第五章 それぞれの選択7/11
「ふむ、そうか」
ティムがあっさりと頷いて、リリーとササに声を掛ける。
「よし! フォーメーションFだ! この魔王は怪盗ハロウィンズが退治するぞ!」
「ついにあのフォーメーションFを発動なんだよ! 修行の成果を見せる時なんだよ!」
「そんなフォーメーションなんてないよ」
少女を無視してそう盛り上がるティムとリリー、ササの三人。その子供たちの冷めた反応に、またもぽかんと目を丸くする少女だが、すぐに気勢を取り戻して声を荒げる。
「ちょ……ちょっと聞いてるの!? だからその女が、神聖樹を暴走させたのよ!」
「ふむ、そうか。ならば究極合体技だ! 合言葉は覚えているか!?」
「もちろんだよ! えっと……消しゴム!」
「だから……そんな技も合言葉もないって」
再び少女を無視して盛り上がる三人に、少女が地団太を踏んで絶叫する。
「何なのよ! 良く聞きなさいよ! そこの女が神聖樹を――」
「さっきからうるさいぞ、そこの奴! 何だお前は!? かまってちゃんなのか!?」
我慢がならないとティムが叫び返して、少女にズビシと指を突きつけた。
「そんな昔のことなど知るか! 俺は今のルーラの姉ちゃんを助けてんだ!」
「みんなルーラお姉ちゃんが大好きなんだよ! だからあたしたちが守るんだよ!」
「珍しいことに……二人に同意するよ」
子供たちにそう言い返されて――
少女の表情がひどく強張っていく。
「あり得ない……罪から逃げて……のうのうと生きてきたくせに……こんなこと……」
強張らせた表情を左右に振りながら、少女が声を震わせる。まるで子供たちを恐れるように後ずさる少女だが、すぐ何かを踏み留まるように、後退していた足を止めて――
「そんなこと……あり得ないんだから!」
全身から生やした枝葉や根をうごめかせ、子供たちへと駆け出した。
「ちょ……待て! まだ作戦会議中だぞ!」
「こういう時は襲わないのが鉄則なんだよ!」
「二人とも! どいて!」
慌てふためくティムとリリーの前に躍り出て、ササがリュックサックから伸ばした鋼鉄製のアームを動かし、少女を迎え打とうとする。だがササが動くよりも早く――
子供たちの前に飛び出したルーラが、迫ってきた少女を蹴り飛ばしていた。
「――ぐがっ!?」
ルーラに蹴り飛ばされた少女が、地面を跳ねるようして転がる。地面にうつ伏せに倒れた少女を見据えながら、ルーラは怪我で動かない左手の代わりに、口で鞘を噛み――
抜刀した。
「……三人とも……下がっていてくれ」
鞘を捨てながら、ルーラは背後にいる子供たちに、そう声を掛けた。ティムあたりが何かしら文句を口にするかとも思ったが、意外に三人とも黙したまま、ルーラの指示に従いこちらから距離を空けていく。ルーラは刀を右手に握りしめて――
六年前の自分へと近づいていく。
「みとめ……ない」
蹴り飛ばされた少女が、ふらふらと立ち上がり、こちらに凶暴な視線を投げてきた。
「こんな……六年間も後悔に苦しんできたあたしが……ずっと独りぼっちだったのに……罪から逃げ続けたあなたには……子供たちがいるだなんて――認めないんだから!」
少女が右手を振り上げる。少女の右腕から生えていた枝葉や根が急速に伸ばされて、その鋭利に尖る先端をルーラに向けて突き出してきた。
だがしかし――すでにその時、ルーラは少女の懐に潜り込んでいた。
刀を跳ね上げて、突き出していた少女の右腕を、肩口から切断する。大きく目を見開いた少女が、今度は左腕の枝葉と根をうごめかせた。しかしそれら凶器がルーラの体を貫くよりも圧倒的に速く、返す刀で切り下した刃が、少女の左腕を切断する。
「――ぎっ!」
苦悶の表情を浮かべる少女。その少女の背後から、突如無数の枝葉や根が伸ばされる。少女の体を壁にした死角からの攻撃。だがルーラは素早く体を捻ると――
少女の体を全力で蹴りつけた。
少女の伸ばした枝葉や根の先端が、ルーラの鼻先を掠めて空振りする。少女の体が後方に転がり、仰向けの体勢で静止した。地面に倒れた少女を無言に見据えるルーラ。両腕を失った少女が上体を起こし、体を捻じりながらゆっくりと立ち上がる。
「なに……よ……何なのよ……さっきまでと動きが全然違うじゃない……」
「……私を罵りたければ……いくらでも罵ればいい……だがな……」
まるで刃を研いでいくようにして――
ルーラは黒い瞳を鋭く尖らせた。
「うちの子供たちに手を出す奴は……誰であろうと私が許さない」
ルーラのその気迫に――
両腕を失った少女が――
六年前の自分が――
恐怖に表情を慄かせた。
「あ……あああああああああああああ!」
絶叫した少女の全身から、これまで以上の大量の枝葉や根が、爆発したように伸ばされる。頭上や左右から一斉に襲い掛かる、先端を鋭利に尖らせた枝葉や根。回避しようにも逃げ場などなく、後方に避けようとも、追いすがる枝葉や根に、たちまち捕らえられることだろう。しかしルーラは特に焦らず、枝葉や根を伸ばす少女を見据えて――
真っ直ぐ駆け出した。
植物の凶器が四方から迫りくる。だがルーラは視線を正面の少女に固定したまま、死角から襲い掛かるそれら凶器を、縦横に走らせた刀で薙ぎ払った。ステップを踏むようにして攻撃を捌き、踊るようにして体を捻じり、針に糸を通すような精密さで、迫りくる枝葉と根を切断するルーラ。徐々に距離を詰める彼女に、少女の恐怖が強まっていく。
六年間、死に物狂いで体を鍛え上げてきた。ろくな運動もできないところから、血を吐くような思いをして、体を痛めつけてきた。子供たちを守るための力を求め続けてきた。そうしなければ、たちまち罪悪感に呑み込まれてしまいそうだったからだ。
それは辛い日々であった。気絶して倒れたことも何度もあった。悪夢を見る余裕もないほどに、常に体は疲労困憊であった。だがその経験がゆえ、確信できることがある。
自分は決して頭が良い方ではない。細かい戦略など立てられないし、感情的で冷静さにも欠けている。むろん、魔法が使えるわけでもない。だがそれでも――
こと戦闘においては――
(カイにだって――負けはしない!)
六年前の自分に接近。刀を振り上げて、恐怖に表情を強張らせる少女を――
縦に両断した。
「――ッッッ!」
少女の黒い瞳から光が失せる。少女の全身が細かくひび割れていき、まるで植物が枯れて朽ちていくように、ボロボロとその体を崩壊させていく。そして――
衣服だけを残して、少女の姿は細かい塵となり、消え去った。
風が通り抜ける。少女であった塵が風に煽られて空へと舞っていく。ルーラはその様子をしばし眺めた後に、小さく息を吐いて、右手に握りしめた刀を、地面に落とした。
「んだよ……結局美味しいところはルーラの姉ちゃんが持ってくんだよな」
そんな愚痴をこぼしながら、ティムが背後から近づいてきた。どのような時であろうと、常に前向きな少年のその性格は、自分の重苦しい心を、いつも軽くしてくれていた。
「やっぱりルーラお姉ちゃんはすごいんだよ。かっこいいんだよ。ねえ、ミィ」
「ミャア」
頭にミィを乗せて、リリーが背後から近づいてきた。どのような時であろうと、陰ることのない少女のその声は、自分の闇を抱えた心を、いつも明るく照らしてくれていた。
「それにしても奇妙な子供だったな。植物を操る……神聖樹と何か関係があるのかな?」
状況分析を進めながら、ササが背後から近づいてきた。どのような時であろうと、見失わない少年のその冷静さは、自分の余裕のない心を、いつもさりげなく支えてくれていた。
そんな彼らがいたから――
孤児院の子供たちがいたから――
自分はここまで生きてこられたのだ。
(そんな……当たり前のことを……)
どうして――忘れていたのだろうか。
ルーラは背後を振り返ると、こちらに近づいて来ていた子供たちに駆け寄り――
目一杯の力で子供たちを抱きしめた。
「ぬおおお! どうしたルーラの姉ちゃん! ぐ……ぐるしいぞ! 絞め技か!?」
「よく分からないけど……えへへへ。ルーラお姉ちゃんにハグされて嬉しいんだよ」
「あの……僕はちょっと……照れちゃいます」
三者三様の反応を見せる子供たち。ルーラはさらに強く子供たちを抱き寄せて――
精一杯の想いを言葉にした。
「ありがとう……みんな……」
自分が守るべき存在であり――
自分を守ってくれていた存在。
かけがえのない子供たちを胸に抱き――
ルーラは六年ぶりに大粒の涙を流した。




