01_閑話_最初の町
「あ、見えてきましたよ!」
「やっとか。…とりあえす、今日はゆっくり眠りたい。」
セレナさんとヴェロニカさんが、口々に見えてきた町について語りだす。
「記念すべき、リプロノの最初の町ですね。今日はあそこに泊まりましょう。…ただ、セレナさんの冒険者登録は、次の町でしましょうか。この町は国境が近いので、もしかしたらセレナさんを知っているヒトと鉢合う可能性がありますから。」
セレナさんの冒険者登録については、道中で話していた。
一人でもギルド手続きが出来るように、冒険者登録をしておこうという話になったのだ。
ただ、登録の際はクラスプレートが出来上がるまで、この町に足止めされてしまう。
セレナさんの足取りを、可能な限りクレソン伯爵から分からなくするためにも、国境付近の町での滞在期間を長くはしたくなかった。
「ん、それが良いな。同じ国内で街道沿いなら、次の町まで距離もさほど無いだろうしな。」
ヴェロニカさんが、僕の意見に同意する。
「分かりました、お二人の意見に従います。」
セレナさんも同意してくれた。
「じゃあ、今日は早目に宿を取ってゆっくり休みましょうか。」
「はいっ!」「んっ!」
僕らは意気揚々と宿屋へ向かった。
**********
「えっ?!二人部屋か三人部屋しか無い?」
「はい、申し訳ありません。」
予想外だった。
一軒目の宿屋に着いて、空いている部屋を聞いたところ、そんな答えが返ってきた。
「う〜ん、そう何軒も回りたく無いんだが。」
ヴェロニカさんも不服そうだ。
「…じゃあ、ヴェロニカさんとセレナさんで二人部屋に泊まって下さい。僕だけ別の──」
ぐいっ!
話の途中で服を引っ張られた。
引っ張ったのはセレナさんだ。
「あ、あのっ!なんでヴェロニカさんと二人きりにしようとするんですか?!…クロー君が信用しているのだとしても、男性と二人きりは、ちょっと…。」
…えっ?!
……あれ?ひょっとして?
「あ〜、大丈夫だ。三人部屋を頼む。」
そんな遣り取りを見かねたのか、ヴェロニカさんが三人部屋を取ってしまった。
「セレナ、説明するから、取り敢えず部屋に行こう。」
「えっ?!あ、あのっ…?」
ヴェロニカさんが困惑するセレナさんの手を取り、部屋に向かう。
僕も二人に続き、部屋に向かった。
**********
ふぁさっ…。
バサッ!
部屋に着くなり、ヴェロニカさんはフードを脱ぎ、服を捲し上げた。
ヴェロニカさんの素顔と、サラシを巻いた胸が露わになる。
「…っ?!」
「これで信じられるか?ワタシは女だ。それに、女性を襲いたいと思うような性癖も無い。セレナが心配するような事は起きないから、安心してくれ。」
「わ、分かりましたっ!分かりましたから、もう服は戻して下さい!…クロー君も、こっちを見ないでっ!」
もちろん、もう視線は外していますが?
…まあ、予想外だったんで視線を外すのが遅れてしまい、ヴェロニカさんの胸の形は網膜に焼き付いてしまったけど。
ごそごそっ
「もう良いですかね?」
ヴェロニカさんが衣服を直したのを見計らって声を掛ける。
「ん、良いぞ。…と言うか、裸を見られる訳でなし、そこまで気にしなくとも。」
「ダメですよっ!クロー君がどんなに可愛い男の子でも、普通の男性は皆ケダモノの本性を持っているんですから!」
…セレナさんもなかなか大胆な事を言うなぁ。
でも、これに関してはセレナさんに賛成かな。
「さて、じゃあ誤解も解けた所で、寝る場所を決めましょう。」
僕は話題を変えた。
この部屋、ベッドが三つ間隔を空けて並んでいる。
「もう、取っちゃったのは仕方ないので、僕もこの部屋で寝ますよ。ただ、僕がベッドの位置を選んじゃうと、後でややこしくなるかもなので、二人で決めて下さい。僕はどこでも良いので。」
「えっ…。」
「こちらで決めて良いんだな?」
「はい。僕は台所を借りて夕食を作ってきますね。」
久々にちゃんとした台所で腕を振るえそうで、僕はちょっとウキウキしていた。
材料を選んでいると、二人の話が聞こえて来る。
「じゃあ、クローには端で寝てもらって、私が真ん中に寝よう。クローがよからぬ事を考えて、セレナの方へ行っても気付けるように。」
「いえ、でも…。私はクロー君には隣に居てもらった方が、安心出来るんですが。」
「…さっき「ケダモノの本性がどう」とか言ってなかったか?」
「ク、クロー君は良いんです!信頼出来ますから。あれはあくまで一般的な──」
バタムッ!
ふう…。
いや、そんなに信頼されても申し訳ないけど、僕も一人の男なんで、ケダモノなんですけどね。
ま、だからって信じてくれてるヒトに手を出せる気概は無い程度にはヘタレだけど。
**********
「さて、決まりましたか?」
そう言って戻った僕に、二人が結果を伝えてくる。
「ああ。クローは真ん中だ。」
「…いや、なんでそうなりました?」
「二人とも「クローの隣り」を譲らなかった結果だが?」
先程の会話はなんだったのかと。
「隣ならクローが怪しい動きをすれば分かるしな。それに──」
「私も、クロー君の隣りが安心出来るので。」
セレナさんも、さっきの会話と矛盾してるの気付いてくれませんかね?
「まあ、分かりました。じゃあ、冷めない内に食べちゃいましょうか。」
「…そういや、ちょっと時間が掛かったな?」
「はは、宿屋の女将やら他の泊まり客に気付かれて、いろいろあって今ある分以外は売ってきました。ちょっとした稼ぎになりましたよ。」
「…すごいな。まあ、味を知ってると納得だけどな。」
「クロー君のお料理、毎回、とても美味しいです。」
愛する娘二人に向けて、とは流石に言い過ぎだけど、二人に作る料理なので二人に評判が良いのは嬉しい。
ただ、ちょっと凝ってしまったのがいけなかった。
お陰で女将さんに目を付けられ、なんだなんだと集まった冒険者にも振る舞うハメになってしまった。
「いっその事、料理屋を開くのもアリなんじゃないか?」
「いや〜、まあ、どこか腰を据えて落ち着ける場所を見つけたら、そういうのも考えますけどね。」
今は目的地を目指して向かっている途中だ、そんな店を構える気は無い。
「そうか…。「北の山脈」を見たら折り返すんだろ?なら、腰を据えるのはその先になるのかな。」
「どうでしょう?まだイメージ無いですけど。落ち着けるのに良い場所が有れば考えますよ。」
…と言うか口調から、ヴェロニカさんはその後も着いて来てくれるつもりなのかな?
だとしたら嬉しい。
「私は、クロー君の故郷も一度見に行きたくなりました。」
「う〜ん?…でも何も無い田舎ですし、僕も一応あちらではお尋ね者なんで、行き難いんですが。」
特に僕の故郷、カダー王国の旧ホーンテップ領なんて僕の事を知ってるヒトも多いから、なおのこと行き難いんだよね。
「そうか?ワタシも興味あるが。その頃には君が国を出て一年くらいは経ってるだろうから、コソッと行けば大丈夫じゃないか?」
そう言われると、納得してしまう。
心配してるかも知れないルミに、生存報告くらいはしておきたいし。
「う〜ん、考えておきます。…と言うか、二人も行きたい所が有れば言ってくれて良いんですからね?なんか、僕だけが行き先決めちゃってますけど。」
「…そうだな。考えておく。」
「私は地理に疎くて、何か気になったら言うようにしますね。」
その後、夕飯を食べた僕らは早々に寝てしまった。
翌朝、朝食を作ろうとする僕は、再び宿の客に懇願され彼らの分の朝食も作るハメになるのだった。