第五章 それぞれの選択10/11
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ハロウィン児童養護施設。その台所には、夕食の準備を進めている、クリステルの姿があった。いつもは二人分の食事を用意する彼女だが、最近になり家族が増えて、八人――プラス一匹――分の食事を用意する必要がある。さすがに大変ではあるのだが――
(こんな大人数で食事をするなんて、六年ぶりだものね。疲れなんて吹き飛んじゃうわ)
この地上世界に暮らし始めてから、クリステルは唯一の同居人と二人だけで、いつも食事をしていた。むろんそれも悪いものではないが、大勢で食卓を囲むことに慣れていた彼女には、少々賑やかさに欠けて、やはりどこか物足りなさを感じていた。
だが七日前、カイたちが地上世界を訪ねてきた。クリステルに家族が増えたことで、食事の時間がまた、以前のような華やかさを取り戻す。彼女はそのことが――
嬉しくて仕方がなかった。
ゆえにクリステルにとって、食事の支度など苦にはならなかった。フライパンで炒め物をしながら、賑やかであったこの数日間を振り返り、クリステルは自然と頬を綻ばせる。
するとここで――
「みんな……今日は遅いね」
背後から声が聞こえた。
クリステルが振り返ると、そこには黒髪ボブカットの少女が立っていた。この六年間、クリステルにとって唯一の同居人であった少女、メラニー・バーゼルトだ。
クリステルはコンロの火を止めると、メラニーに振り返り、小さく首を傾げる。
「そう言えばそうね。誰か一人の帰りが遅いことは今までもあったけど……全員となると初めてのことね。何かあったのかしら?」
「……もうみんな帰ってこないのかな?」
不安げに眉尻を落として、メラニーがそう尋ねてくる。少女の思いがけない問いに、きょとんと目を瞬かせるクリステル。だが彼女はすぐにふっと微笑を浮かべると――
メラニーのその小柄な体を、優しく抱きしめてあげた。
「そんなことないわ。ちょっと遅れているだけで、みんなもうすぐ帰ってくるわよ」
「……ほんと?」
「ええ。本当よ」
クリステルはそう答えながら、メラニーには分からないよう、僅かに表情を曇らせた。
カイたちは今、この地上世界を消滅させるための手掛かりを求めて、街中を調査している。もしも帰りの遅い彼らに、本当に重大な何かがあったとするならば、それは十中八九、この地上世界を消滅させる手掛かりに関することだろう。そしてそれはつまり――
(あと数秒後には……私もメラニーも消えてしまっているかも知れないということね)
クリステルはぼんやりとそれを思う。
この地上世界が消滅すれば、クリステルやメラニーを含め、地上世界で暮らしている人々は全て消えてしまう。クリステルはその事実を、予めカイから告げられていた。
それが恐ろしくないわけではない。だが仕方のないことだと諦めてもいる。カイの推測が正しいなら、この地上世界で暮らしている人々は、本来は六年前に死亡しており、その当時の記録をもとにして、魔法で再生されているに過ぎないのだから。
歪であった現実が、あるべき姿に戻るだけだ。それを否定することなどできない。だがまだ幼い少女であるメラニーに、その理屈を受け入れろというのは酷な話だ。
そのためメラニーには、この事実を伝えていない。残酷なようでもあるが、少女は何も知らないまま、その時が来たらクリステルとともに消滅してしまうことになる。
(ごめんね……メラニー。だから……だからせめて……その時が来るまで――)
――一緒にいましょう。
腕の中にいる少女をさらに強く抱きしめる。
その直後に――
クリステルとメラニーは白い光に包み込まれた。
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そして神聖樹が過去の姿へと戻される。




