タリス
「タリス」
レヴィンが顔を強ばらせる。その表情を見て、年長の少年の意地悪な笑みがますます大きくなった。
「ちょっと貸してみろよ」
タリスは太い腕を伸ばすと、ぐい、とレヴィンの剣の鞘を掴む。
「あっ」
レヴィンは慌てて手に力を込めようとしたが、それよりも早くタリスは剣を取り上げてしまった。
「おお、すげえ」
剣の重さを確かめるように上げ下げした後で、タリスはにきびだらけの顔をにやりと歪めた。
「こりゃ本物の剣じゃねえか。どこから盗んできたんだ」
「盗んでなんかないよ」
レヴィンは背伸びをしてタリスの持つ剣に手を伸ばす。
「返してよ」
「へっ」
タリスは鼻で笑った。
「うるせえな。騒ぐなよ、レヴィン」
そう言ってレヴィンに背中を向けると、柄に手をかけた。
「ちゃんと抜けるのか、これ」
「返してってば」
レヴィンがなおも手を伸ばして剣を取り返そうとするのを、タリスは邪険に押しのけた。
「うるせえっつってんだろ」
それから、にやりと笑うと、力を込めて剣を一気に抜き放つ。
じゃり、と鈍い音を立てて剣が鞘から抜けた。
「うわ、なんだこりゃ」
タリスが呆れたように大声を上げた。
「錆だらけじゃねえか」
「そうだよ。だから返してよ」
「そうよ。タリス、レヴィンに返しなさいよ」
フローネがレヴィンに加勢した。
「それ、レヴィンのもらった剣なんだよ」
「もらっただと」
タリスは目を剥く。
「誰から」
「知らないおじいさんだよ」
レヴィンの答えに、タリスは黄色い歯を剥いて笑った。
「知らないじいさんだと? この村に知らないじいさんなんていねえだろうが」
「旅人のおじいさんだよ」
レヴィンは言った。
「こっちの山から来て、向こうの山に行っちゃったんだ」
「何をわけのわからねえことを」
タリスはばかにしたように笑う。
「そんなおかしなじいさんがいりゃ、村中の噂になるに決まってんだろ。つくならもう少しましな嘘をつきやがれ」
「嘘なんてついてないよ。今朝、ここに来る途中で会ったんだ」
「俺はすれ違ってねえぞ、そんなじいさんとは」
タリスはそう言ってレヴィンを睨むと、錆びた剣をその鼻先に付きつけた。
「見え透いた嘘をつくなって言ってんだ」
「返してよ、タリス」
震える声で、レヴィンは言った。
「それは、僕の剣だ」
「よこせなんて言ってねえだろ、こんながらくた」
タリスはまた笑う。
「ちょっと貸せって言ってるだけだ」
そう言うとタリスは剣先をレヴィンから外し、乱暴に横に振った。
びゅん、という風切り音。
「おお」
タリスは嬉しそうに笑う。
「なかなか、気分が出るじゃねえか」
続けざまにびゅんびゅんと剣を振る。
「ははっ。こりゃいいや」
タリスは心配そうな顔で自分を見つめるレヴィンに目を向けた。
「そんな顔するんじゃねえよ」
そう言うと、突然レヴィンめがけて剣を振る。
剣先がレヴィンの鼻先のわずかに手前をかすめていった。
「うわ」
悲鳴を上げたレヴィンが目を閉じてのけぞるのを見て、タリスは声を出して笑った。
「ちょっと、危ないじゃない」
フローネが怒りの声を上げる。
「本当に当たったらどうするの」
「うるせえな」
タリスが今度はフローネに向けて剣を振った。
剣はフローネの顔のだいぶ手前を通り過ぎたが、風が顔に当たったフローネは悲鳴を上げて尻もちをついた。
「フローネ!」
レヴィンが慌ててフローネを助け起こす。
「大丈夫かい」
「もうやだ」
フローネが叫ぶ。
「タリス、だいっきらい」
「望むところだ」
タリスは笑いながら剣を振り回す。
「タリス。いい加減に返してよ」
レヴィンが言うが、タリスは聞く耳を持たない。
剣を振っているうちに興奮してきた様子のタリスは、近くの木に向かって剣を構えると、大きく振りかぶった。
「あ、だめだよ!」
レヴィンが声を上げる。
「おりゃあ!」
構わずタリスは剣を木の幹に叩きつけた。
鈍い音とともに剣が刀身の半ば、一番錆のひどいあたりから折れて弾け飛んだ。
「ああっ」
レヴィンが悲痛な叫び声を上げる。
「なんだよ。やっぱりこんなもんか」
タリスはつまらなそうに手元の剣を地面に放り投げた。
「ほらよ」
レヴィンを振り返って、タリスはにやりと笑う。
「返したぜ」
そう言うと、折れた剣に駆け寄る二人を一瞥して、タリスは肩をそびやかして去っていった。
「ああ」
レヴィンは半ばでぽっきりと折れた剣を悲しそうに拾い上げる。
「折れちゃった」
せっかくもらったばかりの剣。
錆びていても、大事にしようと思っていたのに。
「ほら、レヴィン」
フローネが折れたほうの刀身を両手で持ってくる。
「拾ってきたよ」
「またくっつかないかな」
手を切らないよう、慎重に刀身を受け取ったレヴィンは、折れた箇所を合わせてみるが、無論そんなことで一度折れてしまった剣がくっつくわけはない。
「だめだ」
しょんぼりと肩を落として座り込むレヴィンに寄り添うようにして、フローネがその隣に腰を下ろした。
「レヴィン、かわいそう」
そう言って、悲しそうに剣を見つめるレヴィンの顔を覗き込み、フローネは優しい声をかける。
「ねえ、レヴィン。折れちゃったものは仕方ないよ」
「それはそうだけど」
レヴィンは唇を噛んだ。
「あんな風に使えば、折れるに決まってるのに」
「ばかなのよ、タリスは。力しかないから、何も考えてないのよ」
フローネはそう言うと、思いついたように空き地の向こうの茂みを見た。
「そうだ。私たちの秘密の場所に隠そうよ。そうすればもうタリスなんかに勝手に振り回されないわ」
「あそこかい」
レヴィンはのろのろと顔を上げた。
空き地の奥の茂みは、入ってもクモの巣や虫にまとわりつかれるのが落ちなので、子供たちも誰も足を踏み入れようとはしない場所だ。
だがある日、レヴィンとフローネはその奥の木の一本の根元に、おあつらえ向きのうろが口を開けているのを見付けた。
かつては小さな獣の巣穴だったのかもしれないそのうろは、二人の大事なおもちゃや摘んだベリーを隠すのに都合が良かった。
いつの間にか、そこは二人だけの秘密の場所になっていた。
「でも、この剣入るかなあ」
「あのうろ、上が結構空いてるもの。入るよ、きっと」
フローネが声を励ます。
「行こう、レヴィン」
「うん」
ようやくレヴィンは頷いた。
レヴィンはフローネと協力して、折れた剣の先を鞘に入れ、その後で柄に残った刀身を鞘に収める。
きょろきょろと周囲を見回し、もう誰の姿もないことを確認してから、二人は茂みに分け入り、いつもの木の前にたどり着いた。
レヴィンがうろにそっと剣を差し入れると、ちょうど立て掛けられるくらいの高さがあった。
「ぴったりだね」
フローネが両手を合わせて笑顔を見せる。
「よかったね。レヴィン」
「うん」
レヴィンは、うろを覗き込んだ。
剣はなんだかそこにしっくりくるように感じた。
「そうだね。ぴったりだ」
頷いたレヴィンがやっと少しだけ笑顔を見せたので、フローネはほっとしたように笑った。