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18_閑話_副宰相の暗躍

秋迫るとある日。

カダー王国、王都トロリスの中央にそびえる王城にて、食事会が催されていた。

主催は国王、招かれたのは若き副宰相のグレンだ。

本日、この前に今年の剣術大会に向けての話し合いがされていたのだが、会議終了後、王妃イリスが出席者であり、親戚のグレンを呼び留めた形だ。

グレンとしても、イリスと会える機会と考えていたため、申し出を即座に了承した。

…まさか、食事会になるとは、グレンも思っていなかったようだが。


「お招きいただきまして、ありがとうございます。」

「無理を言ったな。せめて少しでも楽しんで行ってくれ。」

グレンの挨拶に、ニゴウ王が言葉を返す。

「御心遣い感謝いたします。」

「いや、なに。イリスも話したそうにしていたしな。」

「久しぶりですね、グレン。少しは休みを取っている?忙しそうにしている話ばかりを伝え聞くので、心配していたんです。」

ニゴウ王から話題が出たのを受けて、イリスが話を切り出した。

「ありがとうございます。大丈夫、体を壊すほど無理はせぬよう心掛けています。…その点は、諌めてくれる部下も持てましたしね。」

「そう?…まあ、見たところ顔色も悪くは無さそうですし、安心しました。セーム殿の件から派閥内のゴタゴタがあって、加えてそろそろ剣術大会の準備の話でしょう?流石に手が足りないのでは?」

「はは、お恥ずかしながら、確かに少々手こずってはおりました。部下にも苦労を掛けてしまって…。せめて、あと一人でも手の動かせる者を増やせれば、違うのでしょうがね。ヒトを選んでしまう質なので、なかなか…。」

「そうね。エインさんほど優秀なヒトをもう一人、なんて難しいわよねぇ。」

「…そうですね。」

実は最近、グレンが目を付けていた人物が一人居た。

クロー・ホーンテップ少年だ。

しかし不運が重なり、なかなか直接会う機会を持てないまま、彼は国を追われる事となってしまった。

ただその原因を辿ると、グレンの政策とそれに反発した貴族との軋轢が発端となるため、なかなかヒトに愚痴る事も出来ないグレンであった。


「しかし、今年は催しが多くなりそうで良かったですね。昨年の出来事があって、剣術大会自体への注目度が低下したのは否めませんでしたから。特に、イリス様がいくつも魅力的なアイデアを出して下さったのは助かりました。」

この前に行われた会議では、国が公認する催しについて話し合われた。

国王ニゴウや副宰相グレンらが参加する会議となると、詳細を詰めるような場では無く、文官達が企画の詳細を詰め、関係各所を駆けずり回って調整済みの内容が読み上げられるだけの場となる。

そこで企画が却下される事などまず無いのだが、それでも文官達にとっては神経を遣う大事な場でもある。

本日、却下された企画は一つも無かった。

今頃、文官達は開放感から各々美味い酒を呑んでいる事だろう。

「ふふ、そう?…そうね。私も面白いと思ったから提案したものばかりだったからね。」

イリスは、グレンの言葉に悪戯な笑みで応えた。

「…面白いと思ったとは、イリス様もどなたかに聞いた案だったのですか?」

「クロー君よ。」

「は?」

「だから、クロー・ホーンテップ君。彼が王都に居た頃に、いろいろ聞いていたのよ。今日、私名義で出た案のほとんどは、彼のアイデアをそのまま使わせて貰ったものよ。」

「…なるほど。だから、あの店の店員を使う案が有ったのですね?」


あの店とは、ホストクラブ『ギルティ』の事だ。

イリスが陰のオーナーと言う事になってから『ギルティ』はやや様変わりした。

基本的にやる事は変わらないが、メインを毎夜開催の催し、劇や歌、ダンス、ゲーム実況等にシフトしていっている。

クローの前世世界で言う所のアイドルや、動画配信のようなイメージである。

クローも元々はそういった、全年齢向けの娯楽として定着させたいという目標があったし、それをイリスが引き継いだ形だ。

そうなると店のキャストは、女性の相手をするのを得意とするタイプと、多人数の客前でイベントを行う事を得意とするタイプに分けられていく。

この後者について、今年の剣術大会の周辺イベントでは大いに活躍してもらう事になっている。

一例では、素人参加型の歌謡大会の司会を務める事になった。

その他、遊技盤を用いたゲーム大会等も企画されており、その司会も『ギルティ』から呼んでくる事になっている。


「そうね。少なくとも文官達にさせるより、盛り上がりそうでしょ?適材適所よ。」

「なるほど。おっしゃる通りです。」

(それにしても、イリス様はヒトを使うのが上手い。更に最近は、あの店の人材という手札が増えて、さらに考えの幅が広がっているように感じる。)

そうさせたのがクロー少年であると言う点が、グレンにしてみれは羨ましかった。

自分ももっと柔軟に考え、例えば『ギルティ』に自ら赴くなどすれば、クロー君と直接会える機会も有ったのかも知れない。

そう思い黙るグレンを見て、ニゴウは別の話題を向けてみた。

「まったく、羨ましい事だよ。それに比べ、私の主催する剣術大会の方は、どうしたって盛り下がる事が決まっているしなぁ。」


昨年の大会で、それまで三連覇をしていたブライドルを始め、トロリス流門下の人気は一気に失墜してしまった。

加えて一般には公表されていないが、ゴードバンがセームを狙った事が貴族間では知れ渡っている。

そのため、貴族達もあまり積極的にトロリス流を支援する事はしなくなっているのだ。

「…それでも、ブライドルやオドブルといった有名どころは参加するだろうが、どうしたって支持者は減っているだろう。せめて、目玉となる者でも出てくれればなぁ。」

「…そう言えば、昨年優勝者のロープ少年は出ないのですかね?」

がっかりした様子のニゴウ王に向け、少しでも可能性のある話をと、グレンが問う。

「いやあ、流石に犯罪者の汚名を着たまま、素性を隠してまで出る意味は無いであろうよ。」

「汚名?…いや、ロープ少年が優勝後に会場を去った話は聞いておりますが、犯罪と言うほどの事では無いですよね?それとも別に何かあったのでしょうか?」

「えっ?」

「はっ…?」

グレンがニゴウ王の言葉に違和感を感じて問い質すと、ニゴウ王は意外そうな声を上げた。

「…イリスお前、グレン殿に言って無いのか?」

グレンが本心から、ニゴウの言っている事が分かっていない、と分かったニゴウはイリスに問い掛ける。

「…あ!そう言えば、言ってなかったかも!」

「はい?えっと、いったい何が…?」

「クロー君よ。」

「はっ?!クロー君がなに──」

「だから、ロープ少年の正体がクロー君、クロー・ホーンテップ君なのよ。」


「…はああぁぁぁぁぁっ?!」

常に冷静沈着なグレンの貴重な絶叫が、晩餐室に響き渡った。


「私は去年の剣術大会で、直接ロープ少年を見ていますし、それ以前から面識が有りましたからね。大会で陛下と会話する様子から、すぐにクロー君と分かりましたよ。」

(こっの、女狐っ!!伝える機会など、これまで何度だってあったろうに、わざとらしい!)

思わず心の中で毒づくグレンであった。

思い返せば、幼い頃からグレンはイリスに一歩遅れてしまっていた。

それはイリスが要領が良く、逆にグレンが生真面目な性格をしている事の証明でもあったが、グレン自身はそんなイリスに一種のコンプレックスを抱いていた。

だが、王妃となった今のイリスに、まさか口に出して毒づく事も出来ない。

そんな事を言えば不敬罪モノだ。

なのでグレンは内心を押し殺し会話を続けるより無かった。

もっとも、口元がひくつく事は抑えきれていなかったが。

「し、しかし、クロー君がカイル殿と手合わせしている様子を伝え聞いた感じでは、そこまでの実力があったとは思えないのですが?」

「そこは私も思ったのだけど、唯一、秘密を聞いているはずのノドゥカも、本人も、教えてくれないのよね…。」

チラッ、と王の側で控えているノドゥカの方を見ながら、イリスが答える。

「か、勘弁して下さい。本人の居ない場で、本人の了承も得ずに、その者の強さの秘訣を語るなんて真似、武人の端くれとして出来ません。」

「──と言って教えてくれないのよ。まさか、強引に聞き出す訳にもいかないし…。」

イリスに対して、ノドゥカは何度も同じ答えをしているのだろう。

イリスは特に表情を崩す事なく、後を継いだ。

「ふむ。」

(つまり、クロー君は何らかの「強さの秘訣」は持っている、と言う事か…。)


しかし、剣術大会で使えるような「秘訣」とは何だろうか?

クロー君の素の強さについては、見誤りはあるまい。

エインがわざわざ何度も見に行って確認しているし、エインが私に嘘を吐く理由などない。

魔道具の類いでは無いはず、そんな物は持ち物検査で弾かれる。

ならば、本人が魔術を使えたならどうだ?

…いや、流石に荒唐無稽か。

いやいや、しかし…


辻褄は……合う、のか?


この際、クロー君の年齢で魔術の習得など出来るのか、と言う疑問は置いておこう。

旧ホーンテップ領で、クロー君がセーム様に引き取られる直前に現れていたと言う「黒い獣」。

セーム様を襲撃させようとしていた主犯の三貴族を襲った「ベグナルド」。

…今、気付いたがこれ、クロー君の父親ナグラと、長兄ベルドの名前のアナグラムではないか?!

そして、同じ真黒い容姿と聞いて思い出すのが、昨年の剣術大会後に起きた、マフィア襲撃事件の襲撃者だ。

いずれもクロー君がその地に居る間に現れ、彼が去った後は現れていない。

彼自身が「ベグナルド」本人なのかは兎も角、何かしらの関わりはあると思っていた。

イリス様とノドゥカ殿の話を聞いて、その疑いはより深まったと言える。

…これは、具体的な追跡調査に踏み切るべきかも知れない。


「…ン、グレン、大丈夫?」

「──はっ?!」

深く考え込んでしまっていたグレンの意識は、イリスの呼び掛けにより、現実に引き戻された。

「す、すみません。考え込んでしまいました。」

「…まあ、それは良いのだけど、大丈夫?やはり、疲れが出ているのでは?」

「いえっ。…いや、そうですね。もしかすると、自覚はありませんが疲れが出ているのかも知れません。今日のところは、そろそろお暇させていただきたく。」

「そうか、気を付けるのだぞ。」

「はっ。御心遣い、痛み入ります。」

席を立ったグレンは、ニゴウ王に恭しく頭を垂れ退席した。


(…クロー君の行き先を調べるのも必要だが、彼が表舞台に出られるようにするためのお膳立ても必要だな。)

帰り道、グレンはクローをどのようにして自分の配下に迎えるか、を考えていた。

何せ現在のクローの立場は、父親と兄が巨大人身売買組織と関わったと処分され、自身もセーム子爵襲撃の首謀者とされている状態なのだ。

そんな彼の疑惑を晴らし、副宰相という地位を任されているグレンの配下として迎え入れるには、それなりの口実・実績を用意し、周囲に納得してもらう必要がある。

(何か、クロー少年に手柄を立てさせるのが、手っ取り早いだろうか。…う〜む。)

グレンがクローを迎え入れようとする理由は、優秀な部下が欲しいというのもあるが、一番の理由は善意である。

最悪、自分の配下と出来ずとも、王家や宰相ソダの基で手腕を発揮させられるなら良し、との想いがある。

なにせクローは、本人の落ち度など無いにも関わらず、犯罪者の家族との汚名を着せられた上、冤罪まで被ってしまっているのだから。

それで未来ある若者の才能を潰す事など、あってはならない。

クロー少年を、才覚ある貴族家の嫡子として、本来、歩むべきであった道へ連れ戻すため、グレンは頭を巡らせるのであった。


こうしてグレン副宰相は、ただただ善意と好意から、本人の望まぬ社畜への道をクローに歩ませようと画策し始めるのだった。

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