エピローグ2/5
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第五層主要都市アレクシア。その東西南北に分けられた区画の一つ。南区。中流家庭以下が多く暮らしている住宅街の、その中心部付近に、とある民間施設が建てられている。
その施設の名前は――ハロウィン児童養護施設。
ハロウィン児童養護施設は六年前、神聖樹の暴走により森に呑み込まれ、一度大破していた。だが半年間もの土台からの改築工事を経て、今では以前と変わらぬ――否。以前よりも立派な――姿に生まれ変わっていた。
その新生ハロウィン児童養護施設のグラウンドに設置された一脚のベンチ。そこに、一人の男性が座っていた。首筋まで伸ばした黒髪に、鋭く尖る黒い瞳。全身を黒いコートで包み込んでおり、一見してその風貌は、物語などに登場する魔術師然としていた。
男の名前はカイ・クノート。六年前までこのハロウィン児童養護施設で暮らしていた男であり、そして今日からまた、この新生ハロウィン児童養護施設で暮らしていく男だ。
(まあ少なくとも……その予定だな)
カイはそう苦笑すると、ベンチに腰掛けながら首だけを回して、背後を見やった。新しく建て直された孤児院の、その一面に張られたガラス戸。そこから覗ける部屋には、大量の段ボールが床に積んで置かれていた。そしてその積まれた段ボールの上で――
ドラキュラ伯爵の衣装を着た、一人の少年が哄笑している。
「ふははは! ついに念願の我が城が完成した! これを記念して、我ら怪盗ハロウィンズも新たな名前へと生まれ変わろうぞ! 名付けて――怪盗ドコサヘキサエン酸!」
「すごいんだよ! 何だかお魚に豊富に含まれてて、頭が良くなりそうな名前だよ!」
ドラキュラ少年の言葉に、獣耳に獣尾をつけた少女が、拍手喝采を送った。少女の頭に鎮座している翼の生えた子猫が、少女の言葉に同意するように「ミャア」と一声鳴く。
「……何でDHA? まあ最近覚えた言葉をただ闇雲に使っただけなんだろうけど」
そんなドラキュラ少年と獣耳少女に、冷めた口調でそう指摘をしたのは、巨大なカボチャを頭にすっぽりと被った少年だった。開いた段ボールから小物を取り出しつつ、カボチャ少年が淡々とした口調で苦言を呈する。
「二人とも……サボってるといつまでも引越しが終わらないよ」
「それは不要な心配だ! 俺が出張らずともすでに労働者には事欠いていないのだ!」
部屋全体を指し示すように、ドラキュラ少年が両手を広げる。ドラキュラ少年が言う労働者とは、部屋の中をパタパタと動き回っている子供たちのことだろう。
部屋にいる子供たちは、十歳に満たない者から十歳後半の者までおり、各々が分担された役割に従い、段ボールから物を取り出しては、それを適切な場所に運んでいた。
作業に勤しむ子供たちを見回して、ドラキュラ少年が満足そうに頷く。
「この者たちの力があれば、最終兵器たる俺の出番はないだろう。ゆえにここで、この労働に勤しむ者たちに、エールを送っている次第だ。フレー! フレー! 俺!」
「結果的に自分にエール送ってない?」
「あたしも応援するんだよ! フレー! フレー! 社会の不条理に苦しむか弱き民!」
「それは応援でどうにかなる問題じゃないよ」
何だかんだと理由を付けては作業をサボる二人に、カボチャ少年が深々と嘆息する。
「そんなことしてるとまた――」
「こらあああああああああああ!」
カボチャ少年の声を遮って、部屋の中に怒声が響き渡った。ドラキュラ少年の表情がギョッと強張り、廊下に面した扉へと視線を向ける。少年が振り返った扉の前には――
黒髪を肩口で切り揃えた、着物姿の女性が立っていた。
「ティム……お前は何をしているんだ!」
声を荒げた着物女性が、ドラキュラ少年へと一息で駆け寄り、少年の頭を拳で叩いた。殴られた拍子で段ボールから転げ落ちるドラキュラ少年。「ぐぬぬ」と両手で頭を抱えながら、床に座り込んだドラキュラ少年が、着物女性に抗議の声を上げた。
「いってええじゃねえか! いきなり何すんだよ! ルーラの姉ちゃん!」
「やかましい! みんなが働いている時に一人だけサボっているからだ!」
眉尻を吊り上げる着物女性に、ドラキュラ少年が勢いよく立ち上がり、反論する。
「サボってるのは俺だけじゃねえだろ! ちゃんと見ろよ! リリーだって――」
「ねえ、ササくん。これはどこに置けばいいのか教えて欲しいんだよ」
「これは玄関だね。でもリリー、少し休んだほうが良いよ。働きずくめじゃないか」
「うおおおおおおおおおおおおおい!」
カボチャ少年と引越し談義する獣耳少女に、ドラキュラ少年が絶叫する。
「リリー! なんかそういう生き方はずるいと俺は抗議するぞ! あとササ! 何だってそうリリーのフォローばかりをする! たまには俺のフォローをしても――」
「だから――やかましい!」
またも着物女性に頭を叩かれるドラキュラ少年。相当に痛かったのか、頭を抱えて沈黙する彼のその姿に、カボチャ少年と獣耳少女が互いにビシリと親指を立て合う。
頭痛でもするのか、着物女性が額を指先で押さえて、深々と溜息を吐く。
「まったく……いつも問題ばかりを起こして、お前もそろそろ周りの子供たちを見習――」
「きゃあああああああ! メラニー! すっごく可愛いわよおおおおおおおおお!」




