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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

こうして僕は闇落ちした

作者: ビニール袋

食事中には閲覧注意です。

 







 ーーいつもの飲み会の、いつもの帰り道の筈だった。





「ごめん、明日朝から用事あるし今日帰るわ」


「えぇ〜、つれねぇなあ。じゃ、また今度な〜」


「おう」


 本当は純粋に面倒臭いと言う理由だったのだが建前と共に忘年会の二次会を断り、飲み仲間達に背を向ける。


 コートのポケットに手を入れ大きめのマフラーに顔を埋めながら三軒茶屋の駅へと向かっていると、凍てつくように冷たい夜の風が火照った頬を撫でた。


 ーー寒い。が、今はちょうどいいな。


 ”酒は飲んでも飲まれるな”


 これは僕の座右の銘であり、ポリシーだ。

 僕は今後生きていく人生の長い道のりをこの言葉と共に生き、裏切ることをしないだろう。


 ーー他人の前で酔うなんて、有り得ない。


 お酒を楽しみたいという気持ちより醜態を晒す事への恐怖が勝り、僕は成人してこの方1度も顔が赤くなるまでの酒を飲んだことがない。


 嗜み程度にアルコールを飲み、常に素面(しらふ)の状態を保ちながら友の話に耳を傾ける。暖かい店内で火照った身体を外の冷たい空気で冷やすのは最早(もはや)冬の飲み会の常套句だ。


 ただ僕は、こんな代わり映えの無い日常が、案外気に入っていた。


 ーーーきゅるるるっ・・・


 お腹が小さく鳴る。

 唐突のことに反応出来ず慌てて周囲を見渡した。


 ーーよかった。誰にも聞こえていない。


 まあ、別に近くに人がいても耳を澄ませないと聞こえないような音量であったためそこまで過敏になる必要も無いのだが。ともかく僕は気になるのだ。


 今はかなり満腹の状態だし、むしろ品数が多かったため食べ過ぎたくらいなのできっとこの音は消化音だろう。


 音は胃というより腸の方から聞こえた気がしたが、まあそういうこともある。消化器官達が今懸命になって働いている証拠だ。


 僕の家は東京都の新木場方面。

 三軒茶屋駅で半蔵門線直通の田園都市線に乗車し、永田町駅で有楽町線に乗り換える。所要時間は1時間といった所だろうか。


 僕として電車に揺られる時間はそれ程嫌いでは無かったため、この帰宅路も苦痛に感じたことは無かった。


 ーーーきゅるるるっ・・・


 おっと、また消化音だ。

 まあこの人混みの中だ。雑音に紛れて他の誰かの耳に届くことは無いだろう。


 何食わぬ顔で改札を通り、迷うことなくホームに向かう。


 ーーあ、ちょっとトイレ行きたいな。


 ホームで電車を待っている途中の出来事だった。

 後一分後に電車が来るというその時、本当に、本当に軽い便意に襲われた。


 然しそれは決して急を要するものではなく、トイレに行きたい気持ちは有るけれども別に我慢出来るかなという程のものだったし、ここからわざわざ階段を登り駅のトイレに向かう労力も考慮した結果、“行かない”という判断に至ることは、僕の中で至極当然の結論だった。


 ーーま、このくらいの便意ならあってないようなものだしな。


 そうこうしているうちに電車は2番線ホームに到着し、比較的スムーズなペースで僕は4号車両に乗り込んだ。


 “身体は僕のことを僕より分かってくれてる〜〜〜♬”


 大音量でアクア隊難(たいむず)の“小さな手相”を聴きながら、飲み会の余韻に浸る。車内が空いていたため座席に腰かけることも出来たし今日はなかなか調子が良い。


 ーーガタンガタン


 帰り道の静かな時間は僕を思考の湖へと(いざな)い、電車の規則的な揺れが心地良かった。


 “少しだけ昨日より優しくなれる気がする〜〜〜♬”


「〜〜♬


 ・・・シンヴッ!??」


 そう、その時その瞬間だった。

 さっきまで順調だった僕の身体が爆発的な痛みと共に悲鳴を上げたのだ。


 ーーグゥ、ギュルギュルギュルギュルギュル!!


「ーーーっ!??」


 必死の思いで言葉を飲み込む。


 そう、僕を唐突に襲ったのは先程まで存在感薄めに僕の腹の中で控えていたあの便意だった。

 いきなり身に降りかかった最悪の脅威に僕は抵抗する術を持っておらず、ただただ尻中心に圧をかけてくる腸の“爆弾”の暴走を鎮めることに必死だった。


 ーーヤバい。これは、ヤバい奴だ!と、とにかく降りよう。えっと、ここはーー


 “池尻大橋”


 まだ三軒茶屋駅から一駅しか進んでいない池尻大橋駅だった。ここから永田町まで約10分。正直この暴力的な便意は10分耐えられる程生易しいものでは無い。本来であればこの駅で下車し1秒でも早く腹で反乱を起こしている悪玉菌軍達を水に流すべきだ。


 ーー常人の考えであれば、な。


 こんな時こそ早まってはいけないことを僕は知っている。戦場では策に急ぐ者から死んでいくのだ。


 冷や汗が頬をつたう。


 僕は帰宅路であるにも関わらず、池尻大橋駅で下車したことが無い。

 つまり、トイレの位置を把握していないのだ。


 いや、そんなもの案内板見て普通に歩いて行けよと思うだろうが、それこそ便意というものを甘く見ている愚か者の証拠である。


 ーーーぐぅぅう!!ギュルギュルギュルギュルギュルギュル!!!


 ぐぁぁあああ!!!


 僕は1歩でもここを動いたら恐らく死ぬ。

 社会的に死ぬ。

 あと僕が今見につけている一張羅も死ぬだろう。


 そう、万が一池尻大橋駅のトイレがホームから120メートル以上離れていた時、僕がこの強烈な爆弾を抱えたままそこにたどり着ける確率は奇跡に等しい。


 トイレの場所がホームからすぐ近い可能性もゼロでは無いのだが、いくら2択と言えどこの極限状態では外した時のリスクが余りにも大き過ぎる。


『扉が閉まります。ご注意下さい』


 車内アナウンスとともに電車のドアが閉まる。


 ーー永田町まで耐えるんだ。


 ここで急げば腸内で破壊活動を行っている悪玉菌共の思う壷。途中下車を諦めることが最もリスクを伴わないスマートな判断だ。


 次の渋谷駅であれば確かに何度も下車したことがあるが、人が多過ぎる分刺激も多い。今の僕の感覚は通常時の何倍も研ぎ澄まされている為、あの雑踏の中に飛び込むことは全裸でピラニアの水槽に飛び込むことと同義だ。


 ーー降りたら漏れる。確実に。渋谷はスルーだ。


 田園都市線は地下鉄であるため、トイレに辿り着くまでの過程が他の路線より多くなる。その事実も僕の足を踏みとどまらせた大きな要因だ。


 トイレの位置が確実に分かっている永田町まで僕の肛門括約筋に全神経を注ぐごう。明日の僕が笑う道はそれしかない。



 ーーグゥギュルギュルギュラァァァァ!!!!!


 おえふぇふうるるぁぁあーーー!!



 ・・・で、電車の揺れが、憎い・・・っ!!



 ちょ、駄目だ!やっぱ無し!肛門括約筋に意識注ぐの無し!気を紛らわせよう。他に集中出来ることを作り便意を退けるんだ。


 音楽はーー、駄目だ。心に余裕が無さ過ぎて聴いているとイライラしてくる。


 そうだ、小説を読もう。小説であれば文字だし情景を想像しながら読むことで便意を忘れ去ることも可能な筈だ。



 ーーグゥゥルルルルルァァァァア!!!!!


 ち、ちくしょうるるるるぁぁ!!!!


「・・・っ」


 読もう・・・っ!


 僕が開いたのは小説家になろう総合ランキング一位の異世界ファンタジー。転生した主人公が特殊なスキルを手に入れ異世界で無双していくというどこかで見たことあるような設定なのだが、これが存外に面白い。


 主人公が殆ど苦労せずに無敵の能力を手に入れ周囲を蹴散らしていく様は一種のカタルシスを感じるし、テンポ良くストーリーが進むため飽きずに読み進めることが出来る。


 僕は重度のなろう系小説ファンなため、この作品も今まで読んできたものと同じように非常に楽しい思いで読み進めて来た。


 ・・・筈だった。



 ーーーぁあ?何だこの主人公。何で 皆が恐れるボス級のモンスターをスライムと同じ感覚で倒しちゃったけどその事実に全然気づいてませんよ? みたいな顔してんだ。


 こいつ絶対分かってやってんだろ。つーかお前何だよ無自覚ハーレムって。無自覚なわけねぇだろ完全に可愛い子厳選してパーティーに引き入れてんじゃねぇーー、


 ーーグゥギュルギュルギュラァァァァ!!!!


 ぬぁぁぁぁおるるるぁあ!!!!!


「・・・っ!!」



 言っとくけど無双出来てるのはお前の能力が周囲の人より相対的に強いからそうなっているのであって、もっと別の環境に行ったらそんな凄くないからな。

 そもそもその力だって全部わけの分からん奴から貰ったものでお前のじゃねぇし。


 つーかお前めっちゃ人望ある感じになってるけどそれは能力の恩恵であって単体だったら全然大したことねーから!



「・・・はぁ、はぁ」


 くそう。小説も駄目だ。


 昨日までは好感度抜群だったこの主人公の存在も今は何故か嘘みたいに鼻につく。ウザい。



  「えー、それマジ〜?」

  「ね、有り得なくない?バカウケなんだけど〜」


 向かいの席に座っている女子大生達がまるでこの世の苦しみを知らない無垢な瞳できらきらと笑う。



 ーー憎い。


 この世の全てが憎い。

 きっと僕がここでどれだけ絶望の淵に立たされていても、世界はそんなことお構い無しに回り続けるんだろう。


 僕が、ここで尻からミサイルが発射されないよう臨戦態勢に入ったとして、周りの人がそんな僕を怪訝な目で見てきたとして、彼らは僕のことを変な奴だと思って終わるんだ。


 ーー誰も僕の苦しみを知りやしない。


 この不振な動きの裏側で僕がどれだけ壮絶な痛みと闘い絶望の瀬戸際でもがいているかなんて、彼らにとって微塵も興味無いのだ。


 ーーお前らだって、もし今の僕と同じ状況に立たされたら同様の行動に出るくせに。


 何故、物事の本質を見ようとしない。僕はただなんの理由もなく尻をもぞもぞさせているだけの奴では無いというのに!!



 ーーグゥ、ギュルギュルギュルルルルルァァ!!!!


 おぅるるるるるるぁぁぁぁああーーー!!!



 この小説の主人公だって、大した窮地に立たされてる訳でもない癖に鬱モードに入りやがって。何だそれ、パーティー内での仲間割れがどうしたってんだ。


 僕はこんな苦しい闘いを強いられているというのにちょっと美女に距離とられたくらいで苦い唾を飲み込みやがって。


 僕の方が絶対凄い。こんな奴ミジンコ。


 ーー憎い。


 本当の絶望を知らないくせにこの世の全てを悟った顔しやがって。人生経験ある様な意味深な言い回しで女子の年上好きな習性を刺激して。こいつの股にぶらさがってる汚物を全力で削ぎ落としたい。


 ーーなんで、僕だけこんな辛い目に合わなきゃ行けないんだ。僕が何をしたって言うんだ。


 不公平だ。

 理不尽だ。


 こんな世界、こんな腐った世界、滅びてしまーー



 ーーグギュルゥゥルルルルルウア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!


 ふごぅふぉうるるるあぁぁぁぁー!!!



 は、腹がぁぁぁぁ!!!

 ここに来て悪玉菌共の勢いが増した、だと!?


 馬鹿な。まさか先程までの状態はただの幻影(フェイク)、ここからが本番というのか!?ここに来てさらに段階を上げてくるなんて・・・っ!とんでもない潜在能力だ。僕はもしかしたら想像以上にやばい奴を相手にしてしまっているのかもしれない・・・っ!


 ーー永田町まで後1駅だというのに。


 こんな、こんな所で僕の人生は終わってしまうのかー

 ー?



 ーーグゥオゥルララララァアァアアア!!!!


 うるるるるるるぁぁぁぁー!!!!



「・・・くっ!」



 まだだ、僕は負けるわけには行かない。人前での脱糞は僕のプライドが許さない。


『永田町、永田町〜』


 ーー着いた!


 なるべく尻に衝撃を与えないよう細心の注意を払いながら立ち上がる。


 爆弾は完全に発射モードに入っており、まだ便座に座っていない段階であるというのに既に準備は万全に整っている。


 ーーお、落ち着け!こんな争いをして一体何になると言うんだ!僕はこんな結末は望んでいない!君たちだって有るべき場所で水に流されることを望んでいる筈だ。だってそうだろう?君達は元々僕の体の一部だったのだから。


 正しい別れ方をーー



 ーーブウゥオウルルルラララアァアアアァァ!!!!


 ふんぐぉうぐああぁぁああぁーー!!!



 え?今“ブ”って鳴った?“ブ”はやばい。やばいって。


 この状況での“ブ”は死刑宣告に等しい。



「・・・っ!!」


 なんてことだ。この状況で更に不味いことが起こってしまった。


 僕が乗車したのは10両編成の電車の4号車両。半蔵門線永田町駅は地下鉄であるため出入口が10号車側と1号車側の両端2つしかなく、しかもその2つの出入口の間の距離がべらぼうに長い。そこから更に絶望的なのは、僕が乗り換えを行う有楽町線は10号車両の側にあり、4号車両にて下車した僕はホーム端のエスカレーターまで少なくとも60メートル以上の距離を歩かなければならないのだ。


 ーーか、神は僕を見放したというのか・・・!?


 そんな馬鹿な。こんなことを言うのもあれだが僕は自分のルックスにそこそこの自身がある。女性社員にもモテるし、正直神様が居るなら僕のこと結構気に入っているんじゃないかと思うほど人間関係で苦しい思いをしたことがなかった。


 ーーく、クソォオオォ!!


 呪ってやる。もういい。神諸共(かみもろとも)こんな世界呪ってやる!!


 この世のどん底も味わったことがない憐れな愚民共が。今のうちに仮の快楽を楽しんでいろ!!



 ーーグゥオゥルララララァアァアアア!!!!


 うるるるるるるるぁぁぁぁあーー!!!


 時々立ち止まりながら、しかし1歩1歩確実に歩みを進める。途中何度も挫けそうになったが、その度に地球の絶望的な未来を思い浮かべ自分を鼓舞した。


 ・・・フ、フフフ、ホロビロ、ジンルイ。



 ようやくエスカレーターまでたどり着くと、至極簡単な二者択一に迫られる。まあ、これに関してはホームで地獄の60メートル歩行をしていた時から決断していたため迷う必要などないのだが。


 ーーこのくそ長いエスカレーター、流れに身を任せて登るかそれに逆らい階段の如く素早く登り切るか。


 左か、右か。


 勿論左である。左を選んだ場合のデメリットはその所要時間。なんせ永田町のエスカレーターは素面(しらふ)の状態の僕ですら馬鹿長いと感じるのだ。命の危機と隣り合わせの今の僕であれば尚更、大人しくエスカレーターを登ることは愚の判断と思われるだろう。


 しかし冷静に考えた結果、この状況でエスカレーターを階段登りするのは余りにも衝撃が大きすぎる。


 ーー自分のペースで登れるのであればまだ良い。しかし。


 僕が恐れているのは煽りエスカレーターだ。この永田町では割と頻繁に目撃することが出来るのだが、何を生き急いでいるのか東京にはエスカレーターを登るのがやたら早いプロクライマーが居るのだ。


 何か急用があるとかそういう理由ではなく、普通に速い。動きに無駄が無い。別に次の電車が差し迫っている訳でもないのに登りが本当に速い。しかもそういう人に限って靴音とかも煩くないし、なんかちょっとかっこいいのだ。


 ーーグルルルアアァァアアアア!!!!


 ぬわるぁああぁあああーー!!!



 しかし今はウザい。そっとしておいて欲しい。


 やっとの思いでエスカレーターに乗り、深い呼吸を繰り返す。


 ーー今周りにいる人達全員赤の他人だし、ここで僕が脱糞しても皆いつかは忘れるんじゃないか?


 いや、駄目だ駄目だ早まってはいけない。確かに尻の穴はもう今にも爆発しそうな状態だ。しかし僕はまだ若い。未来がある。老い先長いこの人生、こんな糞みたいなトラウマを背負っていく覚悟は出来ていない。


 まあ、糞みたいっていうか、糞なんだけど。


 あ、やべ、今のちょっと面白かったな。

 でも笑っちゃダメだ。その衝撃で漏れる。


 ーーというか僕、そもそもこんなえげつない腹の下し方する様な物食べたっけ?


 いや、食べてはない。


 しかし、飲んだ。


 ーー酒、酒なのか?


 確かに今日は普段より飲んだが別に酔っていないし顔も赤くはならなかった。


 僕が今日飲み会で摂取したアルコール飲料は4杯。数で聞いたら多いように思われるがその内容は可愛らしいもので、カシオレ、カルーア、ファジーネーブル、梅酒サワーとまさに女子大生のラインナップだった。


 まさか。そんなことは有り得ない。


 僕が、この僕が!!

 世界一スマートな存在である筈のこの僕が!酒に飲まれたとでも言うのか!?


 ーーーブウゥオウルルルゥアアアァアアーー!!!


 @#→-Å♡☆&#。*@”"%∞!!!



 いや、もう考えることはやめよう。

 一刻も早く、トイレに・・・!


 永田町のトイレまでの道のりは把握済み。ここから数段の階段を登ったあともうひとつの長めのエスカレーターを経てゴールインすることが出来る訳だが、その歩行距離自体は大したことないため、あとは時間との勝負だ。


 ーー耐えろ。僕の尻。


 なるべく心を無にしてエスカレーターを登り切り、最後の関門である階段、第2のエスカレーターも何とか登り終える。


 途中我慢しすぎてもう口から出てくるんじゃないかと思ったりもしたが、まあそんなことは無かった。


 ーー着いた。やっとだ。やっと着いた。


 ずっと会いたかった。辛かったけど、本当に辛かったけどここまでたどり着くことが出来たよ。



 ーーグゥオゥルララララァアァアアア!!!!


 うるせぇぇぇぇぇええ!!!!



 僕の下腹部が最後の悪足掻(わるあが)きを始める。

 ここから先はお互い意地のぶつかり合いだった。


 ーーこいつ、そんなに僕を苦しめたいのか・・・!!


 負けて、たまるか!こんな所で、最後に!!



 動け、体。

 高まれ、鼓動。

 一瞬一秒気を抜くな。


 ーーコンマ1秒の世界。


 ほんの刹那、この瞬間が、僕の今後の人生を左右することになるだろう。


 うぅおおおぉおおおぉーー!!


 ーーグゥオゥルララララァアァアアア!!!!



「・・・・っ!!」


 ーーフッ。


 僕はこの瞬間、今日のこの出来事を令和元年永田町事変と称し後世に受け継ぐことを誓った。




 ***



 結論から言おう。僕は勝った。


 人類史に残るこの極限状態の勝負で、僕は見事勝利を収めることが出来たのだ。


 永田町の男子トイレはやはりというか並んでおらず、駆け込むようにして入ることが出来た。


 ただ僕はそこで、生まれて初めて自分の尻から出た爆音に声が出る程驚いた。


 音姫を流していたというのにその存在をまるでものともしない巨大な破裂音が空間中に響き渡ったのだ。


 もう、本当に恥ずかしかった。


 隣の個室にいた人本当にごめんなさい。

 でもね、僕もびっくりしたんだよ。


 この音に関しては最早(もはや)文字で表すことの出来る代物では無かったし、最初の1発に加え同じ規模の轟音がもう2発出た。


 地響きとかした気がした。


 ただその勢いの割に、いや、そこ勢いだからこそなのか排出時間はそれほど長くなく、ものの一分で僕はその闘いに終止符を打つことが出来た。


 ただ、直ぐに出るのはもしその爆発音を聞いていた人がトイレ内にいた時余りにも恥ずかしいため、十数分の時間を置いてそこを離れた。


 その間にスマホで調べたのだが、どうやらアルコール飲料と揚げ物を同時に飲み食いすると腹を下してしまうことがあるらしい。


 僕は今回、居酒屋で出てきた揚パスタが余りにも美味しかったため最初から最後までずっとボリボリ食べていた。皆が好む唐揚げやフライドポテトに手を出さなかった分、揚パスタに精を費やしていたのである。


 揚パスタを摂るか酒を摂るか。


 もちろん揚パスタである。僕は今後あの居酒屋には揚パスタを食べに行く。酒は嫌いではないが揚パスタを永遠にボリボリするあの快感には変えられない。



 ーージャーー・・・。


 バタン。



 水を流してトイレから出る。遂に闘いは終わったのだ。僕は勝ち、そしてこの感動を忘れることはきっと永遠に無いだろう。


 ーーあとは有楽町線に乗って帰るだけだが、あの戦闘の残り香がまだ染み付いている可能性があるし、ちょっと時間を置いて乗車しよう。



 それ迄の間に僕が何をするか。


 答えは勿論決まっている。








「さっ、小説の続き読もっ!」








ここまで読んで下さりありがとうございました。

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