あんなに貢献してたのに冒険者パーティーを追放されました
「ヨーグル、お前をパーティから追放する!」
冒険者パーティ『暁の狼』。
そのリーダーである重戦士ヤクトはメンバー全員を集め、僕を指差しての解雇宣言。
見下しきった目で得意げに鼻で笑うヤクト、対して僕は何も言い返せずにいる。
「そんな……。ヤクト理由を聞かせてくれないか」
「理由だぁ?」
ヤクトは相変わらずこちらを小馬鹿にするような口ぶりで話を続ける。
「わからねえか? 俺たちはつい先日遂にA級パーティになった! もうお前みたいな器用貧乏な赤魔道士のサポートなんざぁいらねえんだよぉ!」
身勝手な理由で突きつけられる絶縁宣言に僕は思わず言葉を失う。
「……少なくとも我々とヨーグルは既に立っている位置が違うのは確かだ」
黒髪を一房にまとめた女剣士シノハが呆れたようにため息をつきながらヤクトの言葉に続く。
「そうね。悪いけどさよならヨーグル。アンタは一からやり直しなさい」
僕と同じ後衛。魔法使いであるジーナも自慢の金髪を書き上げながら賛成する。
以前から彼女らが僕を追い出そうとしていると知っていたが、こう面と向かって言われると堪えるものがある。
思わず僕は認めたくなくて、こうして縋りつきたなる。
「ぼ、僕はみんなと離れたくないよ!」
「くどいんだよ、落ちこぼれ!」
無意識に出てしまった未練の言葉だが、それもヤクトの一言で全て断たれた。
「まっ、そういうわけだ。明日の朝にパーティの除名手続きすっからな。今夜中に荷物をまとめておけよ!」
どこまでも横柄な物言いでヤクトは意気揚々と部屋を出ていっき、他の二人もそれに続く。
部屋に一人取り残された僕は項垂れていた。
……翌日、冒険者ギルド受付。
僕の追放の話を聞きつけたのか、顔見知りの冒険者たちが集まって、ニヤニヤと笑っている。
「――ったくたった一人追放するだけでどうしてこんな面倒なことを……」
「申し訳ありません。規則ですのでご協力ください」
面倒そうにボヤくヤクトに謝りながらギルドの受付嬢さんが用紙を持ってくる。
除名申請の紙だ。
そこに冒険者ナンバーとパーティから外される理由を記入する事で手続きは終わる。
確か近年、冒険者を騙る犯罪者やチンピラ崩れの冒険者による犯罪の増加に対する対策だったか。
「できればパーティでの役割も除名理由に書いてくださるとありがたいです」
「はい」
「面倒くせえな。ホント……」
ヤクトがいまだに愚痴っているが、規則ならば仕方ないだろう。
「オラッ! こっちはもう書いたぞ。後はお前だヨーグル」
「え。あ、うん」
さっさと書き終えたヤクトに急かされ僕も書き始める。
ええと。僕がパーティで担っていた役割は――。
――後衛と前衛支援、定期的な回復、味方へのバフに敵へのデバフ。前衛が行動不能になった場合の前衛代理、荷物持ち、活動資金のやりくり――。
「おい、待て。なんだそれ……」
「えっ。僕が担っていた仕事だけど――」
「嘘ついてるんじゃねえよ! お前は基本後衛だけで、後は細けえサポートだろ! それだとオメーが有能……つうかほとんど全部やってるようなもんじゃねえかっ!」
烈火のごとく怒るヤクト。
……なんで彼がここまで怒るんだろうか?
「もういい。やめろヤクト」
後ろからシノハががなるヤクトをなだめる。
「シノハだってコイツ――」
「お前だってわかってるだろう? ヨーグルをこれ以上このパーティに縛ってはいけないと――」
「……はい?」
シノハの言葉にヤクトは惚けた顔をする。
「お前も知っている通り、今までの戦いで生き残れたのは、攻撃と防御そして回復。全てにおいてサポートをしてくれたヨーグルのおかげだ。彼はまさしく天才――傑物だ。こんな辺境で終わっていい男じゃない」
「え。は? いや、何言ってんだシノハ。そんなの初耳なんだが……」
ヤクトはいよいよ訳が分からないといった顔で狼狽し始める。
確かに僕の援護は早過ぎてわかりずらいと言われもしたけど、僕のパーティメンバーは皆気付いていた。
困惑しているヤクトだって、知らない振りをしているだけだろう。
だって僕らは長く一緒に戦い続けた仲間なんだから。
「ヤクト、お前がヨーグルと離れたくない気持ちはわかる。これから行き先への不安もあるだろう。昨晩の悪態も彼がいなくなってしまう事への憤りなのだろう? だが、もう私たちと彼は立っている場所が違うのだ。ヨーグルははるか高みに行ってしまった。これ以上彼の足を引っ張るわけにはいかないんだよ」
シノハは悔しそうな顔で握り拳を作る。
彼女は常に真面目で僕の魔法にも合わせられるように鍛錬を重ねていた。
それでもこうして別れなければいけないのだから、忸怩たる思いが強いだろう。
「そして私たちも気が付いた、ヨーグルに依存している自分たちに。このままではお前がいなければ何もできなくなってしまう……」
彼女の言葉に僕も静かに頷いた。
別に自惚れているつもりはない。
最近では自然と炊事洗濯といった私生活まで面倒を見るようになってしまって、シノハから『お母さ……いや、すまん』と言いかけられたし。
流石に母親と間違えられるのはショックだった……。
とにかく、これは昨晩ヤクトから正式に追放を言い渡される前から、彼女たちに常々相談されていた事なのだ。
どうせ最後にはヨーグルがなんとかしてくれる、苦難に陥る度にそんな言葉が脳裏をよぎり、自己嫌悪に陥ってきたと。
――だから、僕らは一度距離を置くべきなんだ。
正直、昨晩ヤクトがあんな乱暴に突き放された事はショックだった。
でも、それも彼の不器用な感情の発露だと思えば憎めるはずもない。
「え……え? いや、俺は本気で……」
なぜだか口をアワアワさせながら、脂汗を滲ませているヤクト、なにか変な物でも食べたのだろうか?
「ヨーグル、これ餞別よ」
「ジーナ……」
今度はジーナから渡された荷物を僕は受け取る。
気の強さと歯に衣着せぬ物言いから誤解されがちだが、彼女は特に周囲への気遣いができる心優しい女性だ。他パーティとの連携の際も彼女が緩衝役に立ってくれていた。
「おいジーナ! それは前のクエストで手に入れた銀羊の羽衣と破邪の剣、エリクサーまであるじゃねえか!」
そこにヤクトが悲鳴混じりに待ったをかける。
そう、それは僕らが今まで達成した高難度クエストで手に入れた戦利品や褒美品だった。
流石にこんなものを受け取るわけにはいかない。
「ヨーグル、あんたソロでもやっていけるくせに王都の『駆ける天馬』に行くんでしょ? 期待の新鋭とか言われてるけど、新人だらけのパーティなのよ。……本当に一からやり直すだなんて」
「ああ。ここで培った技術と経験を他の若手に伝えてあげたいんだ」
「だったらコレはその子たちにあげなさいよ。どうせアンタには不要でしょうし」
「いや、さっきから俺を無視すんなよ⁉ いつ決めたんだよ、そんなの!」
気前よくウインクして見せるジーナにヤクトはさらに騒ぎ立てる。
いつも傲慢な態度をとり人一倍金にうるさいヤクト。
それでも彼は勇敢で僕らのムードメーカでパーティの空気を柔らかくしてくれた。
この光景を見れるのも今日が最後なんだな……。
「何よ。昨日部屋を出た後、三人で話したでしょ? ヨーグルにプレゼントを渡そうって」
「え。ヨーグルを追い出した後どうするかって話してた時か? いや、あの時は実は俺途中で寝ちまって――」
「フリしてたんでしょ? ふふっ。あんなにがめつかったアンタが黙認してくれるなんてね。少し見直したわ」
「知らん知らん知らん!」
いまだに騒ぎ続けるヤクトをハイハイと流しながら、ジーナは改めて僕に向き直り、それを渡した。
「『駆ける天馬』の子たちをよろしくね。そこにはアタシの妹もいるはずだから……」
「私の弟もな」
「ああ。任せてくれ!」
「パーティの……俺の……お宝ぁ……!」
何故だかヤクトはブツブツ言いながら、今度はガンガンと壁に頭を打ちつけている。
よくわからないが、彼なりに葛藤があるのだろう。
「元気でやれよヨーグル」
「大規模レイドでは俺らも助けられたな……」
「仲良し四人組も今日で見納めかあ」
見ると、笑顔で見守っていた周囲の冒険者の人たちも僕らの新しい旅立ちを言祝いでくれている。
本当に良い環境で冒険者を続けられたな……。
しばらくして、ヤクトは血走った目で僕を睨み付ける。
「納得いかねえ! テメェが俺よりすげえだなんて認められるか! ヨーグル俺と勝負だ!」
激昂しながら盾を構えながら、剣を突きつけてくるヤクト。
「ちょ、ちょっとヤクト何を考えてるのよ!」
「待てジーナ、察してやれ。これが男同士のケジメというものだ」
制止しようとするジーナをシノハが抑える。
……そうか。
そういう事なら、僕も受けて立つ義務があるだろう。
「いくぞぉ! くたばれ落ちこぼ――グボァアアアアアアアア!」
勝負は一瞬だった。
手を抜くのも失礼だと思って、僕は魔力を込めた全身全霊の一撃を繰り出した。
真横に真っ直ぐ吹き飛んでいくヤクトは壁に激突してピクピクと痙攣している。
自慢の盾は完全に砕け散っていた。
「……なんだよ。なんなんだよ、もぉ~! うぉおおおおおおおおん!」
意識を取り戻したヤクトは倒れたまま、顔面は鼻水と涙だらけにして、ジタバタと子供のように泣き出す。
そうまでして僕との別れを惜しんでくれるのか……。
「さよなら、とは言わん。また会おう」
「いつか追いついてやるんだからねっ!」
最後にジーナとシノハからの激励を貰う。
こんな素晴らしい仲間に巡り合えて僕は幸せだ。
新しい門出だ。振り返ってはいけない。
なにより彼らにこのみっともない泣き顔を見せたくない。
こうして僕は新しい冒険に出発した。
――その数年後の話をしよう。
突如として王都を襲った風魔獣ジャクネド。
騎士団や冒険者ギルドは応戦しようとするも、その圧倒的な力を前に撤退を余儀なくされた。
その中でヨーグルは一人立っていた。
共にいた満身創痍の騎士たちや『駆ける天馬』を始めとした冒険者たちを下がらせ、彼は一人で殿に立ったのだ。
だが、それも限界だ。
既に魔力は尽きかけている。このボロボロの身体では逃げることもかなうまい。
ジャクネドが咆哮とともに巨大な竜巻を幾つも繰り出す。
これは避けられない。
「ここまでか……」
ヨーグルは迫りくる死を受け入れ、スッと瞼を閉じる。
不思議と恐怖はなかった。冒険者になった時から覚悟はしていたものだ。
ジャクネドには勝てなかったものの、相応のダメージを与えられた。
これならば下がらせて傷を癒しているだろう後方の仲間たちでも倒せるはずだ。
だが、それでも――未練はある。
最後に思い出すのはこの王都に来る前に共に冒険した仲間たちだ。
――また皆と冒険したかったな――
そんな思いが胸をよぎった時、剣戟が目の前まで迫っていた竜巻をかき消した。
「……えっ?」
何が起こったのかわからずに辺りを見回すヨーグル。
そこで彼は確かに見た。
向こうの瓦礫の山に立っていた三人の冒険者。
間違いない。かつて袂を分かった元パーティメンバーたちだった。
「待たせたな。ヨーグル」
オーガ百人斬りを達成した女剣士が高らかに剣を掲げる。
「ようやく追いついたわよ!」
全属性の極限魔法を習得した女魔導師が勝気に笑う。
「這い上がってきてやったぞコノヤロオオオオオオオオオ!」
やたら悪運が強い事で有名な重戦士が半ベソをかきながらヤケクソ気味に叫ぶ。
「ああ。待ってたよ……!」
ヨーグルは満面の笑みで涙を流した。
不思議と回復もしていないのに体が動く。
魔力が溢れてくるような活力が漲る。
まだ戦えると心が奮い立つ。
彼の、彼らの冒険が再び始まろうとしていた。
こういうのも書いてます。よければどうぞ。
【連載版】追放された悪役勇者と元魔王軍と女幹部
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