4-1音*.♪❀♪*゜ ー夢想曲ー
マイナが魔力を込めて歌い始めると、広範囲に複数の魔法陣があちこちに浮かび上がる。地面や空中に現れた様々な模様の魔法陣は、浮かび上がっては数秒後に消え────また浮かび上がるを繰り返す。
マイナの歌に反応した等身大の杖は、目の前で浮かびながら黄金に光り輝いていた。
杖に装飾されている複数のダイヤモンドは魔力に反応し煌めき────中でも大粒の、透き通るような無色のダイヤモンドと真紅のダイヤモンドは、どの宝石よりも美しく輝いている。
(こんな濃い瘴気、魔界でも見たことがない。しかも古代魔法で、瘴気を発生させている……)
地面の奥深くには、瘴気を発生させる魔法陣が施されていた。禍々しい色合いの瘴気は、地面に浸透し……地上にまで、微かだが漏れ出している。
うっすらと……霧のように広がる瘴気は、地面に根を張る樹々や植物にまで影響していた。
(精霊を弱せらせ封じ、力を吸い取るなんて……悪趣味……)
瘴気により衰弱した精霊達は、封印の中で眠りについていた。魔法の鎖に縛られ、樹や地中の中で精霊力を奪われ続けている。
(古代魔法は現代魔法と比べて、強力な魔法。封印も瘴気も古代魔法……同じ古代魔法でなければ、解くことができない)
マイナは、更に魔力を込めて歌い続けると……それに応えるように、魔法陣の光が強まった。
『マイナ────』
ユウは憂いを帯びながら、少し離れた空中から見守る。魔力を含んだ風がユウの髪を揺らした。
『……凄まじいな。ほとんどの魔力を抑えてこの力か』
ヨウは吹き荒れる風に左手を前に出すが、防げるはずもなく服が激しく揺れ動く。
繊細で複雑な模様が描かれた魔法陣は、それぞれ模様も大きさも異なって、もはや芸術の域だ────。
色とりどりに光り輝き、儚くも幻想的な魔法陣。
ライトアップされた美しい桜。
妖しく煌めく紅い満月。
夜闇の中で彩る光が見せるものは、美しく幻想的で────何より、マイナが歌う歌がその空間の魅力をより強く引き出していた。その光景は壮大で見た者の心を掴む。
まるで────ライブのようだった。
Mudiaは歌と魔法を組み合わせるパフォーマンスがずば抜けて得意だ。歌やダンスを完璧に披露しながら、魔法で自分達のライブや舞台を演出する。
その技術は精妙な魔力コントロールと斬新なアイディアが求められ、かなりの高レベルな魔法が扱える者でなければ生み出すことができない。
『ふふ……彼女らしい。魔法も歌もマイナにとっては得意分野だものね。流石は魔界の中でも、トップレベルの魔法使い。これは、彼女だからこそできる魔法だね』
ユウは嬉しそうに微笑む。だが、ヨウは驚きを隠せずにいた。
『信じられない。これが本当にほんの一部だなんて。一体どれだけの魔力を宿しているんだ』
『綺麗だね……歌も魔法も素晴らしい』
ヨウは感嘆している双子の兄を見る。同じ顔をしているはずのユウの表情はヨウと違っていた。
『ユウ……』
珍しく思考が噛み合わず、ヨウは眉を下げる。
名を呼ばれて、ヨウの考えていることに気づいたユウは淡々と言う。
『ん?……あぁ、マイナの魔力について今更驚く事でもないだろう?これからも魔力は増えるだろうし、想定内だよ』
『だけど……今でさえ膨大すぎるほどの魔力量なのに、どこまで増え続けるんだ』
ユウがそう言うと、ヨウは目を細めた。
────神さえも魅了するような空間を魔歌で創り出すマイナに、ユウは優しく微笑む。双子の弟のヨウでさえ、紅潮しそうになるほどの美しい微笑みをユウは浮かべ、ヨウに話しかけた。
『マイナは第四真祖マノン様に似たんだね』
ユウに話しかけられ、はっとしたヨウは視線をユウからマイナに向ける。
『確かに。マノン様も歌魔法が得意だと聞く』
『あぁ。歌桜祭で一度、マノン様の魔歌を見たことがあるがとても見事だった。マノン様が優美ならマイナは幻想的な魔歌を扱う。どちらも素晴らしく魅力的だ』
『珍しい。ユウがそこまで賞賛するのなら行きたかったな、歌桜祭。魔界のお祭りなんてそうそう行けないし』
『そうだね。次は一緒に行こう。ヨウと行きたい場所があるんだ』
ユウの誘いに、ヨウは目を輝かせる。
『楽しみだ。ユウとお祭りだなんていつぶりだろう!』
穏やかに笑い合う2人は空中で肩を寄せ合い見守る。
今回の結末を見届ける為に。
。❀·꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。
────浮かんでは消え、また浮かぶ魔法陣の中。
第六真祖オルゼオールが施した魔法陣も一緒に現れては消える。唯一マイナの足元にある大きな魔法陣だけが、そのまま消えることなく残っていた。
魔法陣は魔歌に反応した桜の樹々と同様、淡いピンクの光を放ちながら輝き続ける。
神秘的な真紅の瞳は輝きを増し、マイナは微笑む。
『我、純血の姫にして、世界を統べる巫女なり。我が歌は魔も神さえをも魅了する。我が愛しき神よ。盟約により我が歌を捧げん。我が歌いし神の歌。我が歌いし魔の歌。我が奏でし癒しの歌。我が紡ぎし祈りの歌。我が愛しき世界の歌。我が歌よ。癒しの歌となり、この地を守りし神を癒せ』
マイナがそう呟くと複数の魔法陣が弾けるかのように消える。同時に一番地の奥深くに施されていた大きな魔法陣も現れ────弾けた。
瘴気を祓ったことにより、桜の樹々や大地に神力が満ち溢れるのを感じる。
空から降り注ぐ桜の花びらが光り輝き、精霊が集まりだした。精霊達はふわふわと空中で舞い踊り、マイナに感謝を述べる。
『ありがとう』
『封印を解いてくれて、ありがとう』
『邪気を祓ってくれて、ありがとう』
『主様、元気になった。ありがとう』
『『『ありがとう』』』
すると、どこからか鈴の音が聞こえてくる。
鈴の音がだんだん近づいてくると、桜の花びらが小さく渦巻く。花びらが強く輝くと美しい女性が現れた。
流れるような桜色の髪は長く、小さな桜の髪飾りが散りばめられている。真紅の瞳は愛に溢れとても優しい。
この地を守りし、桜の女神────桜姫である。
『マイナ────。ありがとう。心から感謝を』
優しい声音でお礼を言うと淡く光り、花びらとなる。
桜姫が去った後、濃い魔力の気配を感じた。
『久しぶりだな、イルヴェリーナの姫。素敵な贈り物をありがとう』
そう言って現れたのは長いキャラメル色の髪と金の瞳を持つロズワルドだった。ロズワルドは右手に持っていた金髪碧眼の青年を横に投げ捨てる。
「……ロズ兄様」
『嬉しいよ。こうしてまた会えて。ずっと会いたかったんだ。昔はよく遊んでやっただろ?お前達、兄妹と』
ロズワルドは歩きながら笑顔で近づいてくる。
「もちろん、覚えてる。でも、貴方はロズ兄様じゃない」
『ほぅ?』
ゆったりとした足取りで、髪を掻き上げるロズワルドに、マイナは淡々と言う。
「どうやって抜け出したの?貴方は第一真祖レイフィスによって封じられていたはず」
ロズワルドは不敵な笑みを浮かべながら歩き続ける。
「ロズ兄様を返して」
『嫌だと言ったら?』
「決まっているでしょ。ロズ兄様から無理やりにでも引き摺り出して、もう一度封印する」
『たかが純血の姫ごときが真祖である俺を封じると?無理な話だ』
ロズワルドが少し離れた場所で立ち止まる。
『それにしても、レイフィスの血族だけあって……』
ロズワルドがニィっと笑う。
『うまそうだな』
周囲の樹々に潜む黒い影が一瞬揺らいだ。
(お兄様……)
マイナは、黒い影に一瞬だけ視線を移した。
ロズワルドの背後から黒い霧が漂う。そこから現れたのは沢山の天使とオルゼオールの配下の華族ヴァンパイア、元人間のセカンドヴァンパイアだった。
(さっきの倍はいるなぁ……)
『行け』
ロズワルドが短く命令すると、一斉に動き出す。
天使は空から白い魔法陣を出現させ、そこから光輝く鎖が伸びてくる。
マイナは杖で地面を軽く叩くと、鎖が花びらへと変わっていく。消されるとは思っていなかった天使達は目を見張った。 一瞬動揺するもすぐに魔法を展開する。
その隙にオルゼオールの配下は攻撃魔法を放つ。それに続き、セカンドヴァンパイアは純血の血を飲もうと襲ってくる。
「まったく……困ったなぁ」
マイナは軽く指を鳴らす。
ロズワルド以外の敵は一斉に淡く光輝き、姿を変えた。天使は羽にヴァンパイアは桜の花びらへと。
初めから何事もなかったかのように静かになり、光り輝く白い羽と桜の花びらがふわりと空から舞い落ちる。
『ちっ……たかが姫といえどやはりレイフィスの血族か』
ロズワルドは魔法を展開しようとしたがその前に阻まれる。
『血よ我に従え』
ヴァンパイアの固有能力である血を操る力────。
マイナの言葉に血が反応し、ロズワルドを縛りあげた。
『こんなもので』
ロズワルドはうっすらと笑う。だが、その後の言葉が続くことはなかった。
『我、世界の巫女なり。我が命は理と捉えよ』
マイナの真紅の瞳の中に桜色の桜模様が現れる。
『何っ?!世界の巫女だと……?純血のヴァンパイアの姫が世界の選ばれし者だというのか!?』
マイナの言葉にロズワルドは驚愕し、目を見開く。
『汝、あるべき姿へ戻れ』
『なっ!』
ロズワルドの中から強制的にオルゼオールが引き剥がされる。その反動でロズワルドは地面へと倒れた。
「ロズ兄様」
マイナが駆け寄ろうとすると、ユウが腕を掴む。
『大丈夫だよ。今は眠っているだけだ』
「ユウ……っ!この気配」
オルゼオールの気配に反応して振り向くと、いきなり強く引き寄せられ、目を閉じた。強く抱きしめられる感覚に目を開けると、見慣れた服が目に入る。
顔を上げるとユウの顔が見え、マイナはユウに抱き寄せられた事に気づく。
「ユウ」
ユウは無表情でオルゼオールを見つめている。マイナはユウから離れようとするが、ユウは離す気がないようで、腰を抱いている手に力がこもる。
『まさか……純血のヴァンパイアである姫が、世界の巫女とは』
オルゼオールはくせっ毛のある茶金の髪をかき上げた。
『笑わせる』
濃紺の瞳が赤く光り、オルゼオールは攻撃魔法を放つ。複数の細長い、黒い針が降り注ぐ。
マイナが右手を掲げると、複数の黒い針が空中の真ん中で停止する。そして直ぐにそのまま来た道へと戻り、オルゼオールに降り注いだ。
しかし、オルゼオールに降り掛かる直前に消える。
同時に空中に舞う桜の花びらでオルゼオールを切り裂くが、オルゼオールは避ける事なく佇んでいた。
『効かないなぁ』
体のあちこちから血を流すオルゼオールは、頬から零れ落ちる血を拭き取ると、花びらを一気に燃やし尽くす。
『もっと本気を出したらどうだ?イルヴェリーナの姫よ』
龍の形をした炎がこちらを見据える。大きな龍はゆらゆらと燃え、離れていても熱が伝わってくる。
マイナにとっては見慣れた光景に、思わず懐かしい記憶が浮かぶ。
(ヒヅキお兄様やレイフィスお祖父様の方がもっとすごい……えげつないほどに)
オルゼオールよりも特大の燃え盛る龍がヒヅキの体に巻きつき、レイフィスに至っては青白い3匹の炎龍を巻きつけて……戦っている姿を思い出し、マイナは軽く首を振る。
「いいえ。これで十分よ」
マイナは瞬時に水魔法で青龍を創り出す。青龍はマイナとユウを守るように巻きつき、オルゼオールを見つめている。