ジャンキーの伝記
「切手、切手を早く出すニャン」
可愛らしい二足歩行のニャン族が言った。彼は真っ白の毛皮である。
隣にはグロッキーな黒いニャン族が俯いて何かを呟き続けている。
冷たい夜の風が吹いていた。それはLSDの売人も中毒者も平等だった。
売人はフードをかぶり種族の同定を困難としていた。
「金が無いんだろう」
「でも、オイラの相棒が、もう耐えられないニャン。せめて最期は極楽を見せてやりたいのニャン」
「では、お前達の全てを話せ。一生の全てだ」
「え……それだけでいいニャン?」
ぽかんとするニャン族の前に売人はフードを脱ぐ。そこには三角に伸び、尖った特徴的な耳があった。
「見ての通り私は長命種だ。そして様々な生物の生き様を記録するのが趣味なのだ。今はこれが私の生きる意味だ」
売人は腰にぶら下げた分厚い書物を手に取った。
「……本当に、“切手”、くれるニャン?」
「もちろんだ」
ニャン族は語った。
彼らは山奥で平穏に暮らしていた。白いニャン族と黒いニャン族は幼馴染だった。毎日遊び、家の農業を手伝い、たくさん眠った。だが無情にも彼らの村は戦火に巻き込まれた。
彼らは命からがら逃げた。気づけば黒いニャン族は家族をすべて失っていた。白いニャン族は彼を案じて毎日会いに行き、共に配給を食べた。
黒いニャン族はいつも半分だけ食べて、「後はお前にやるニャンよ」と白いニャン族に渡した。
ある日、黒いニャン族がいつもの穴ぐらから姿を消した。白いニャン族は大急ぎで辺りを探し回った。彼は墓場にいた。
「お前、どうしたニャン?心配したニャン!」
「俺、兵に志願したニャン」
白いニャン族は絶句した。彼等は劣勢だった。兵になるというのは死出の旅だった。
「俺の家、燃えちまったニャンね。あそこには全てがあったニャン。全てが」
彼は家族を家に残したまま一匹で逃げた。後からみんな追いつくと信じて。
「俺も、いいニャン。みんなと同じ死に方がしたいニャン」
「そんなの…おかしいニャンよ」
白いニャン族が何を言っても無駄だった。
5年後、彼は帰ってきた。
白いニャン族の家族が暖かく迎え入れた。
「何人敵をぶっ殺したニャンか?」
「お前は英雄ニャン!」
「村の誇りニャンよ」
黒いニャン族はすっかり変わってしまった。誰の話も聞かず、酒と切手に溺れた。次第に村の皆も関わらなくなった。
「僕も、止めようとしたニャン。でも、コイツは戦場で死にたかったのニャン」
白いニャン族はポロポロ涙を流した。
「素晴らしかった。これは君たちのものだ」
売人は“切手”を投げた。
「ありがとう、ありがとうニャン……」
風は凪ぎ、朝日が二匹を照らしていた。
読了ありがとうございます。
ユーモアと悲壮感を戦わせました。どっちが勝ったか教えていただけると幸いです。