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地中の森  作者: 管澤捻
9/64

第一章 怪盗ハロウィンズ8/9


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 迫りくる警備兵を観察して、カイは冷静に分析をする。


(動きが硬いな。恐らく巡回警護を主任務とする三等警備兵だ)


 三等警備兵の基本装備は、警棒と手錠のみで、拳銃の所持は許されていない。


(まあ……それなら素手でも何とかなるか)


 カイはニヤリと口元に笑みを浮かべると、半身の姿勢で構えを取った。


 迎え打つ気配を見せたカイに、警備兵の駆ける足が僅かに速まる。だがその直後、カイは体勢を低くして、警備兵へと自ら駆け出した。予想外だっただろうこちらの動きに、警備兵の表情がぎょっと強張り、たたらを踏むようにして立ち止まる。


 カイは僅かに先行していた警備兵の二人に接近、手早く打ち据えて彼らを無力化した。がっくりと膝を崩して倒れた仲間の姿に、警備兵が狼狽してざわめく。カイはステップを踏むように後退すると、再び半身の姿勢になり構えを取った。


(うまく騙されてくれたか?)


 カイは笑いながら心内でそう独りごちる。


 多対一の戦闘において最も重要なこと。それは相手を勘違いさせる(・・・・・・・・・)ことだ。どれほど肉体や技術を鍛えようと、人間の修得できる技能には限界がある。そしてそれは一般的な想像よりも遥かに低く、基本的に一人が三人以上と同時に戦うことは困難とされている。


 しかしそれはあくまで、三人が適切な連携を行うことが条件だ。三人が息を合わせることなく、個々が身勝手に行動しては、それは三対一ではなく、一対一を三度繰り返すだけに過ぎない。そしてその理屈は、十人以上を相手どる時にも同義となる。


 この程度のことは、荒事に身を置くものならば常識だ。目の前の警備兵はもちろん、背後にいるベリエスの私兵と思しきスーツ連中とて、把握していることだろう。


 だからこそハッタリが重要となる。先制攻撃を仕掛けて、彼我に大きな実力差があると錯覚させる。相手が僅かでも怯めば、精密さが要求される連携は、脆くも崩れ去る。


 だからこそルーラも、必要以上に相手を挑発して、冷静に考える隙を与えないようにしているのだろう。もっとも彼女の場合は、それを本能的にしているのかも知れないが。


 何にせよカイは、もともと鋭い瞳をさらに刃のように細めて、警備兵を見据えた。


「どうしたよ? 掛かってこねえなら、こっちから行かせてもらうぞ」


 カイの宣言に、三人の警備兵が慌てて飛び出してきた。やはり冷静さを欠いている。目の前で仲間が倒されたこともそうだが、このような戦闘に不慣れなのかも知れない。


 カイは僅かに左に体を傾けると、すぐさま右に駆け出した。軽いフェイントで警備兵の死角に潜り込むと、敢えて飛び出してきた三人の警備兵を素通りして、彼らの後方で呆然としていた老齢の警備兵に接近した。老齢の警備兵が慌てて警棒を構えるも、その時にはすでにカイは警備兵の懐へと侵入し、右拳を鳩尾に埋め込んでいる。


 崩れ落ちる老齢の警備兵。カイは動きを止めることなく右手に飛び退くと、反応の鈍い若い警備兵の足を払い、警備兵が転倒すると同時にその腹を踵で踏みつける。若い警備兵が涎を吐き出して苦悶の声を上げた。地面を転げまわる警備兵から視線を外し、また素早く後退して警備兵全体を視界に収める。


 先程よりも、警備兵の表情に浮かぶ怯えの色が濃くなっていた。戦闘に参加していなかった仲間が倒されたことで、次の犠牲者は自分かも知れないと想像したのだろう。


(そろそろ潮時かな?)


 油断なく構えながら思案する。これだけの警備兵を相手にするつもりなど、もとよりない。適当に相手の意気を挫いたところで、逃走する手筈となっていた。当然ながら相手も簡単には逃がしてくれないだろうが、植え付けられた恐怖で足取りは重くなるはずだ。


(だが少し……決定打に欠けるか。こちらを追う気にさえならなくなればいいんだが)


 そんなことを考えていたところで――


「――避けろ、カイ!」


 ルーラの焦ったその声に、カイは背後を振り返ることなく横に飛び退いた。


 するとその直後――頭上より降り注いだ巨大な炎が、肩を掠めて地面を燃やした。


「――んだよ、これは!?」


 悪態を吐きながら頭上を振り仰ぐ。視界の奥。闇に隠れて見える、地下空間の無機質な岩肌の天井。それよりも遥か手前、高さにして五メートルほどの位置に――


 空飛ぶ獅子がいた。


「……こいつは……ブリード(・・・・)か?」


 瞳を鋭くして頭上の獅子を見据える。


 複数の種を掛け合わせることで人工的に生み出された新種。品種改良生命体(ブリード)。空に浮かんでいるその獅子は、鷲に酷似した巨大な翼を背中から生やしており、比較的体毛の少ないその顔には、ところどころワニのような鱗が規則正しく並んでいた。


 空飛ぶ獅子の登場に、警備兵やスーツ連中も頭上を見上げてざわついている。戦闘が一時中断したことで、ルーラが三人の子供を連れて、こちらに駆け寄ってきた。眼下を鋭い眼光で見下ろし、宙を旋回する獅子の姿に、ティムが「おお!」と両拳を握る。


「何やら大ボス感がたっぷりの奴が来たぞ! 間違いない! 奴は元人間だ!」


「哀しい呪いに掛けられて、したくもない殺戮を強制されているんだよ!」


 ティムの戯言に合わせるリリー。その二人を無視して、ルーラが瞳を鋭くする。


「ブリードだと? どうしてこんなところに……行政が厳重管理しているはずだぞ?」


「……さあな。だがブリードも裏では高値で取引される商品だと聞いたことがある」


 つまりこの空飛ぶ獅子に所有者がいるのならば、可能性のある人物は一人だけとなる。その考えに至ったところで、開け放たれていた屋敷の扉から、紫髪の男が姿を現した。それは屋敷の主にして、表と裏の流通業を営んでいる――


 ベリエス・ガイサーであった。


 ベリエスが「ほっほっほ」と哄笑し、頭上を旋回する獅子を指差した。


「あれは私の可愛いペット――シュレディンガーちゃんよ! 私の言うことなら何でも聞いてくれる良い子ちゃんでね、不届き者を八つ裂きにすることもできるんだから!」


 ベリエスの言葉に応じるように、宙を旋回している獅子――シュレディンガーちゃんが一声吠える。カイは頬をポリポリと掻くと、頭上に意識を向けつつ口を開く。


「やっぱテメエの横流し品か。だがどういうつもりだ? ここには警備兵もいるんだぞ。テメエの不正をわざわざお披露目するとは、頭に血が上りすぎてイカれたか?」


「私を舐めないで貰いたいわね! 末端の警備兵なんていくらでも黙らせることができるのよ! ブリードの売買だろうと人殺しだろうと、お金が解決してくれるんだから!」


 カイの疑問に声高にそう答え、ベリエスが表情に危険な笑みを浮かべる。


「私って商売柄けっこう耳聡くてね。二年前から北区を騒がせている泥棒さん――黒コートのウィザードと着物のサムライのことは、小耳にはさんでいるわ。最近では子供と組んで怪盗ハロウィンズとか自称しているようだけど……これって貴方たちのことよね?」


「……らしいな。ウィザードだとかサムライだとか、俺たちが名乗った覚えはねえけど」


「怪盗ハロウィンズを自称したこともない。子供たちが勝手にそう騒いでいるだけだ」


 カイとルーラの返答に、ベリエスが浮かべていた笑みに嘲りを混ぜる。


「腕利きの泥棒だとは聞いていたけど、その噂に気をよくしちゃったのかしら? 程度の低い連中を相手に小銭を稼いでいれば良いものを、私に喧嘩を売るなんて驕りが過ぎたわね。貴方たちもそこにいる子供も、シュレディンガーちゃんの餌になってもらうからね」


 子供の話が出たためか、怒りに気配を膨れさせるルーラ。今にもベリエスに飛び掛からんばかりの彼女だが、宙を旋回している獅子を無視するわけにもいかないのだろう、舌打ちだけして頭上を見据えていた。カイはその彼女の横顔をちらりと一瞥してから――


 口元に笑みを浮かべた。


「逃げるための決定打(・・・)ができたな。ブリードは俺がやる。ルーラは子供と下がってろ」


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