第一章 怪盗ハロウィンズ7/9
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「――いってええ! な……何しやがるんだよ! ルーラの姉ちゃん!」
「やかましい!」
非難がましくこちらを睨むドラキュラ伯爵――もといティム――に、ルーラ・バウマンは声を荒げた。大股で走ったことで乱れた着物を直すこともせず、ルーラはギリギリと眉尻を吊り上げて、ティムに指を突きつける。
「そら見たことか! 私の言ったとおりだっただろ! これは遊びではない! 危険な仕事なんだぞ! これに懲りたら、二度と私たちのやることに関わろうとするな!」
口早にそう話すルーラに、ティムが「な……何だよ!」と不満げに声を上げる。
「ちゃんと依頼物は取り戻したんだぜ! ほとんど成功したも同然だろうが!」
「最後に捕まっていては意味がないだろ! とにかく約束は約束だ! お前たちの好きにさせて失敗した以上、今後一切、私たちの仕事についていくことは許さないからな!」
「納得いかねえ! ってか、何で俺だけが殴られんだ! 差別だ差別!」
「お前が主犯だろうが! リリーとササはお前に付き合わされているだけだ!」
「んなことねえ! リリーもササもノリノリだったんだぜ! そうだろ!? みんな!」
ティムがリリーとササに同意を求める。だがその彼に、二人はただ沈黙を返すだけであった。二人のその様子に、目を丸くするティム。リリーが手のひらで顔を覆い――
その小さな肩をプルプルと震わせる。
「……怖かったんだよ。恐ろしかったんだよ。でもティムが……ティムが無理やり……」
「うぉおおおおおい!」
まるで酷い裏切りにでもあったように、被害者面で絶叫するティム。少し涙目で地団太を踏む彼を無視して、シクシクと肩を震わせるリリーに、ササがそっと寄り添う。
「ごめんねリリー。守ってあげられなくて。僕は非力な自分が――憎い」
「ずるいぞササ! 憎いの前に少し間を空けるところが真実っぽいじゃないか!」
「ううん。ササくんは何も悪くないんだよ。諸悪の根源たる人は――」
「二人してこっちを見るな! 何か適当に罪を押しつけちゃえ感がえぐい――」
「だから――やかましい!」
往生際の悪いティムを再度ひっぱたく。「ぐぬぬぬ」と何やら口惜しそうに歯ぎしりするティムに、さらに小言の一つでも言ってやろうと口を開いたところで――
「もう許してやれよ、ルーラ」
気だるげな声が背後から聞こえてきた。むっと顔をしかめて背後を振り返るルーラ。警備兵の人垣をのんびりと通り抜け、黒コートの男がこちらに近づいてくる。
カイ・クノート。警備兵などからはウィザードと呼ばれることもある男だ。
苦笑しながら目配らせしてくるカイに、ルーラは眉をひそめて唇を尖らせた。
「また……カイは子供たちに甘すぎる」
「俺だって叱ってやろうと思っていたさ。ただお前に先を越されたってだけだ」
こちらのすぐ隣に並んで立ち、カイが肩をすくめる。
「しつこく愚痴っても余計に反発されるだけだ。こいつらだって馬鹿じゃない。自分の力が不足しているってことは、今回のことで身に染みて分かっただろうぜ?」
「うむ。身に染みすぎて絞ればこぼれるほどだ。よって説教の終結を望む」
何やら偉そうに頷くティムを、「調子に乗るな」と半眼で蹴りつけるカイ。彼の言い分も理解できる。だがそれでも、ルーラは沈痛な面持ちで反論する。
「だからそれが甘いんだ。このぐらいの子供は、自分が何をしているのか理解していない。またこんな無茶をして、取り返しのつかないことにでもなったら……私は――」
思わず声を詰まらせる。表情を沈めたこちらを見て、カイの鋭い目つきが僅かに和らぐ。
「お前がこいつらを本当に心配していることは、俺も分かっている。ただ肩に力を入れすぎるなってことだ。子供なんてほっといても勝手に成長するもんなんだからよ」
「……」
沈黙するルーラ。するとその彼女に、リリーとササが近寄り、ぺこりと頭を下げた。
「あの……ごめんだよ。ルーラお姉ちゃん」
「……すみません。心配をおかけしました」
素直に謝罪する二人。それを見ていたティムもまた、不承不承ながらに頭を下げた。
「……悪かったってルーラの姉ちゃん。だからそう機嫌悪くならねえでくれよ」
三人の子供に頭を下げられて、ルーラはしばし黙した後、大きく溜息を吐いた。
「……もういい。くそ……まるで私が聞き分けのない子供みたいじゃないか」
「俺から見れば、お前もこいつらとさして変わらねえけどな」
聞き捨てならず、ギロリとカイを睨みつけるルーラ。だが幾ら睨みつけようと、カイは皮肉げに笑うだけであった。暖簾に腕押しの彼を、彼女はそのまましばし睨みつけ――
ふっと微笑を浮かべる。
「……家に帰ろう。みんな私たちを心配してくれているだろうからな」
「そうだな。そういえば、エリーゼの奴が菓子を焼くとか張り切っていたっけか?」
カイのこの言葉に、ティムとリリーが「おお!」と表情を華やがせた。
「なぜそれをさっさと言わん! くそ! 早く帰らねば俺たちの取り分がなくなるぞ!」
「ダッシュだね! 家までダッシュだね!」
「……それじゃあ帰ろうか」
誰よりも率先して歩き出すササ。カボチャに隠れて表情は見えないが、意外に彼も喜んでいるのかも知れない。そんなことを想像して、ルーラはクスリと笑った。
子供たちとカイと一緒に、門のところまで歩き始める。先程まで少々重い雰囲気に包まれていたが、今はそれが嘘のようになごやかだった。軽い談笑を交わしながら門へと近づいていき、警備兵の人垣をさらりと横切ろうとする。するとここで――
「――って、逃がすかあああああああ!」
警備兵のみならず、背後のスーツ連中からも、一斉に声が上がった。柔らかな笑顔を渋くさせるルーラとカイ。そして警備兵から再度距離を取りつつ――
「――ちっ……誤魔化せなかったか」
二人同時に舌を鳴らした。
まさか本当に、この雰囲気に流されて彼らが見逃してくれると思っていたわけではないが、何となくそれっぽい感じになったため、カイと息を合わせて試してみただけだ。
どうやら彼らの機嫌を損ねてしまったようで、先程まで以上に、鋭い視線をこちらに向けてくる警備兵とスーツ連中。ルーラは嘆息すると、隣に並んだカイにぽつりと言う。
「……私は背後のスーツ連中をやる。カイは警備兵を担当することでいいな」
「別に構わねえけど……あんまマジにやるなよ。お前は加減が下手だからな」
余計なお世話だ。そうカイに愚痴をこぼそうとした、その直後に――
警備兵とスーツ連中が一斉に迫りきた。
「何だかよく分からんが――とにかく怪盗の連中を捕らえろ!」
「警備兵の野郎に先を越されるな! 何としても例の像を取り返すんだ!」
ルーラは踵を返すと、子供たちの前に素早く躍り出て、迫りくるスーツ連中に立ちはだかる。目を剥きながら警棒を振り上げるスーツ連中。ルーラは慎重に息を吐くと、腰に下げた刀の柄に右手を添えるように触れさせて――
一息に抜刀した。
「がぁあああああ!?」
スーツ連中の中で、先行して迫りきていた三人の男たちが一斉に悲鳴を上げる。男たちの右手首が浅く切り裂かれ、握力を失ったその手から警棒が落下した。
こちらの反撃に怯んだのか、スーツ連中の足がピタリと止まる。ルーラは刀を振るい付着した血液を払うと、顔を強張らせるスーツ連中に向けて、瞳を鋭くさせる。
「どうした……怖気づいたか?」
詰まらない挑発。だがその言葉に、二人の男が顔を真っ赤に染めて、罵声を上げながら踊り掛かってきた。ルーラは刀を回して逆刃に構えると、意識を瞬時に集中させる。
男が力任せに警棒を振り下ろす。ルーラは半身になり警棒を躱すと、靴底を滑らせるようにして踏み込み、男の鳩尾に刀の柄を突き刺した。「ごふっ!」と息をこぼして男の眼球がぐるりと上向く。意識を失った男を突き飛ばして、接近してきたもう一人の男にぶつけると、ルーラはすぐさま刀を振り上げて、男の頭部を刀身で打ち据えた。
折り重なるようにして、二人の男が地面に倒れ込む。あっけなく仲間を倒されたためか、さらに表情を強張らせるスーツ連中。僅かに後退しながら、彼らが震えた声をこぼす。
「お……おい、なんだよこのヘンテコな恰好した女は……化物みてえに強えぞ……」
「そういや……北区に現れる盗人で……刀をぶん回す女の話を聞いたことがあるぞ」
「俺もだ……確かその女は……えっと……サムライだとか呼ばれているって……」
ぼそぼそと呟いているスーツ連中を、一睨みして黙らせるルーラ。彼女は刀を縦に構えると、恐怖の色を浮かべているスーツ連中に、淡々と告げる。
「お前たちに二つだけ忠告してやる。私は無駄な争いは嫌いだが、向かってくるなら容赦しない。その時は、ある程度の怪我は覚悟してもらう。そしてもう一つ――」
黒い瞳を鋭くさせて、ルーラは構えた刀の刃を閃かせた。
「子供たちに指一本でも触れてみろ。その時は、ある程度の怪我では済まさないぞ」