第一章 怪盗ハロウィンズ5/9
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「そういえば自己紹介がまだだったわね。といっても、貴方たちはもうご存知かしら? 私はベリエス・ガイサー。この屋敷の家主で流通業を営んでいる者よ」
紫髪の中年男性が恭しく一礼してそう話した。ティムは紫髪の中年男性――ベリエスの挨拶に大仰に頷くと、自身を親指で示して声を上げる。
「ならば俺も自己紹介をしよう。俺こそが怪盗ハロウィンズのリーダーにして創設者にして最終兵器にして愛玩動物たるティム・カーティスだ。気軽に神とでも崇めてくれ」
「あ……じゃあハーイ。あたしはね、リリー・ベネディクトだよ。えっと、怪盗ハロウィンズのお絵かき担当だよ。絵を描くのが好きなの。今度描いてあげよっか?」
「……僕はカボチャです。以上」
「こいつはササ・フライヤーだ。怪盗ハロウィンズの頭脳的存在だ。つまり俺の脳だ」
「何か気持ち悪い……てか名前言わないでよ」
こちらの自己紹介に、ベリエスがクスクスと肩を揺らす。どうやら自己紹介が好評だったらしい。満足感を覚えるティムに、ベリエスがぺろりと唇を舐めてから、口を開く。
「自己紹介ありがと。でも残念ねえ。名前を教えてもらっても、あまり意味がないのよ」
「ん? それはあれか? 名前を呼ぶなんておこがましいでげす、的なやつか?」
「いいえ。貴方たちに名前があること自体に意味がないの。だってそうでしょ?」
ベリエスの笑顔が徐々に横に裂けていく。
「奴隷に名前なんて必要ないじゃない」
ベリエスの表情の変化に、ササがカボチャ頭の奥から緊張感を滲ませた。対して、リリーはベリエスの言葉の意味が分からないのか、きょとんと目を瞬かせている。そして当然ながら、ティムもベリエスの言葉の意味などよく理解できず、リリーに倣い目を瞬かせる。
ベリエスの真意をしばし思案して、ティムはある一つの可能性に思い至った。
「察するに……自分が憧れている人間を、奴隷と言い換えることが流行りなのか?」
「全然違うわ」
ティムの推測を否定して、ベリエスが裂けた笑みをさらに深くする。
「さっきも話したように、私は流通業を営んでいるんだけどね、その扱う商品はすごく幅広いのよ。表向きの商品から、裏向きの商品まで色々ね。貴方たちのような子供にはまだ分からないかも知れないけど、私にとって人間も立派な商品なのよ」
「……つまり僕たちを捕まえて、物好きな連中に僕たちを売っちゃうってことだよ」
「何だと!? それはつまり、この趣味の悪い金細工の像のようになるってことか!?」
「そんな――あたし背中から羽なんて生えてないんだよ! ムキムキでもないんだよ!」
「うーん……説明が難しいな」
大きなカボチャ頭を傾けるササ。よく分からないが悩みごとがあるらしい。思案するササの邪魔にならないよう――できた友人だ――彼から視線を逸らすと、ベリエスと目が偶然に合った。眉間に皺を寄せていたベリエスが、気を取り直すように咳払いをする。
「ふ……ふふ。いつまでその余裕が持つのかしら? 世間から外れた犯罪者なんて、簡単に売りさばけるのよ。まあ、貴方にはたいした値が付きそうにもないけど、そこの女の子ならそれなりになりそうね。子供だろうと女の子にはいろいろ使い道があるから」
「やったんだよ、ティム! あたしってティムよりもお高い女の子なんだって!」
「ぐぬぬぬ……オイ! もう少し俺の値は上がらんか!? 俺は掛け算とかできるぞ!」
小さく跳ねて喜びを表現するリリーに、悔しさ全開に抗議するティム。彼のまっとうな意見を受けて、何やらこめかみをヒクつかせたベリエスが、また大きく咳払いした。
「い……いい加減にして欲しいわね。とにかく貴方たちはお終いよ。あとそこの娘。その像を手荒に扱うのは止めて頂戴。とても大事なものなんだから、今すぐに返して」
「え? ええ……駄目だよ。本当の持ち主に返してあげるって約束したんだもん」
布袋に入れた金細工の像を胸に抱き、リリーがプルプルと首を振る。ベリエスが「はあ?」と素っ頓狂な声を出し、苛立たしげに舌を鳴らした。
「何よ、本当の持ち主って……それは私がある方から頂いたもので、持ち主は私よ」
「嘘なんだよ。ずるいことして取り上げたものだって、ちゃんと知ってるんだよ」
ぷうっと頬を膨らませるリリーに、ベリエスがギリギリと歯を鳴らす。
「ちょっと優しく接してあげれば付け上がって……これだから子供は嫌いよ。もういいわ。この子供を捕らえなさい! ただし大切な商品だから傷つけちゃ駄目よ!」
自身の背後に控えているスーツの男たちに向けて、ベリエスが指示を飛ばす。これまで空気のように存在感を消していた男たちが、警棒を振り上げて一斉に迫りきた。