05_遭遇(前編)
一晩、宿屋に泊まった僕らは、翌日、宿屋をチェックアウトして「ピーカ・ベアー」狩りに出発した。
普通のパーティなら、町の宿屋に荷物を置いて行くか、全ての荷物を背負って向かうのだろうけど、ウチは僕の『アイテムボックス』があるので、荷物を置いておく事も無く、ほぼ手ぶらだ。
まあ、はぐれたり咄嗟に使う場面のあるような物は、リックに持ってもらってるけど。
「…やっぱり便利だよなぁ、その『収納』。」
ヴェロニカさんが道すがらボソッと呟いた。
「だから教えますって。言ってくれたら。」
「いや、しかし…、う〜ん。」
「…じゃあ、「北の山脈」まで着いたら、お礼としてお教えしますよ。」
「えっ…?」
「僕がリックの相手をしている間、セレナさんにいろいろ教えてもらってますし、そのお礼ということで。」
「いやいや、セレナに教えるのは彼女がパーティのメンバーだからだ。お礼を言われる事では無いぞ?」
「じゃあ、要らないです?この『収納』、術式を知ってるヒトは居ても、現在、発現出来るのはウチの師匠とその弟子だけなんですよね。永らく誰も解釈出来ずに埋もれていた術式を、師匠が復活させたものなんで。」
実際は僕の功績なのだが、そんな事を言ったらまた人族じゃないんじゃないかと疑われてしまう。
ここは、ナズナの功績と言う事にしておく。
「いやいやいや、そんな貴重なら尚のこと教えてもらうなんて…。ああっ、でもすっごく気になるっ!」
悶えとる悶えとる。
ホント、魔術の事となると冷静じゃなくなるヴェロニカの様子を見るのは面白い。
「まあ、「北の山脈」に着くまでに考えておいて下さい。」
そんな風に和気あいあいと喋りながら、僕らは「ピーカ・ベアー」の出没するという場所へ向かった。
**********
結果、「ピーカ・ベアー」は時間を掛けずに見つける事ができた。
「感知系の魔術ってすごいですね。肉眼では見えてないものも丸わかりです!」
セレナさんが興奮気味に語る。
「うん、取り敢えず下がって、セレナさん。リック、突っ込んじゃダメだよ?」
「う、うっす!」
慣れない二人に指示を出す。
「ひとますワタシがやろうか?」
「お願いします。逃げ回れるように、しっかり準備して。」
「ん。」
ヴェロニカさんに先鋒はお願いした。
僕としても、皆に指示して戦うのは初めてなので緊張する。
パーティと言うなら指示役が居た方が良いと言うことで、僕がその役になった。
僕が選ばれた理由は消去法だ。
まず、冒険者初心者の二人は除いた。
そしてヴェロニカは「柄じゃないから。」と断った。
そうなると残りは僕が指示役をするしか無くなった、と言うわけ。
前世では小さなプロジェクトのリーダーぐらいはしていたが、それとこれとは話が全然違う。
こんなリアルタイムで、しかも僕の指示で仲間が危機に陥るかも知れないような重要な役なんて緊張してしまう。
とはいえ、弱音を吐いてはいられない。
感情を抑えて周囲を確認する。
「クロー、良いか?始めるぞ?」
ヴェロニカさんの問いに手を振り応える。
同時に自分も戦いの準備をしておく。
バシュッ!
ヴェロニカさんの魔術が「ピーカ・ベアー」に先制した。
「すまん!急所を外した!」
ヴェロニカさんの攻撃は「ピーカ・ベアー」の前足に当たった。
…いや、前足で防がれたのかな?
でも、おかげで相手は移動し難そうだ。
これなら仕留められる。
「ヴェロニカさん、下がって!」
ヴェロニカさんが下がったのを確認し、僕は「ピーカ・ベアー」に近づき『闇槍』を放つ。
炸裂するような効果は低いが、攻撃力と貫通性、操作性が高いので僕が気に入っている魔術だ。
『闇槍』は「ピーカ・ベアー」の頭部に直撃し、半壊せしめた。
流石にその状態で生きられる筈も無く、「ピーカ・ベアー」は倒れ込む。
「おっしゃあ!」
リックがそれを見て気が緩むのが見えた。
「静かに!それと、周りに警戒して。獲物を倒した瞬間が一番危険なんだから。残心っ!」
「っす!」
……。
いや、戦う前から周囲は警戒して、漁夫の利を狙う存在が無いことは確認してるんだけど、一応ね。
あと、相手は魔物だ。
舐めて掛かれば痛い目に遭うのはこっちかもしれない。
例えば、この「ピーカ・ベアー」だって、今の倒れ込んでいる状態は擬態で、こちらの気が緩んだところで逆襲してくるかも知れない。
警戒が過ぎるかも知れないが、舐めた結果、仲間が傷付くよりはよっぽどマシだ。
「セレナさん、どう?この「ピーカ・ベアー」、反応ありますか?」
僕はセレナさんに問い掛ける。
「えっと…、体温は変わらないですが、体内の動きは無くなったようです。」
「あと、体表の魔力も拡散したな。魔力核の魔力以外は残って無いだろう。今後はそれも判断に加えようか。特に、ヒトより強力な魔物相手の場合はな。」
セレナさんの答えにヴェロニカさんが補足する。
そんな判断基準があるのは知らなかった。
素の状態でも周囲の魔力が感じられるエルフ族の独特の感覚なのかもしれない。
「はいっ!」
なんだかセレナさんとヴェロニカさんの仲も、出会った当時より良くなった気がする。
二人で魔術の練習をしてたし、そもそもヴェロニカさんを男性と思っていた誤解も解けたしで、仲が深まったのかもね、
ギスギスされるよりは、よほど良い。
「クロー。こいつはどうするんすか?」
「うん?ああ、僕が片付けて持ってくよ。」
リックに言われて「ピーカ・ベアー」を『収納』する。
「すっげ!あんなに大きなのが無くなった?!」
「ふふん、すごいでしょ?…そうだなあ、読み書き・計算が出来るようになったら、魔術も教えてあげるよ。」
「えっ、マジっすか?!」
「うん、マジマジ。」
「仲が良いな、キミら。…てか、リックにまで魔術を教えるつもりか?!」
ヴェロニカが会話に入ってきた。
「だってさ、リックも魔術が使えないとパーティでの高速移動が出来ないじゃない?急ぐ旅でもないし、今のままでも不満は無いけど、いざという時に不便かな、って。」
「言っている事は分かるが、う〜ん…。」
またヴェロニカが悩んでしまった。
その時だった。
「「──っ?!」」
僕とヴェロニカさんはほぼ同時にそれに気付いた。
「リック、セレナさんを庇って木の下までさがって!」
「ワタシの向いている方向からもう一匹来る!!」
そして、その事を口々に叫んだ。
ガササッ!
バッ!
果たしてその直後、もう一匹の「ピーカ・ベアー」が草むらから飛び出して来た。
攻撃魔術は間に合わない、ならっ!
パチンッ!
「グゥッ?!」
僕はお得意の『重力操作』を発動。
6倍重力に抗えず、「ピーカ・ベアー」は動きを止めた。
「すまん、助かったよ、クロー。」
「いえ。…でもこいつ、さっき倒した個体の番いかとも思いましたけど、よく見たら怪我してますね?」
「…誰かと戦っていたか?そして、それから逃げてきた、とか?」
「ま、いずれにしても、止め刺しちゃいましょう。」
『闇槍』!
ボシュッ!
今度も頭部へヒットさせ、仕留める事が出来た。
「探しに行く手間が省けたと考えれば、良かったんですかね?」
「…そうだな。これでクエスト報酬は二重取り、出来るか──」
「おーい、誰か居るかー?」
不意に遠くから聞き覚えの無い男性の声が聞こえた。
どうやらこちらに近付いて来てるようだ。
「セレナさん、リック、二人ともこっちに!周囲警戒!」
初めて入った森で知らない人物が近寄って来るのだ、当然、その人物以外にも周囲に潜んで居ないか警戒する必要がある。
僕は皆に指示を出しつつ、自分でも感知系の魔術を使った。
「…やはりヒトが居たか。すまないが、こちらに「ピーカ・ベアー」が──」
姿を見せた男性は、そこで言葉を切った。
僕らの足元に倒れてる「ピーカ・ベアー」を見たからだろう。
「…すまない。その「ピーカ・ベアー」と戦っていた者だ。途中で逃してしまい、追い掛けていたのだが、そちらに迷惑を掛けてしまったろうか?」
男性は真面目な口調で語り掛けてきた。
彼の連れだろうか、あと二人も姿を現した。
最初の男性ともう一人は普通の人族の冒険者のようだ。
だが、一番遅れてきた男性だけは、ちょっと変わったフードを被っていた。
前世のRPGゲームのボスなどが、ヒトの姿の際に被っているような、横に広がっかフードだ。
着ている装備もゆったりした服装なので、仰々しい魔術師の様な印象であった。
ただ、それ以外に違和感を感じる点も無く、他に伏兵を忍ばせている様子も無いので、まともに応対して良さそうだと判断した。
「いえ、迷惑と言う程では無いです。逆にこちらが横取りした形になりましたけど、そちらもクエストを受けていましたか?」
「い、いや。こちらは、単純に食用としてそれを狩ろうとしただけだ。逃したのはこちらだし、その先で倒されたのなら、こちらに何も言う資格など無いさ。」
どうやら、あちらは本当に他意は無さそうだ。
「そちらに迷惑で無かったのなら良いんだ。邪魔をした。」
そう言って、男達はこの場を去ろうとする。
「あ、ちょっと待って下さい。」
そんな彼らを僕は呼び止めた。
「ん?何かな?」
「食用と言いましたね?貴方達はこれを食べるつもりだったんですよね?」
「そうだか…。」
「ちなみに、オークやエビル・ボアとかは食べれます?」
僕の言葉の意図が分からず顔を見合わせた彼らだったが、やがて最初の男性が答えた。
「…そうだな。その2種なら我々も口にするが、それが何か?」
「では、このクエスト対象であった「ピーカ・ベアー」を連れて来てくれたお礼に、こちらをお譲りしますよ。」
ドンッ!ドッ!
「うわっ?!」
僕がちょっと小ぶりのオークと、エビル・ボアを『アイテムボックス』から出すと、相手は驚いた様子だった。
「し、『収納』だとっ?!」
驚かれた。
と言うか、『収納』を知ってるって事は、後ろの彼はやはり魔術師なのだろうか。
「はい。こちら代わりと言っては何ですが、どうぞ。」
僕がストックとして保存していた物だ。
これでオークの残りは無くなってしまうが、他にもストックはあるし、あいつらはよく居るのでまた狩ればええやろ。
「…良いのか?こちらとしては、ありがたいが。」
「良いですとも。どうぞどうぞ。」
「…では、ありがたくいただく。」
そこで、今まで黙っていたフードの男性が口を開いた。
「お気遣い感謝する。チームを代表して、感謝の意を述べさせていただく。私は、パジャだ。少年、君の名は?」
「僕ですか?クローと申します。」
なんだか堅苦しい男性の物言いに、僕もつい堅い返しをしてしまった。
「よせっ。そこまでだ。」
突然、ヴェロニカが強い口調で会話を止めてきた。
「…こちらはこれ以上そちらを詮索しない。これ以上の関わりは持たない方がお互いのためだと思うが?もちろん、それを返せとは言わない。」
そして、彼女にしては珍しいほど、相手を拒絶するような言い方をする。
「あの、ヴェロニカさん?」
「…訳は後で話す。この場はもう引こう。クロー、「ピーカ・ベアー」をしまってくれ。」
僕の言葉に短く耳打ちしてくる。
「…承知した。こちらもこれ以上、そちらに関わらない。それで良いか?」
相手の方もヴェロニカさんの失礼とも取れる態度を気にするでも無く、応答して来た。
仕方なく僕は「ピーカ・ベアー」を『アイテムボックス』にしまった。
しまう際に彼らからまた「おおっ!」と驚かれてしまったけど。
「では、失礼する。」
「ああ。」
最後にヴェロニカさんが簡単な遣り取りをして、僕らはその場を離れた。
「いったいどうしたんですか?急に──」
彼らから離れ、僕がそう聞いた時も、まだヴェロニカさんは後ろを気にしていた。
「──彼らは、おそらく魔族だ。」
「「ええっ?!」」
ヴェロニカさんの答えに、三人で声を上げてしまった。