03_リック(奮起編)
オレは近くの町まで連れて行かれた。
そこで、冒険者登録をさせられた。
ランクはEらしい。
はっ?!
なんであっさりEランクで通るの?!
この町じゃないけど、昔、ギルドに行った時はFランクしか認めてもらえなかったのに。
…へー、Cランクの推薦があれば良いんだ?
あと、子供だったし身なりもちゃんとしてなかったから、かぁ…。
確かに、ギルドにはあんまり寄り付かなかったからなぁ。
でも、登録って金が掛かるんじゃあ…?
えっ?!出してもらえるんすか?あざす!
なんか、怖い怖いと思ってたけど、もしかしてオレ、良いパーティに拾われたんかな?
──と、思ってた時期がオレにもありました。
クラスプレートが出来上がるまで、ひたすらこの町で特訓の日々だった。
まず、朝起きたら皆でタイソウ?
クロー(本人に呼び捨てで良いと言われた)の掛け声に合わせて、見よう見まねで体を動かす。
そして、朝食を食べたら読み書き、計算のお勉強。
なんでと聞いたら、「ポーターとして、買い出しをお願いすることもあるから、品目名が読めないと困るし、計算が出来ないとボッタクられるかもしれない。」と言われた。
昼過ぎからは剣術の特訓。
ヘトヘトになったら、次は夕飯の買い出しに付き合わされて荷物持ち。
飯はめっちゃ美味いし、満腹まで食べられるのは嬉しいんだけど、サイクルがキツ過ぎる!
あと、何気に気に食わないのが、ヴェロニカ!
言い方もツンツンしてるし、一日中セレナさんと二人でベッタリしてる。
夜も子守りをオレに押し付けて、二人で部屋にしけこんで何をしてるやら。
うらやま悔しい!
数日後、クラスプレートが出来て町を出てからも、生活サイクルはあまり変わらなかった。
朝に剣術の練習。
その後、荷物持ちをして歩いて、夕方からは二組に分かれて、各々勉強。
オレは読み書き、計算。
ヴェロニカとセレナさんは魔術の勉強をしてるらしい。
次の町に泊まっても、町を出てもこき使われ続き…。
もう無理だ、こんなパーティ逃げ出してやる!
そう思ったオレは、とある野宿した夜に荷物を抱えて逃げ出す事にした。
「…何処に行くんだ?」
終わった。
どうやっても言い逃れ出来ない格好で、ヴェロニカに見つかった。
「このパーティを抜ける気か?」
フードの奥からこちらを見詰める目を、オレはまともに見れなかった。
だが、ヴェロニカの言葉は意外なものだった。
「まあ、どうしてもと言うなら、無理に引き留めないが…。」
……へっ?
良いのか?
許された?
「ただ、ちょっとだけ話をしないか?お前は何か勘違いしているように見える。」
勘違い?何が?
一日中、こき使われるのが勘違いだと?
「ふむ?…まあ、一日中と言うのは判るが、それにはいつもクローが付いていたろ?お前がそうなら、あいつも一日中こき使われてた事になるが?」
…あれっ?
そう言やそうか?
「…そうかっ!お前、孤児だったな?今までは、一日中動き回る事なんて無かったんじゃないか?」
そう言われると、そうかも。
食べるのにも困る生活だったから、あまり動き回らない、何も無い時はじっとしておくのが当たり前だった。
「そうだな。一日中動き回るなんて事が出来るのは、ちゃんと毎日、しっかり物が食べられるヒトだけだ。だが、お前が来てから食う物に困った事があったか?むしろクローは、リックに一番多く食事を盛り付けていたぞ?」
…確かに、ここに拾われてから、動くのも辛いほど空腹になった事は無かった。
「で、でも、アンタも子守り押し付ける相手が居なくなると困るから言ってるんじゃないか?そうしないと、セレナさんとイチャイチャ出来ないから。」
「…子守りが必要なタマか、あれが?ワタシと会うまで一人旅してたようなやつだぞ?それと──」
バサッ
ヴェロニカが素顔をさらす。
「ワタシは女だ。セレナとイチャイチャなんてして無いぞ?妬まれても困る。むしろワタシもセレナも、クローを独り占めしているお前が妬ましいくらいだ。」
女性…ってマジか?!
あれ?じゃあ、単純に男女で分かれてた、って事か?
「そうだぞ。普通の事だろ?」
「…すんません。オレ、勘違いして。」
「んん、まぁワタシもこんな格好してるから誤解されるのは分かってるからな。そこは気にするな。」
そう思うと、ツンツンしてると思ってたのも、普通の態度だった様に思えてきた。
「後は、体力的にキツいんだったか?たぶんそれは、クローの気が回って無いだけだと思うぞ?」
「っ?!それって、どういう…?」
「たぶんだが、クローにとってはあれくらい動き回るのが普通なんだよ。それで、年下のクロー自身が平気なものだから、リックも大丈夫と思ってるんじゃないかな?」
…嘘だろ?
あんだけ朝から晩まで動き回ってるのが「普通」?
「ワタシもちょっと詰め込み過ぎだと思ってたんだが、当の本人であるリックが何も言わないから平気なものだとばかり思ってた。」
そんな、文句なんて、…怖くて言えないっすよ。
「怖い?クローがか?」
オレは黙って頷く。
「ワタシに言わせれば、クローはお人好しだぞ?敵対さえしなければ、誰も傷付けたりなんかするものか。」
「敵対…。」
「ああ、お前のお仲間達の件か。それで怖がってたんだな?あれはあいつらが私達やクローを売ろう、と言ってたからクローが切れたんだと思うぞ。」
「えっ?」
「「ヒト拐い」を特別嫌ってるんだよ、クローは。だからお仲間には容赦無かったんだ。でもリックの事はもう、パーティとして守る対象と見てると思うぞ?」
オレを、そんなふうに?
「…信じられないなら、その荷物の中身を見てみると良い。」
荷物?
ポーターの役目として担ぐように言われてる、この荷物の事だよな。
オレは中身を開けてみた。
…そう言えば、ちゃんと中身を確認したのは初めてかも知れない。
いつもクローが準備して、それを言われたまま担いでいただけだったし。
ゴソゴソ…。
入っているのは、普通の物ばかりだ。
衣服や非常食、布、剣鉈に、小銭まで入ってる。
「それだけあれば、例えお前がこのまま逃げ出したとしても、町まで辿り着けそうだし、多少は生活出来そうだろ?」
ガンッ!
ヴェロニカの一言で衝撃を受けた。
えっ、これ全部、オレが逃げてもオレが困らないようにワザと入れてくれた物なの?!
「ワタシも何もそこまでと言ったんだが、クローがいいからと強硬でな。ま、全部クローの持ち物だし、そこまで言うならワタシが止める理由も無いしな。」
なんでそこまで…。
「お前に読み書き・計算を教えているのも、冒険者登録してやったのも、お前が一人でもまっとうに生きて行けるように、と考えての事だ。」
オレなんて無価値で、どこで野垂れ死のうが、きっと誰からも気に留められない、ただのゴミなのに…。
「どうだ?クローが何故そこまでお前を気に入ったのかは分からないが、今、ここから逃げても、クローほどお前を思ってくれるヒトが現れるとは思えないのだが、それでも出て行くか?」
なんでそんなオレなんかに、優しくしてくれるんた?
「…あ、あの。オレ…。」
「…何も言わん。」
「えっ?」
「お前が出て行こうが、戻ろうが、ワタシは何も言わない。クローに告げ口もしないよ。」
そう言うと、ヴェロニカは二人の元に戻って行った。
オレは……。
**********
「えっ?!ごめんっ!キツいとは思って無かった!」
翌朝、オレが勇気を出してクローに相談したところ、ヴェロニカが言っていた通りの反応が返ってきた。
結局、オレはパーティに残る事にした。
こんな森の中で一人になって町まで行くという恐怖と、クローにキツいと相談してみる恐怖を天秤に掛けて、後者の方がマシだと思えたからだ。
そう思えたのはヴェロニカのお陰だけど。
当のヴェロニカは、起きた時も、オレがクローに相談している今も知らん顔をして黙っている。
「どうする?何か減らそうか?」
「あ、いや。やる事は今まで通りで良いっす。ただ、キツい時は休ませてもらって良いっすか?」
「もちろん!いつでも言ってよ。」
そう言うと、クローは笑顔を浮かべる。
…昨日のヴェロニカの話を聞いた今だと、この笑顔の何が怖かったのか分からない。
なんでオレはあれほど恐れていたのだろう?
この笑顔は明らかに、こちらを気遣ってくれている笑顔じゃないか。
オレが少しでも気軽に「キツい」と言えるように、「そんな事で怒らないから、辛かったら言ってくれ」っていう笑顔だ。
なんで、オレなんかに…。
「大丈夫っす!どうしてもキツかったら言うっすけど、ギリギリまでは頑張ってみるっす!」
「そう?無理しなくて良いからね?」
「うっす!」
無い頭使って、一晩中考えた。
そして出た答えが「クローは何かをオレに期待している。」だ。
何某かの期待があるなら、山賊の中でオレだけ生かされたし、今、こうして旅を続けながらいろいろ教えてくれてるんだ。
物心ついてから、オレなんかに期待してくれたヒトなんて居なかった。
クローが初めて期待してくれたんだ。
そう思うと、何故か胸が熱くなった。
オレの勘違いなのかも知れない。
でも、勘違いでも良い、オレはクローの期待に応えたい。
いろいろ与えてくれるクローにオレが返せる事なんて、それくらいしか無いのだから。
あと、頑張る理由がもう一つ。
「クローを独り占めしているお前が妬ましいくらいだ。」
昨夜のヴェロニカのセリフ。
オレも頑張って、クローみたいにいろいろ出来るようになれば、ヴェロニカみたいに良い女に好かれる事もあるかも知れない。
流石にヴェロニカ本人は絶対に無理だと思うんだけど。
ただそんな夢みたいな事、ちょっとだけ思っちゃったんだ。