死歴書
「今案内できるお仕事はこちらですね」
そう言って手元の端末を見せてきた職業案内所職員の男性。
仕事内容は、工場内での簡単ピッキング作業。
1人で黙々と作業が出来て、話すのが苦手な人におすすめ。お給料も日勤、夜勤でガッツリ!
という、よくある書き方の求人。
「そうですね…夜勤はあまりしたくないです」
「う〜ん交代制が基本だから、それ以外だとすぐにはないかもしれませんが」
手元の端末で更に求人を検索する職員。
それを指で髪をくるくると弄りながら、ボーッと見つめる。
周りには、私と同じように仕事を求めてやってきたであろう人が何人かいて、皆自分に合う仕事かどうかを端末越しに真剣な表情で見つめ合っていた。
「南さん、やっぱり条件に合う求人が出てこなくてですね」
髪弄りをやめ、苦虫を噛み潰したよう顔で端末の結果を見せてくる男性に、目の焦点を合わせる。
「そう…ですか」
「もう1度、死歴書の方確認しますね」
最初に渡した死歴書を手元に持ち、顎を触りながら、難しい顔をする男性。
時折「う〜ん」と小さく、ため息混じりに息を漏らし、端末を操作する。
私はまた髪を弄りながら、ボーッとその光景を見つめる。
「色々条件変えても、出てこないですね」
「…そうですか」
「もう少し死歴の方があればいいんですけど……」
手元に持った死歴書を見ながら、困り顔の男性。
「すみません」
「いえいえ、人それぞれですから。多い人は10〜20回、少なくても3回なのでもう少し頑張って貰えるといいかもです」
「そうですね、頑張ります」
営業スマイルに、ぎこちない笑顔で答える。
「また何かありましたらいつでも連絡してください」
案内所を出て家路に着く。
スーツ姿のサラリーマン、恋人と手を繋ぐ男女、ベビーカーを押すお母さん、お店の店員。
家に帰るまで沢山の人とすれ違った。皆自分より幸せそうに見え羨ましく思う。
自分もそこに行きたい。そう思い始めると何かが落ちる音がした。
いい大人が歩きながら泣いている。声は出ず、顔の表情も変わらず。
しかし、涙だけは大きな雫となって地面に落ちる。
何をしたいのかわからない。
求められるものはいつも少し遠い場所にあり、
それに手を伸ばせば、私がわたしでは無くなる気がする。
家に向かって歩く、風景はいつもと同じ。
車の走り去る音、自転車を漕ぐ音、子供たちの遊ぶ声、自分の足音。
風は涼しく肌を滑り、太陽は今日もおよそ8分間の旅をし、カーテンのように揺らぎながら降り注ぐ。
いつの間にか雫は落ちなくなっていた。
「お昼何食べよっかな〜」
そう言いながら赤信号の横断歩道を渡った。
ダンッッ
横倒しになった世界から音が消える。周りにいた数人が携帯を持ちながら、何かを訴えているのがわかる。
体が動かない。頭がばくばくと脈を打ち酷い船酔いような気分。
ひんやりとしたアスファルトに、とろりと溢れ出た温かい血が、ロールアイスを作るように塗り広がっていく。
「(あぁ…♡)」
「大丈夫ですか!?」
駆け寄ってきた女性が、手と靴を血に汚しながら覗き込んでくる。
「はぁ…ふぅ……あは」
「え?すぐ救急車呼びますからね!」
しばらくしてサイレンと共に救急車が到着した。
駆けつけた救急隊員に担架に乗せられ慎重に運ばれていく私。
「聞こえますかー!これから病院……ッッ!」
私は笑った。
声は出ず、表情も変わらず、しかし私は笑っている。