7音*.♪❀♪*゜ 微かな記憶
ふわり……香る……。
清涼感のあるシャボンと……甘い、フルティーな香り────。
嗅ぎ慣れた優しい香りに包まれ、仄かに感じた温もりが心地いい……。
月明かりの中……微睡む瞳が捉えたのは、美しい白銀────。
「っ……!」
チク、タク……チク、タク……。
(……ゆ、め……?)
僅かに聞こえる針の音は、静かに時を刻んでいる。
窓の外で歌う小鳥と奏でているかのようだ。
夢から覚めた途端、頬がひんやりと一箇所だけ濡れる。
「んっ……ふわ?」
冷たい感触に横を向くと、可愛らしいまんまるの瞳と視線が合う。その瞬間、ふわの尻尾が揺れ動く。
主が起きたのに気づき、伏せた状態でブンブンと尻尾を振りながら、マイナに顔を寄せる。すると、ふわの冷たい鼻先が頬に当たり、そのまま一舐めされた。
「ふふっ……」
柔らかな毛を撫でながら、マイナはふわをぎゅーと抱きしめる。そして温もりのある……もふもふの毛に顔を埋めながら、さっき見た夢を思い出す。
(……あれは、夢……?……だよね?)
あまりのリアルな感覚に、夢なのか疑ってしまう。
優しい香りや抱きしめられた温もり。滑らかなシーツの肌触りや近づく美しい銀の髪。何より……頭に触れた、柔らかな唇から伝わる熱が────。
そこまで思い出すと、マイナはきつく瞼を閉じる。ドキドキする心臓を、落ち着かせるように息を吐き出すと、心臓は冷静さを取り戻し身体から熱が引いていく。
(まさか、こんな夢を見ちゃうなんて……ココイ達とハマっている、乙女ゲームの影響かなぁ……)
数年前から人気シリーズ物の乙女ゲーム【神の愛の口付け】────。略して神愛は、題名から分かる通り攻略対象者が全員、神様である。
メインキャラからモブキャラまでビジュアルがすごく良く、ストーリーも深い。アニメ化や漫画化、実写版になるほどの人気だ。
(よく寝る前に見たドラマや本は、夢に出るっていうし……きっと昨日、寝る前につけていたアニメがちょうど神愛だったせい……。でも────)
ふわの体温を感じながら、心の中で見た夢について納得する。だが、夢に出てきたユウの表情を思い出して……マイナは少し名残惜しく思う。
(夢の中のユウ、どこか嬉しそうだった。……あんな表情とてもレアだよね)
いつもと同じ微笑みのようで、少し違う。優しく微笑みながらも、月の光を浴びて嬉しそうに笑うユウの表情は、忘れられないほど美しかった────。
「本当だったらいいのに……」
「クゥ〜ン?」
無意識に呟いた言葉に、ふわが反応し応える。
「その鳴き声かわいい」
クスリと笑うとマイナはふわの頭を撫で、ベッドの棚へと手を伸ばした。スマホを手に取り画面に触れると、時計が表示される。
5:59。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
太陽の光を受け……カーテンの色が部屋へと映り、微かにピンクがかっている。
カチリ────。
時計の針が一歩進み6時を指した瞬間、目覚まし時計とスマホのアラームが同時に鳴り始める。
可愛らしい目覚まし時計からは、軽快なリズムで進む明るくて楽しい曲調のアラームが鳴り響いた。魔界では有名なふわふわランドの音楽だ。
スマホの方からは、『今すぐ止めないと爆発するぞ』といわんばかりの緊急警報の様なアラームが、大音量で鳴り響いている。
すぐさまスマホの画面をタッチし止めると、慣れた手つきで白いヘッドボードに置いてある、目覚まし時計のボタンを押す。鳴り止んだ途端、部屋は静けさを増し、秒針の音と小鳥の鳴き声だけが響く。
マイナはゆっくり起き上がり、横にいるふわに手を伸ばした。すると、ふわは素早くゴロ〜ンと寝っ転がりお腹を見せる。そして尻尾を振りながら、撫でてと言わんばかりにマイナを見つめた。
「ふふっ……おはよー、ふわ」
マイナはふわの期待に応え、胸からお腹を撫でてあげる。羽毛のように柔らかく、サラサラな毛はとても触り心地が良い。
『モットナデテ、ナデテ♪』
ふわは嬉しそうに勢い良く尻尾を振る。バシバシとマイナの脚に当たるのはご愛嬌だ。
気持ち良さそうに目を細めるふわに、マイナは微笑んだ。
そして手を離すと、《エッ、モウオワリ?》と言わんばかりに見つめるふわを抱き上げて、頭に軽くキスを落とす。
抱き上げたまま、スマホをポケットに入れて立ち上がる。片手で毛布を直したあと……ふと、ヘッドボードが目に入った。
カレンダー、充電器、推しのアクリルスタンドとキーホルダーディスプレイに飾ってあるマスコットキーホルダー、そして白と黒の兎のぬいぐるみが並べられている。
(このぬいぐるみ……やっぱり主様のとこにいた兎さんに似ている。あの白兎可愛かったなぁ〜。黒兎もいたりして)
マイナは白い兎のぬいぐるみを手に取ると、夢の中で会ったふわふわな白兎を思い出して微笑む。
(……神域で何度か見かけたことがあるけど、その度に懐かしいような……前から知っていたような気がする……この兎のぬいぐるみを毎日、見ていたから……?)
マイナは首を傾げる。掌より少し大きいサイズのぬいぐるみは、瞳の色も同じで違う部分と言えば、額に赤い紋章が刻まれていることだけだ。
《マイナ────》
「っ……」
マイナは息を呑む。ほんの一瞬、記憶にない映像とどこか懐かしい声が頭に浮かんだ。続きを思い出そうするが、頭痛がするだけで思い出せない。
(やっぱり……どこかで会ったことがあるような気がする……)
思い出そうとすると起こる頭痛に、マイナはある違和感を覚える。
(もしかして……忘れているわけじゃなくて、記憶を封じられている?……いや、まさか……もしそうならお兄様やユウ、主様だって気づくはず。……でも、一応調べておこう)
マイナはぬいぐるみを元に戻すと、ふわを抱いて部屋を後にした。




