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11_ナスバレイ(前編)

私はナスバレイ、ニーア商会の会頭をやっています。

会頭と言っても、ニーア商会はそれほど大きな商会ではありません。

店舗は王都と「北の山脈」に面した町に1店ずつ。

あともう1店、別の町に店があるだけです。

売上の多くは、リグレット様からのご依頼で支えてもらっております。

現状、半ばリグレット様のわがま…コホン。

リグレット様のご要望を叶えるための商会となってしまってますね。

まあ、ご贔屓にしていただいているのはありがたい事ですし、リグレット様も無茶を言ってくる方では無いので、特に不満はありません。

…いえ、ありませんでした。

昨日までは。


**********


「ある冒険者パーティを「北の山脈」まで送って、そのまま連れて帰って来て欲しい!」

リグレット様は突然そう言われました。

「いきなりそう言われましても…。確かに明日、「北の山脈」へ向いますが、積み荷に空きはありませんよ。」

空荷を運ぶくらいなら、利益にならなくても荷を運べ。

父に厳しく言われてきた言葉通り、限界まで荷を積んでしまっています。

追加の荷物もヒトも乗せる余裕は無いのです。

「では、護衛を代わってもらう事は出来ないか?」

フィザリス殿がなおも言い縋ってきます。

いや、もう既に冒険者は確保していますし…。

今さら変えるとなると、慣例として既に予定を入れてもらっていた彼らに依頼料全額を支払った上で、そちらの言うパーティにも依頼料を払わなくてはならなくなります。

こちらも商人ですので、それほどの負担は許容出来かねます。

「ならば、すでに依頼済みの者達とこちらの言う冒険者の両方の依頼料を、こちらが出そう。それでどうかね?」

そこまでなさるのですか?!

そうですねぇ…。

分かりました。

そこまで仰るのであれば、ご要望通りに致しましょう。

「おお、すまんな。助かるよ。」

…ところで、フィザリス殿がそこまでなさると言う事は、またリグレット様の「お気に入り」が見つかったのですね?

「…そう言う事だ。」

フィザリス殿はちょっとため息混じりに肯定されました。


リグレット様は、基本的にやや怠惰な性格です。

興味を持った事は熱心に取り組まれるのですが、それ以外はダラけ癖が出てしまうらしいです。

ご両親もお忙しくされており、たまに会う際も、末娘と言うことで、ついつい甘やかしてしまうのだとか。

そうしてリグレット様を叱る方が居ないため、勉強もあまりされず、よく外出をされます。

外出の際は必ず複数人の護衛が陰ながら見守っているそうです。

さて、基本的に怠惰な性格のリグレット様ですが、それ故か有能な人物を見付けてしまうという特技をお持ちです。

ご本人は「お気に入り」の人物を見付けただけのつもりのようですが、その者を雇ってみると、とびきり有能であるそうなのです。

リグレット様の周りには、そうやって見出された者が既に2名居るそうです。

それとあと一人、あまりに有能なため、お母上の側近として仕えている者も居るのだとか。

そこまでとなると、周りもリグレット様の「お気に入り」は無視出来なくなり、速やかに確保する方針としているそうです。


「──それで、私にその冒険者を連れ帰って欲しいのですね?」

「そうだ。頼まれてくれるか?なにせ、男性の「お気に入り」は初めての事でな。これを逃すとリグレット様にどんな悪影響が出るか分からない。」

「お任せ下さい。商人として、ご愛顧いただいているリグレット様を悲しませるような事の無いよう最善を尽くします。」


**********


その後、なんとかいつもの冒険者パーティにはお詫びをし、翌日、顔合わせの場に向かいました。

顔合わせた率直な感想は、「普通の若者」です。

正直、特別有能という風には思えません。

…ですが、孤児として生まれ、山賊に身をやつしそうになる者が、「普通の若者」まで戻って来れたと言うのは、特筆に値するかも知れません。

……う〜ん。

そこの所も見極めて欲しいとの、フィザリス殿のご依頼なので、ちゃんと見てゆこうと思います。

…ただ、それよりも私は、クローと言う少年の方が気になりました。

君それは平民の発想では無いでしょう?

明らかに貴族家かそれに近い富裕層の生まれでなければ、孤児院の子が自分達で自立出来るように、なんて考えませんよ?!

…ああ、フィザリス殿が目配せしてる!

…はい。

話が終わったらもう一度、意識合わせしましょう。


**********


「…あの少年の事ですね?」

「もちろんそれもある。だかまぁ、言うなれば全員気になるな、あのパーティは。いろいろちぐはぐ過ぎだ。」

まぁ、そうですね。

唯一の成人男性が前衛でなくポーターをしてるのも、おかしいですしね。

え〜と、つまり…。

「…全員の事をそれなりに聞き出しておいて欲しい、と?」

「…そうだな。いや、無茶を言ってすまぬ。」

「いいえ。私自身も、彼らに興味が出て来たので、この仕入れの間に話を聞いておきますよ。」

「ありがたい。…それ如何で、リグレット様がなにやら考えがあるらしいからな。」

…責任重大ですね。

まあでも、私は出来ることをやるだけです。


**********


「北の山脈」までの旅路は、思ったよりずっと快適に過ごせました。

彼らは想像以上にまめまめしく動いてくれました。

いつもの冒険者達は本当に「護衛」以上の事はしてくれません。

しかしリック君達は、馬の世話や食事の準備も積極的にしてくれました。

クロー君の食事の美味しいこと…。

…ん?

ちょっと待って下さい。

クロー君は、貴族かそれに類する立場の家の出身と思ったのですが、なんで料理が出来るのですか?

子女ならばそれでも分からなくも無いのですが、男子で心得があるというのは、そうとう珍しいのでは?

そう言えば、クロー君は私が御者をする際に隣りに座って哨戒をしてくれるのですが、その際、当然いろいろと世間話もするのです。

その会話も興味をそそる内容であるとか、話題も豊富でした。

それで冒険者として生活出来る程度には実力があると言う事でしょう?

…どうして冒険者などやっているのです?

その年でそれならば、リプロノでは貴族家か、上手くいけば王家に仕える事も、全然可能でしょうに。

「そんな堅苦しい生き方したくないですよ。少なくとも、今のうちは。」

クロー君は笑って答えました。

……。

なるほど、なんとなく分かりました。

安定よりも刺激を求めるタイプ、または、ヒトにこき使われるのを良しとしないタチなのでしょう。

私もこれ以上、野暮な事は言いません。

ただ、…フィザリス殿は惜しむでしょうね。


**********


早いもので、もう明日には「北の山脈」に面する町シャクローに着きます。

道中は特に問題も無く来れました。

途中、『人魔大戦』の跡とされるクレーターに出来た町や、『人魔大戦』の時代の逸話が多く残る遺跡などをゆっくり眺めながら進む事もできました。

「そう言えば、シャクローの辺りに珍しい魔物は居たりしますか?」

ふと、クロー君がそんな事を聞いてきました。

「まあ、居ないこともないですが、何故そんな事を?」

「シャクローに居る間、5日もあるならクエストを受けてみようかな、と思いまして。」

「え?…う〜ん、構いませんが、復路に向けて怪我無く戻って来て下さいよ?」

「はい、そんな無茶はしません。…それで、どんな魔物が居るんですか?」

「そうですね…。定番のよく聞く魔物は少ないんですよ。「魔獣の森」も近いですからね。」

ヒトの住める側から見ると、「魔獣の森」の東の果てが「北の山脈」に当たります。

なのでこの辺りでは、「北の山脈」の特殊な魔物と「魔獣の森」の強力な魔物の間の子のような、危険な魔物も多いのです。

「我々商人の間でも話題に多く挙がるのは、トレントですかねぇ。」

「トレント、木の魔物ですね?」

「そう。成樹だと巨大で並の冒険者では歯が立たず被害が出るほどなのですが、その素材は鉄や皮と比べても圧倒的に軽く、硬さも皮鎧より丈夫と言う事で、高値で取り引きされるんですよ。さらに、この地方では特殊な属性付きのトレントが現れることがあるのですが、そういった素材は下級竜種並の値段で扱われるんです。」

「へぇ…。」

「まあ、そこまでいくと王家に献上されるほどの品なので、我々のような普通の商人には手が出せないのですがね。でも、私も一度は扱ってみたいですねぇ。」

「ふぅん、なるほど。…分かりました!じゃあちょっと、狩ってきてみますね。」

「…は?」

「まぁ、短期間なので「魔獣の森」の奥まで行ったりは出来ないですし、その「属性付き」は難しいでしょうけどね。それほどの素材なら、冒険者ギルドへ行けば常設クエストにでもなってますよね?」

…何を言っているか、一瞬、分かりませんでした。

「いやいやいや!無理ですよ?!トレントと言えば、普通の成樹で推奨クラスBですから!Cクラス一人に、残りはDクラスとEクラスでは、死にに行くようなものです!」

「まぁ、そこは何とかしますので、ご安心を。」

安心出来ませんよっ?!

フィザリス殿から、無事に王都まで送り届けるよう言い使っているのです。

そんな無謀な事はさせる訳には行きません!

「あ、あのっ!皆さん、流石に無謀と思うのですが…?」

荷台を振り返って見ると、話が聞こえていたのか、皆さん苦笑気味です。

「ああ、クローがまた言ってるな…。」って感じの。

「ナスバレイさん。クローの言う事は、話半分でスルーしてくれて大丈夫だぞ。そう思っていた方が精神衛生上よい。」

見かねたヴェロニカさんが教えてくれました。

なるほど、やはりクロー君のこれは冗談なのですね?

なんだ、すっかり騙されました。

Bクラス推奨の魔物に立ち向かおうとする少年などあなかったのですね。


…そう思った時期が、私にもありました。

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