった。


 ――だが。

 この村に来て、常闇(ニュクス)に通ずる負の感情を根こそぎ奪われて、少し分かったこともある。


 痛みのない人生は、怖い。

 恐らくは戦いの中で迫りくる死と同じくらい、怖い。

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