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地中の森  作者: 管澤捻
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第五章 それぞれの選択6/11


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 ポニーテールの少女が振り下ろしたナイフを、ただぼんやりと見つめるルーラ。鋭利に尖ったその刃先が眼孔に差し込まれて、眼球と脳を破壊する、その直前に――


 少女のナイフが空中で弾かれた。


「――なに!?」


 自身のナイフが弾き返されて、ポニーテールの少女が驚愕に目を見開いた。ルーラもまた驚愕に目を見開いて、少女の弾かれたナイフと、そのナイフを弾き返した――


 奇妙な鋼鉄製のアームを見つめていた。


 ルーラを守るように、無数の関節を回転させながら、少女を牽制する鋼鉄製のアーム。ルーラは呆然としながらも、そのアームの根元に自然と視線を向けた。彼女の視線の先には、巨大なカボチャを頭に被った――


 ササ・フライヤーが立っていた。


「……なんで?」


 思いがけないササの登場に、ルーラの唇から自然と声がこぼれ落ちる。


 ナイフを弾いた鋼鉄製のアームは、どうやらササが背負っている巨大なリュックサックから、伸びているようであった。ササがカボチャ頭の眼孔をギラリと輝かせ――


 さらにもう一本、リュックサックから鋼鉄製のアームを勢いよく伸ばす。


「いっけえええええええええ!」


 ササの声に呼応するように、新たにリュックサックから突き出た鋼鉄製のアームが大きく頭上に振り上げられる。そして、状況の変化に戸惑う少女めがけて――


 鋼鉄製のアームが力強く振り下ろされた。


「ちょ……何よこの子は!?」


 疑問を口にしながらも、後方に跳躍してアームを回避する少女。アームが地面を叩いて、石畳を粉砕する。その威力に蒼白になりながら、少女が地面に足をつけた、その直後――


「今だ! ティム!」


「任せるがいい!」


 ササとは離れた位置から、快活な少年の声が響いた。反射的に声の出所に視線を向けるルーラ。彼女の視線の先には、ドラキュラ伯爵を模した衣装を着る――


 ティム・カーティスの姿があった。


「スプラアアアアアアアアアアシュ!」


 ティムの構えた玩具の拳銃――スプリングの力で球を飛ばす――が、バチンと音を立てて跳ね上がる。拳銃から放たれた銃弾が、アームを躱したばかりで体勢を崩していた少女に着弾。それと同時に銃弾が弾けて、もうもうとした白い粉塵を周囲に広げた。


「な……こほっ! だから何――」


「リリー!」


「分かってるんだよ!」


 ササの言葉に応えたのは、今度は女の子の声であった。またも反射的に声の出所に視線を向けるルーラ。彼女の視線の先に、獣耳と獣の尻尾をつけた――


 リリー・ベネディクトがいた。


「やっちゃうんだよ! ミィ!」


「シャアアアアアアアアアアア!」


 リリーが腕に抱いた子猫を、ポニーテールの少女めがけて突き出す。子猫にしてブリードであるミィが、威嚇するように大きく口を開けて、小さな火の玉を飛ばした。ミィから放たれた火の玉が、白い粉塵に包まれていたポニーテールの少女へと直進し――


 粉塵爆発を起こして大きな炎となる。


「きゃあああああああああああああ!」


 巨大な炎の中から、少女の悲痛な声が上がる。若干やりすぎではないかと、少しばかり引いてしまうルーラ。その彼女の目の前に、三人の少年少女が駆け寄り――


 びしりとポーズを決めた。


「ふははははは! 怪盗ハロウィンズ! ここに見ざにゃん――よし噛んだぞ!」


「悪い子はお仕置きしちゃうんだよ! 法的に不味いことまでしちゃうんだから!」


「だから怪盗である僕たちも悪党だって。あと僕は絶対ポーズなんて取らないからね」


 声高に叫んだその少年少女を――


 ルーラはぽかんと目を丸くして見つめた。


 ポーズを取るティムとリリー、そしてササ――彼だけは宣言通り棒立ちだが――を、呆然と見つめるルーラ。そのまま数秒ほど眺めるも、子供たちはポーズを一向に崩そうとしない。どうやら話し掛けられなければ、ポーズを解除しない仕組みらしい。


 ルーラは丸くした黒い瞳を二度瞬かせて、子供たちに呆然と声を掛けた。


「……何をしているんだ? お前たち」


 ルーラのその声に、ようやくポーズを崩して、子供たちがこちらに振り返る。ササが困ったようにカボチャ頭をポリポリと掻き、小さくお辞儀をした。


「実はルーラさんの後を付けてました。様子がおかしく心配だったので……すみません」


「純度百パーセントの善意からの行動だ。ゆえに説教はなしという方向を希望するぞ」


 なぜか偉そうにそう頷いたティムが、すぐ怪訝な顔をして首を傾げる。


「ところであの子供は通り魔か? あんなのに手こずるなど、姉ちゃんらしくないな」


「あわわわ! ルーラお姉ちゃんひどい怪我なんだよ! 痛そうなんだよ!」


 慌てた様子のリリーが、どこからかホッチキスを取り出した。


「漫画とかで見たけど、傷口はホッチキスで止めると良いんだよ!」


「リリー。それ果てしなく間違った情報だよ」


「そうだぞリリー。怪我にはまずガマガエルの油を塗るのが定石だ」


「二人とも少し黙っていようか」


 リリーとティムの頓珍漢な言葉を、ササが律儀に突っ込む。もはや見慣れた三人のやり取りだ。そこには、ルーラに怒鳴られたことに対する気不味さなど欠片もない。


(どうして……?)


 ルーラは胸中で自問を繰り返す。


 どうしてこんな自分を、子供たちは追い掛けてきてくれたのか。どうして心配などしてくれたのか。感情的に怒鳴り散らすようなこの自分を、身勝手な想いを押しつけてきたこの自分を、子供たちから嫌われても仕方がないはずのこの自分を――


 どうして――守ってくれたのか。


 きょとんとした顔で、こちらを見つめている子供たち。沈黙を続けるルーラを、訝しく思っているのだろう。ルーラは声を詰まらせながらも、口を開こうとした。


 するとその時――


「がああああああああああああああ!」


 絶叫が鳴り、少女を呑み込んでいた炎が掻き消えた。炎の中から、全身を炎に焦がした少女が、姿を現す。ポニーテールが解けて乱れた蓬髪の隙間から、ギラギラとした眼光を瞬かせる少女。その少女が身にまとう、ところどころ焼けた灰色のマントから――


 植物の枝葉や根が無数に伸びていた。


 全身から生やした枝葉や根を、不気味にうごめかせる少女。どうやらその枝葉や根で、炎を強引に振り払ったらしい。荒い息を吐きながら、憤怒の形相を浮かべる少女に、ティムが「げえ!?」と眉間に皺を寄せた。


「コイツ……第二形態に変身しやがったぞ! となれば魔王に違いないな!」


「すごく不気味なんだよ! きっと名前はドドロモッゲルゴグ・リンリンなんだよ!」


「セカンドネームが可愛らしいね……」


「……あ……あんたたち……」


 ギリギリと瞳を尖らせた少女が、納得がいかないというように強く頭を振る。


「どういうことよ……どうしてそいつを守っているのよ……さっきこいつと大喧嘩していたじゃない! 理不尽に怒鳴られたでしょ! 守る必要なんかないじゃないの!」


 そうがなり立てる少女に、ティムが理解に苦しむとばかりに「む?」と眉をひそめる。


「何を言っている。家族なんだから喧嘩ぐらいするだろ。さては一人っ子か?」


「ルーラお姉ちゃんが叱ってくれるから、あたしたちも自由に楽しくすごせるんだもんね」


「まあ二人は自由すぎるけどね」


 平然とそう語る子供たちに、ポカンと目を丸くして沈黙する少女。だがしばらくすると、その呆然としていた少女の表情に、再び凶暴な笑みが浮かび上がる。


「ふ……ふふ……きゃはははは! なるほどね! 随分とうまく仕込んだものね! してやったりってところかしら! だけどね、こんなもの、この子たちがあなたの本性を何も知らないからなのよ! 今それをここで、証明してやるわ!」


 浮かべていた凶暴な笑みを、さらにニンマリと不気味に歪め、少女が声を荒げる。


「いいこと教えてあげる! そこのルーラ・バウマンはね、六年前の神聖樹を暴走させた張本人なのよ! あなたたちから故郷を奪ったのは――この女だ! きゃはははは!」


 喉が裂けんばかりに哄笑する少女。ルーラはこの瞬間、空気が凍りついたのを感じた。凶暴な笑みを浮かべた少女が暴露した、自身の忌むべき大きな罪。


 その悍ましい真実に――


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