エピローグ3/5
ここで突然、甲高い女性の声が鳴った。ドラキュラ少年に対する説教を遮られ、思わず肩をこけさせる着物女性。そして彼女が慌てて振り返ったその先には――
青い髪を緩やかにカーブさせた女性が、カメラのシャッターを無心に切っていた。
「いいわ! そうよ! それよ! これが可愛さの極致! お腹が空いてきたわ! ハチミツ!? ガムシロップ!? 甘いものでディップしてメラニーを食べちゃいたい!」
「う……うん……そうだね」
青髪女性の危険な言葉に、黒髪ボブカットの少女が頬を引きつらせる。カメラの前で体を震わせているその少女を見て、着物女性が青髪女性に慌てて駆け寄った。
「クリス姉さん! 子供の撮影は引越しが済んでからと、約束したじゃないか!」
「ああ、ルーラちゃん。ごめんなさい。でもメラニーの姿……とっても可愛くない?」
ボブカット少女は、黒を基調としたミニスカートに、頭から二本の角、おしりから先の尖った尻尾を生やしていた。青髪女性が荒い呼吸を繰り返し、興奮した口調で言う。
「さっき段ボールの中から見つけたの。昔に私が子供たちのために縫ってあげた悪魔っ娘衣装だけど、まだ残ってたのね。それでメラニーに着せてみたらもう――ごへらはあ!」
「奇怪な声を上げて写真を撮るな! メラニーが怯えて――じゃなく、恥ずかしそうにしているじゃないか! もう止めてあげてくれ、クリス姉さん!」
「恥ずかしいことなんてないわ。ルーラちゃんもずっと昔、嬉しそうに着ていたもの」
「嘘だあああああああああああああ!」
青髪女性の暴露に、着物女性が羞恥に悶える。しばらく体をクネクネと動かしていた着物女性だが、何とか気持ちを落ち着かせたのか、改めて青髪女性の説得に掛かる。
「ととと……とにかく、クリス姉さんがサボっていては子供たちに示しがつかないんだ! 今はその悍ましい発作を抑えて、引越しの作業を進めてはくれないか!」
「悍ましいは言い過ぎよ、ルーラちゃん。でもそうね……じゃあ少し休憩にしましょうか。それならサボっていることにはならないし、子供の撮影を止めなくてもいいでしょ?」
「は? ちょっと……クリス姉さん。そんな勝手なことを――」
「はいみんな。ご苦労様。おやつを用意してあげるから、食堂に集まってね」
青髪女性のその言葉に、もくもくと引越し作業をしていた子供たちから歓声が上がる。そして次々と、青髪女性と部屋にいた子供たちが廊下へと姿を消して――
部屋に着物女性が一人だけ残された。
だだっ広い部屋に一人佇み、着物女性が大きく溜息を吐く。その肩を落とした姿からは、彼女の重い疲労が滲み出ていた。そして、顔を俯けたまま沈黙していた彼女が――
ふとこちらに振り返る。
着物女性の視線に、カイは適当に手を上げて応えた。着物女性がまた小さく溜息を吐き、こちらへと歩いて近づいてくる。カイは彼女が近づいてくるのを、黙して待った。
ガラス戸を抜けて、カイの座っているベンチにまで歩み寄り、着物女性が口を開く。
「……カイはそこで何をしているんだ?」
「ん……ぼんやりとしていた」
素直に答えるカイに、着物女性――ルーラ・バウマンが顔をしかめた。
「お前といいクリス姉さんといい……これでは引越しが終わらないぞ……隣いいか?」
ルーラの問い掛けに頷いてやる。カイの隣に腰掛けたルーラが、自身の肩を手で揉みながら、クルクルと首を回した。誰よりも率先して引越しの作業を進めていたのは彼女だ。やはり疲労が蓄積しているのだろう。
堂々とサボっていたことに若干の罪悪感を覚えつつ、カイはルーラに苦笑する。
「俺はともかく、クリス姉さんは勘弁してやれよ。この半年間、ほとんど中央区に閉じ込められていて、子供たちと滅多に会えなかったんだ。嬉しくて仕方ねえんだろ。それにメラニーはこの孤児院では新参だからな。彼女を孤児院に馴染ませようと必死なんだよ」
「……私にはそれにかこつけて、自分の欲望を満たしているようにも見えたが……」
仏頂面でそう愚痴をこぼすルーラ。彼女のその言葉に、「まあ……それも否定しないがな」とカイは曖昧に答えた。ルーラが何度目かになる溜息を吐き、そしてふと――
そのしかめていた表情を和らげる。
「……なんだか……夢のようだな」
「ん?」
疑問符を浮かべるカイ。ルーラが黒い瞳を柔らかく細めて、彼に微笑みを向けた。
「だってそうだろ? クリス姉さんとまた暮らしていけるんだぞ。まあ地上世界でも数日一緒にはいられたが、今度は孤児院の子供たちも一緒だ。まるで昔に返ったようだよ。歳はだいぶ近づいてしまったが、今でもやはりクリス姉さんは、私の憧れの人だ」
「……その憧れの人を、数秒前にディスっていたように思えるが」
「からかうな。真面目に話しているんだぞ」
カイの余計な一言に、微笑ませた表情をむすっとしかめるルーラ。だがまたすぐに表情を微笑ませて、彼女が僅かに視線を落とす。




