13_ナスバレイ(後編)
「おや?ナスバレイさん、シャクローに来てたんですか。」
「はい。何か珍しい物とか入ってますかね?」
「いやぁ、今の所はこれと言って無いですねぇ。」
私はシャクローの冒険者ギルドに来ています。
顔馴染みの受付さんが気さくに声を掛けてくれました。
まぁ、今日来たのは仕入れが目的では無いですけどね。
昨日、シャクローに着いた後、リック君達は冒険者ギルドに向かったそうです。
そして今日は、朝早くに狩りに向いました。
出来れば危険な真似はせずに、王都に帰るまでずっと我が家に居てくれた方が安心なのですが…。
冒険者である彼らはにそれを言う訳にもいきませんね。
取り交わした契約上も、シャクローに居る間の事は明記していませんでしたし。
彼らも「無茶はしない」と言ってくれましたし、観光の一環として向かっただけだと思うのですがね。
…でもまあ、心配はしてしまうものなのですよ。
なので、彼らが帰って来るのを見届けるため、ここに来たと言う訳です。
時刻は夕方に差し掛かった頃。
そろそろ狩った獲物をギルドに売りに来ても良い頃合いなのですが…。
もしかしたら、何も狩れずにそのまま我が家に帰っている事も有り得ますかね?
カラーンッ!
冒険者ギルド特有の扉の開閉ベルが鳴りました。
「あれっ?ナスバレイさん?!どうしてここに?」
振り返ると、入って来た冒険者と目が合い、声を掛けられました。
クロー君です、その後ろにリック君ら3人も居ます。
良かった、無事なようです。
「やあ。いえ、ちょっと仕入れのついでに寄ったんです。」
これは本当の事です、嘘は言っていません。
「そうですか。あ、すみませんが素材買い取りはまだやってますか?」
クロー君は続けてギルド受付に素材買い取りの依頼をしてきました。
「はい、大丈夫ですよ。素材は何ですか。」
「それが、結構大きい物なので、直接、運び入れたいのですが。」
ん?
彼らは何も獲物を持っていないように見えるのですが、外に置いているのでしょうか?
あ、解体室に向かいましたね…。
…おや?戻ってきました。
「…ちょっと広さが足りないので、練習場に運んで良いですか?」
「え、ええ。それは構いませんが、あの、一体何を?」
どうやら練習場に獲物を運ぶようですね。
気になるので、私もリック君達に付いて行きました。
「うん。ここなら大丈夫そうです。…あ、ちょっと離れて下さい。」
「はい。あの、それで何を…、ひぃやぁぁぁぁ〜
っ?!」
「「うわぁぁぁぁっ?!」」
突如、ギルドの練習場に木の魔物トレントが現れました!
話していた受付さんも、周囲の野次馬も、当然、私も驚きの悲鳴を上げてしまいました。
「という事で、素材買い取りと常設クエスト報告お願いします。」
…クロー君、何をそんなシレッと言ってるんです?!
と言うか、どうやってソレを出したんです?!
「は、はい〜?!そんな、トレントの全身持ち込みなんて前代未聞すぎて、…ギルマス!誰かギルマス呼んで来て下さいっ!」
あ〜、可愛想に。
受付さんも混乱しちゃってますよ。
…この場は慌ただしくなりそうなので、私は邪魔ですかね。
私は一足先に家に戻る事にしましょう。
そして、我が家に帰って来た彼らに、ゆっくり話を聞く事にします。
**********
「『収納』?!というか、魔術師なんですか?!クロー君も?」
我が家に帰って来たクロー君に、夕食時に改めてきいてみました。
「はい。意図して言ってませんでしたけどね。」
意図して、ですか。
やはりリグレット様と私が繋がっている事を、気付かれていたのでしょうかね?
いや、彼の事だから、単純に目を付けられたくない、という想いなのかも知れませんね。
ま、それは今は置いときましょう。
「あのっ、折り入ってご依頼したい事があるのですが。」
今回、各方面から結構良い品をいろいろと仕入れる事が出来そうなんですよね。
ただ、問題が馬車の積載量。
我々を載せた上で荷物も積むには、どうしても限界があります。
しかし、クロー君がその『収納』で、嵩張る分を運んでいただけるのならば、むしろ一回り小さな馬車で済むくらいなのです。
あのトレントの成樹を『格納』出来るのならば、十分に運べる量だと思いますので、どうかお願いします。
その分の追加料金はお支払い致しますので。
私はクロー君にお願いしました。
「…分かりました。お引き受けします。」
「おお!ありがとうございます。」
「ただし──」
えっ?
「──追加料金は要りません。僕としても、この『収納』が輸送に使えるかどうか、試してみたかったので、良い経験になります。」
えっ?それは…。
「…それは、ゆくゆくは他でそのような輸送をするかも知れない、と言う事ですか?」
「え…、う〜ん、今の所はそんな予定は無いですが、この先、旅を続けてゆく中でそんな事もあるかな、と思っただけです。」
「…あの、もしも急ぎの行き先がある訳で無いなら、しばらくウチでその魔術を活かしていただく事は出来ないでしょうか?」
「え、いや、それは…。」
チラッ。
クロー君はリック君を見ました。
「…そうですね。考えてはみますが、とりあえず返事は王都に帰ってから、と言う事で良いでしょうか?」
「…分かりました。」
…ちょっとゾッとしてしまいました。
今、クロー君はリック君を気にしました。
たぶん、クロー君的にこの話は「無い」話なのでしょう。
ただ、今ここでこの話を断ってしまうと、このまま旅を続ける、と言うようなものです。
そうなるとリック君は、当然、それに付いて行く事を既定路線のように考えてしまうでしょう。
しかし、王都に戻ったリック君を待ち受けているであろう事態を考えると、そして、リック君自身の将来を考えると、それは彼の選択肢を狭める結果となるでしょう。
だから、彼は「返事は王都へ帰ってから」と言ったのです。
…考え過ぎでしょうか?
ですが、そこまで察してしまっているとすると、彼の推察力?観察眼?は相当なものです。
そして、リック君への想いも強いですよね。
…リグレット様、これは手強いですよ。
「そうだ!思い出しました。これを。」
私が考え込んでいると、クロー君がそう言って太めの木枝の束を取り出しました。
…いえ、これは──
「これは、…トレントの枝ですか?!」
「はい。合わせてだいたい、金貨一枚分くらいの価値があると聞きました。」
「なぜ、これを私に…?」
「お礼ですよ。「北の山脈」へ案内して下さった事への。」
「昨日の事ですか?あれくらいの事…。」
「いえ、この王都からシャクローまでの旅の事ですよ。」
「え…?」
「本当は、別の冒険者の都合が付いていたのでしょう?そこに無理矢理、我々をねじ込んでいただいた、違いますか?」
「いや、それは…。」
それもお見通しですか、…いや、リグレット様の事に気付いていれば、分かってしまう事でしょうね。
「…勝手な値付けで失礼ですが、一人一日銀貨2枚と考え、片道6日、往復12日で一人銀貨24枚。それが4人で、ちょっとイロを付けて金貨一枚相当とさせてもらいました。」
そんな、途中の食事などはクロー君に頼りっきりになってましたのに。
「ま、こういう枝先では、小物しか作れないので、あまり使い道は無いかもしれませんが…。」
「いえ、これはこれで欲しがる方は多いので、王都まで持って行けば、それなりの値になりますね。」
トレント材はそれほど人気のある素材です。
…クロー君がギルドに納入したトレントの幹の部分についても、明日、可能な限り仕入れてみましょう。
「そうですか、それは良かった。」
欲が無いですね、本当に。
私もなんとなく分かってました。
このパーティはクロー君が中心となってます。
ヴェロニカさんがリーダーというのは、あくまで体面的に分かり易いからでしょう。
そのクロー君が言うのだから、皆さん何も言わないのです。
…何者なんですかね、彼は?
素性を冒険者に尋ねるのはタブーだと分かっていても、つい聞きたくなってしまいます。
…と言うか、それを聞く事もフィザリス殿に頼まれていた事でした。
もうちょっとだけ踏み込んで聞いてみましょうかね。