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シガレットの内側

作者: 宮田 天

〇喫煙所

   桜田愛花(24)が口にタバコを咥えている。喫煙所には多くの人々。

   愛花、ポケットからマッチを取り出す。

   周りの人、愛花を見る。愛花、マッチに火をつけ、タバコに当てる。

   タバコの煙が宙に舞う。


〇喫茶店・中

   愛花と松下奈々(23)が向かい合って座っている。テーブルの上には灰皿。

奈々「あんた、大学どうなってんの?」

愛花「大学? ああ。まだ休学中」

奈々「休学中って……あと一年なんでしょ? とっとと卒業しちゃえばいいのに」

愛花「まだいいの。それに私の勝手でしょ?」

奈々「まあ、そうなんだけどさ」

   愛花、ポケットからタバコとマッチを取り出す。マッチに火をつけタバコを吸いだす愛花。奈々はそんな愛花を見つめている。

奈々「あんたってさ、変わりものだよね」

愛花「よく言われる」

奈々「でしょうね。今時、マッチでタバコを吸う女なんて居ないよ」

愛花「女とか男とか関係ないでしょ」

奈々「それはそうなんだけどさ。でも、珍しいじゃない? 自分でも他人の目を引いている

ことぐらい分かるでしょ?」

愛花「……」

奈々「気恥ずかしさとか後ろめたさみたいなのはないわけ?」

愛花「何に対して?」

奈々「……それはなんというか、世間の目みたいなもの……とか?」

愛花「……なにそれ。意味わかんない」

   愛花、灰皿にタバコを置く。

タバコから煙が出ている。


〇同・外

   喫茶店の店内から愛花と奈々が出てくる。

奈々「これからは?」

愛花「……いつものところ」

奈々「……ああ、まだ通ってたんだ」

   愛花、奈々の顔から視線を逸らす。

愛花「……」

奈々「そっか、なら仕方ないね。どっかご飯にでもって思ったけど、また今度でいいや。暇な時、連絡する」

愛花「……ねえ」

奈々「どうしたの?」

愛花「私ってさ、おかしいのかな」

奈々「なによ急に」

愛花「……やっぱ何でもない」

奈々「……ただ他人と変っているだけ。おかしくはないよ」

愛花「それっておかしいってことじゃないの? 他の人と違うっておかしいじゃん」

奈々「あんたは至極まっとうよ。ただ、まっとう過ぎるのかもしれない。そう意味ではおかしいのかもしれないけど、でもとち狂ったわけじゃないじゃない。でしょ?」

愛花「……意味わかんないよ」

奈々「まあ、いつかきっと分かるよ。それじゃ、そろそろ私行くね」

愛花「うん。またね」

   奈々、愛花に背を向け歩き出す。愛花、奈々の後ろ姿を見つめている。


〇駅前

   多くの人で駅前が混みあっている。

   愛花、人混みを避けながら歩いている。


〇商店街(夕)

   ビラ配りをしている女性。愛花、その女性の横を通り過ぎる。

   ビラを無理やり渡される愛花。

   ビラには『路上喫煙防止!』の文字。

   愛花、ビラを数秒眺めたあと、くしゃくしゃに丸めてポケットに入れる。


〇大通り(夜)

   愛花がタバコを口に咥える。

   遠崎健(21)が愛花の元に寄って来る。

遠崎「お姉さん、路上喫煙はだめだよ?」

愛花「……どちら様?」

遠崎「俺、遠崎って言います。お姉さん、あまりにも綺麗な人だったから声かけちゃった」

愛花「……何? ナンパ?」

遠崎「ナンパなんて大層なものじゃないよ。ただお姉さんと少しだけ話がしたかっただけなんだ」

愛花「……それをナンパって言うんじゃないの?」

遠崎「まあ、そんな難しいこと気にしないでよ」

   遠崎、ポケットからタバコを取り出す。

愛花「……吸う気? さっき私に路上喫煙はだめだっていったじゃない」

遠崎「お姉さんと一緒なら良いかなって。一緒に悪いことしてみたくなったの」

愛花「……意味わかんないし、気持ち悪い。まあ、どうでもいいけど」

   愛花、ポケットからマッチを取り出す。

遠崎「……え? お姉さんマッチでタバコ吸ってるの?」

   愛花、マッチでタバコに火をつける。

愛花「何かおかしい?」

遠崎「おかしい……ていうかなんというか。なんでわざわざマッチ使うの? ライターで良くない?」

愛花「……マッチでつけた方が美味しいから」

遠崎「……はあ? 味変わる? ライターと何も変わらないでしょ?」

愛花「全然違うよ」

   愛花、煙をふかす。

遠崎「……なんか、お姉さんって綺麗なのに、変わってるね」

愛花「……」

   遠崎、ポケットからスマホを取り出す。スマホの画面は真っ暗。遠崎、電話に出る振 

   りをする。

遠崎「ごめん、お姉さん。急用出来ちゃった。もう行かないと。急に話かけちゃってごめんね」

愛花「別に」

遠崎「……それじゃ、ばいばい」

   遠崎、愛花から離れていく。


〇教会・中(夜)

   愛花、席に座りながら前を見つめている。目前には青のステンドグラス。

   谷田信一(63)が愛花の元にやってくる。

谷田「ぼうっとしてますが何か悩みでもあるのですか?」

愛花「……悩みってわけじゃないけど、最近思うことはある」

谷田「思うこと?」

   愛花、タバコとマッチを谷田に見せる。

愛花「神父さんってタバコ吸う?」

谷田「……吸いませんよ」

愛花「そうなんだ。私は吸うの。それもライターじゃなくてマッチで吸うの」

谷田「……それで?」

愛花「マッチでタバコを吸うってだけで変な目で見られるんだ」

谷田「……それが嫌なのですか?」

愛花「嫌なんかじゃない。もう慣れたから。でも、誰かと少し違うだけで、人はまるで宇宙人でも見るような目を向けるじゃない?」

谷田「……」

愛花「それがなんか気に入らないんだ。今日だって駅前には多くの人がいたけれど、私にはみんな同じ顔をしているように見えた」

谷田「同じ顔?」

愛花「他の誰かとは決して違ってはいけないんだっていう決意の顔。ただの機械みたいな色のない顔」

谷田「人は、機械じゃないですよ」

愛花「機械じゃないけど、みんな機械になりたがってるの。みんなと違わない、大きな枠組みの中にいるのがきっと正しいって本気で思ってる」

谷田「……」

愛花「……ねえ、神父さん」

谷田「何ですか?」

愛花「私って天国に行けるのかな?」

谷田「……急にどうしたのですか?」

愛花「なんとなく思ったんだ。もしかしたら、神様は悪いことをした人じゃなくて、大きな枠の外にいる人間を地獄に落とすんじゃないかなって」

谷田「神はそんなことしないですよ」

愛花「どうだろうね。神様は私と似た変わり者かもしれないよ。マッチでタバコを吸うのかもしれない」

谷田「神はどんな人間をも受け入れますよ。神にとって枠の内も外も関係ないのですから」

愛花「内も外も関係ないのは私達だって同じはずなんだけどな」

谷田「……少し外に出ませんか?」

愛花「ええ。寒いよ」

谷田「いいですから」

   谷田歩き出す。愛花、谷田の後ろをついていく。


〇同・外(夜)

   谷田と愛花の前に木造のベンチ。

   谷田がベンチに座る。そのあと、愛花もそのベンチに座る。二人の吐く息が白く映る。

愛花「ここにこんなベンチあったんだ。知らなかった」

谷田「古いベンチですよ。でも、ここに座って外を眺めるのは素晴らしいことです。そうだ、愛花さん。タバコを一本頂けませんか?」

愛花「え? タバコ吸わないんじゃないの?」

谷田「今はですよ。長い間吸ってはいませんが、昔はよく吸っていました。こう見えてヘビースモーカーだったんですよ」

愛花「神父なのに?」

谷田「……神父だからかもしれません。何かに抗いたかったのかもしれない。それこそ神様みたいなものに」

愛花「……意味わかんない」

   愛花、笑ってタバコを渡す。

谷田「火も頂けますか?」

   愛花、マッチに火をつける。一瞬明るく浮かび上がる愛花、笑顔。

   谷田のタバコに火をつける。愛花と谷田の横顔が交差する。見つめ合う二人。

   愛花、唇を尖らせマッチの火を吹き消す。

谷田「……紙タバコをよく吸っていましたが、マッチで火をつけたのは初めてかもしれません」

愛花「どう? マッチで吸うと美味しいでしょ?」

谷田「……正直。ライターとの違いは分かりません」

愛花「……なんだ」

谷田「でも……うん。悪くない」

   愛花、笑う。愛花もタバコを吸う。

愛花「さっき神父さんが言ってたこと、私分かったかもしれない」

谷田「……さっき言っていたこと?」

愛花「何かに抗いたいってやつ。私もきっと、何かに抗いたいんだ。見えない何かに。でもそんなことをしてると時々、寂しくなることがあるの」

谷田「……独りなのですか」

愛花「うん。みんなはきっと抗っていないから。抗うと疲れるから。そんなことははっきり分かっているのに、私はきっと抗い続けるんだろうね」

谷田「……それはどうして?」

愛花「私は私だから」

   谷田、笑う。

愛花「笑わないでよ。意味、わかんないよね」

   谷田、タバコの煙をふかす

谷田「分かりますよ。私達はきっと似たもの同士なのですから」

愛花「神父さんと私が?」

谷田「この世の中に神父をしている私と貴方がです。ああ、タバコもなんだか美味しく感じてきました」

愛花「てきとうなこと言ってない?」

谷田「いいえ。芯の通ったまっとうなことですよ」

   谷田と愛花の間にマッチの箱。宙には白いタバコの煙。


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