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魔禍不思議な死神行商  作者: 分身系プラナリア
1.話好きな老人
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プロローグ


「───私と取引しませんか?」


馬車を率いてそう問いかけてきた彼女の姿に、目前の男はそれまで虚ろだった目を見開いた。




────


「ここには老いぼれ一人とこの家しかないのに、面白いことを言うね。赤ローブのお嬢さん。」


「面白いも何も、貴方の望むものを持っているだけですから。そして貴方も私の望むものを持っている。お互いにとって交渉の価値があった……それだけのことです。」


「……ふむ。」



お嬢さんと言われる程に若い見た目をした少女の言葉に数秒考えるしぐさをしてみせた老人は、次いで馬鹿にしたような大声で「はっはっは」と大袈裟に笑った。



「それはいくらなんでも買い被りすぎだろうよお嬢さん。ここにはあんたの求めるようなモノなんてありゃしない。それにこんなところまでわざわざ金をたかりに来たわけでもあるまいな。」



ここは周辺に家屋が1つ見える他に人の住まう余地のない山道であり、周辺に街らしきものもない。年端に満たないような女の子が1人馬を連れて歩くような場所ではないことは言うまでもない。勿論そんなことは彼にもわかっているはずなのだが、少女の外見を含めた立ち振舞いに、不気味さよりも物珍しさが勝り少女に問いかけることにしたようだ。



「それで、お嬢さんは老いぼれに何を売ってくれるというのだね?」


「……残念というべきかわかりませんが、貴方が求めるものはこの中にはないでしょう。それでもよければ余興にでも見てってくださいな。」



嘲笑にも臆せず、かつ含むような口調でありながら冷静に少女はそう言い放った。代わり映えのない淡々とした口調。それでもと、無機質でありながらまるで全てを見透かしたような紅玉の瞳を向ける彼女の姿に老人はどこか興味を惹かれていた。



「……どうぞ。」



少女はそう言うと鮮血のように赤い絨毯を地に敷いてみせる。かなりの長さを持つ横長の絨毯の上には、十数に渡る商品が並んでいた。竜の類いらしき巨大な爬虫類の頭蓋骨、眼球のように複数のハイライトの入ったような色を持つ蒼玉。硝子のように光を反射する、透明に透き通った果実など様々である。



「……お嬢さん、やはり只者じゃないな。相当長いこと行商として暮らしてきたのだと一目でわかったわい。更には生命を屠ることに躊躇いがないと見受けられる。あんたの狙いは恐らくワシの命か魂か……と、そんな表情を険しくすることもない冗談よ。その時は潔く明け渡してやるわい。残念だがこんな老いぼれの命に価値なんかあるはずもないなんてことは自分がよくわかっている。かつては王国の兵として竜討伐に駆り出された身だが、それも霞んでこの有り様よ。」


「……その話、差し支えなければ聞かせて頂けますか?」



少女は老人の言葉に一片の動揺も見せることなく、そう言ったのである。

──────────



「それじゃあ待っててねエリック。」


「ブルルッ……!!」



少女は自分が率いていた黒馬にそう言うと、そのまま馬に背を向けて老人の家に上がっていった。寝室と居間が一緒になったワンルームのような一室。老朽化が進み黒ずみ始めた木の壁が、老人と共に過ごした年季を感じさせる。どうやら老人はこの場所に相当な時間住んでいるようだ。辺りは長く手入れされていないのか、家具のほとんどに埃が被っていた。



「信じられない話かもしれんが、当時は災害が相次いだせいで人里にドラゴンが降りてくることがあった。ワシらティラターラの兵士は直近の村を警備し、ドラゴンやその残り香から村人を護っていた。勿論こちらも只ですむはずもない。共に槍を掲げた同僚が焼かれ、村に取り残された幼い子供が喰われるのを何度も目にしてきた。悲鳴が響き渡り、地が血で濡れた……まるで地獄絵図のようだった。そんな光景が昨日のように思い出せるわ。」


「……あの骨は、その時のもので?」



少女は棚の上に鎮座する頭蓋骨を指差し問いかける。その頭蓋骨だけは丁寧に磨かれているのかつるりと光を反射しており、埃汚れひとつないそれが老人にとって大切なものであるとわかる。老人は彼女の言葉にゆっくりと首を横に振った。



「あれはワシの妻よ。2年前に病気で亡くなった。てっきり先にワシが逝くものだとずっと思っとったが、無駄に長生きしてしまったようだなぁ。」


「……。」



どうやら地雷を踏んでしまったと彼女は少しだけ後悔したように、僅かに頭を垂れて頭蓋骨に追悼の礼をする。数秒の静寂に包まれながら彼女はゆっくりと立ち上がる。




(とても大切になされているのですね……昔も今も。これからと言えないのは心苦しいものでありますが……どうか度重なる御無礼をお許しください。)



少女は身体を頭蓋骨の方へ向けると、跪いて再び一礼した。



「お嬢さんは優しいな。名も身も知らぬ者に敬意を持つことが出来るとは、大人びているとは思ったがそれだけでは片付けられない何かがあるのだろう?」


「……ちょっと心外ですね。無礼を働いてしまった相手に謝るなんて当たり前じゃないですか。」



何を当たり前のことを、と呆れた口調で少女は言う。その反応に老人は再び大袈裟に笑ってみせると、「深くは聞かぬよ」と言って少女の肩に手を添えた。



「ははは……まったく肝の据わったお嬢さんだ。ここまで出向いてくれたのも、まさに運命のように思えるよ。よしわかった!お嬢さんの取引に応じるとしよう。」


「……ありがとうございます。」



老人が差し出してきた手を左手で握り、僅かにだが確かに少女は微笑みを見せた。


────

それからというもの、取引が終わるまでの間、少女は老人の元で暫く過ごすことになった。主に老人の身の丈話を聞く相手として、時には身体が少々不自由な老人の手助けとして。老人は日常生活に支障がでないほど健康な身体であったが、やはり機敏には動けないということで必要に応じて物を取りに行ったりすることもあったが、基本的には話し相手になることが主体であった。



実に老人は多くのことを語ってくれた。自分の名前や生まれ、王国兵へ至るまでの地獄のような日々に至った後の地獄のような日々を。そして妻との出会いや結婚に至るまで。彼女はそれを真剣な眼差しで聞き続けていたのだ。



老人の名はジェスといい、しがない村人の間に生まれた長男であり、悪戯好きなだけの普通の快男児であったのだという。十歳にして竜の残り香を仕留めた功績を讃えられてティラターラ王国に引き抜かれたそうだ。その後は訓練という名の拷問に身を投じることを強要され、何度も逃げ出したくなるようなことがあったそうだ。



「……逃げなかったんですか?」


「逃げても野垂れ死ぬだけだ。それに家族も村も、半ば人質のようなものだとわかっていたし、王国を敵に回して更々逃げ切れるとは思えなかったのだ。」



特に年少なジェスは周囲から悪目立ちしてしまい、過剰なまでに謙遜されていたらしいが、それが嘲笑であることに気づくのは当時の彼でも容易だった。聞けば聞くだけ過酷なものだと、少女自身も口を固く閉ざして耳だけを傾ける。



「勉学に励む時間などそこにはなかった。ただ剣を振るい、槍を構え、盾を持ち……戦いに明け暮れる終わりの見えない日々だった。」



重苦しかった老人の口が閉じる。思い出したくない、というよりはかなり呆れに近い表情であった。



「近隣に舞った竜の残り香を討伐する……王国兵としての初めての実戦は己の無力さを実感させられるばかりだった。十歳の時に倒した小鬼(ゴブリン)とは比べ物にならない飛竜(ワイバーン)だった。ワシは手も足も出せず気づけば隊は壊滅よ……今思えばレベル差が圧倒的だったのだから当然といえば当然であったのだがな。当時のワシはそんな事も露知らず、岩陰に隠れて槍を当てようと必死こいておったのよ。」



一部の地ではかつて魔力をもった竜が通った箇所に魔物が湧いてでるという言い伝えがあり、それを種族問わず〈竜の残り香〉と呼ぶ文化があったことを彼女は思い出した。



「……その後国に戻って飛竜(ワイバーン)が湧いたことを伝え、全勢力をあげて討伐にあたった。やっとの思いで討伐を成し遂げ、王国は平和になった。誰もがそう思った時だった。」



老人の表情がグッと険しくなる。少女もそれに見てより真剣に聞く体勢をとった。



「その残り香……じゃよ。飛竜の残り香から生まれた残り香。放たれた奴らは卑劣にも近隣の街や村を襲い出したのだ。疲弊しきった王国兵はボロボロの身体で立ち向かうことを余儀なくされた。酷いときは数十もの間、ひたすら戦いに明け暮れることだってあったくらいだ。」



少女は老人の話を流さずじっくり聞いていた。言葉ひとつも聞き逃さず、時折考える仕草を浮かべながら頷いてみせる。



「因みに……今おいくつでしょうか?」


「もう八十……になるだろうか。もう数えるのも馬鹿らしくなった。」



かなり長生きなんだなぁ、と少女はほんの少しだけ目を開いた。老人が一拍入れて話し出した時には既に元の表情へ戻っていたが。



「まぁ流石に驚かんか……とうの二十年も前にワシに近しかった者は聞く話、妻を除いて皆亡くなっておるのだからな。」


「いえ……人間の平均寿命は六十年程と言われていますので、相当長いこと生きていらっしゃると思いますよ。」


「……なんだ嬢ちゃん。その言い方だとまるで嬢ちゃんが人間じゃないみたいではないか。」



少女は作り笑いなどすることなく、あくまでも自然体を保って話を聞いていた。ジェスはそんな少女の大人びた様子に逆に驚いているようだった。″人間の″とあたかも別物扱いした言い方と、彼女の少々変わった衣服や見た目に彼はどこか引っ掛かりを感じていたらしい。



「……。」


「すまない、そこまで気を損ねるつもりはなかったものでな。どうか聞かなかったことにしてくれ。」



少女の目の奥がほんの少しだけ鋭くなったのをジェスは感じたようで、機嫌を悪くさせてしまったことを察して次の話題を持ちかけることにした。



「ところでお嬢さんはこれまで色恋沙汰はあったのかい?若いんだし顔も整っている。ひとつやふたつ、無いことはないだろう。」


「いえ、全く。」



少女はバッサリとそう切り捨てた。白銀の髪越しに左手で頭を軽く掻くと、何事もなかったかのようにすっと黙りこむ。そういった事情にはまるで関心がない様子だ。



「……私は昔から、商人として様々な地を歩いて来ただけですので。」


「商人として暮らすのも大変だろうに、しっかりしておるな。」


「しっかりしているように見えますか……。お褒めにいただき恐縮です。」



胸に左腕を添え、そのまま少女はジェスに一礼する。まるで何処かの敬礼のような挨拶をしてみせたのだ。それを見たジェスもまた、左腕を胸に添えて同じように一礼してみせる。



「懐かしい……忘れもしない王国流敬礼。お嬢さんもティラターラを訪れたことがあったのか、それとも王国出身だったのか?」


「前に縁があって訪れただけです。その時の所縁で。」



少女の言葉にジェスは「そうかそうか」と頷くだけであった。その思い返すような素振りはまるで過去を懐かしんでいるのかのようにも見える。



「良い国だったかい?」


「決して悪いものではなかったと思います。」



そう聞いたジェスの表情はどこか満足げであった。

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