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地中の森  作者: 管澤捻
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第五章 それぞれの選択3/11


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「もう黙れよ」


 神聖樹の暴走。大勢の被災者を出した災害。六年前の悪夢。その真実。それを調子よくペラペラと話していた少年に、カイ・クノートは底冷えするような声でそう言った。


 カイのこの言葉に、少年がぴたりと言葉を止める。日頃から悪い目つきを、さらに鋭くさせて少年を見据えるカイ。彼が内で湛える怒りに、少年が笑みを浮かべる。


「どうして黙る必要があるの? ボクを神聖樹だと認めてもらうために話しているのに」


「認めてるさ。お前は神聖樹で……魔術師と樹木の合成体――品種改良生命体(ブリード)なんだろ」


「分かってくれたようでうれしいよ」


 満足そうに頷く少年―――神聖樹に、カイは尖らせた瞳をさらに細めていく。


 カイのすぐ近くには、神聖樹の話を聞いて呆然としている、金髪の女性がいる。マリエッタ・ヴァルトエック。地下世界の管理を担うヴァルトエック家の、その次女である彼女にとって、神聖樹の話はさぞ衝撃的だったであろう。なにせ、アレクシアの歴史において最悪ともいえる災害、神聖樹の暴走を引き起こした憎むべきその原因が――


 自身のすぐ近くにいたのだから。


 驚愕に見開いた金色の瞳で、マリエッタが神聖樹を見つめている。何も語ろうとしない彼女が、果たしてどのような感情を抱いているのか。それは分からない。だがそれをマリエッタに尋ねるつもりなど、カイにはなかった。彼はただ神聖樹を見据えて――


 一歩前に進み出る。


「……随分と怒っているね?」


 カイの表情を見て、神聖樹がそう可笑しそうに呟いた。神聖樹の呟きを無視して、また一歩、神聖樹へと足を踏み出すカイ。その彼に、神聖樹が軽い調子で肩をすくめる。


「そこの金色の女性に聞かれては、不味い話だったかな? でも君がそれほど気にすることはないんじゃないかな。状況から察するに君はそう――被害者に過ぎないんだから」


 さらにまた一歩前に進み出る。


「まあでも、君が怒ることも予測はできていた。神聖樹であるボクが言うことではないけれど、自分の妹が大勢の人を殺してしまったんだからね。隠したくなる気持ちも分かる」


 黙したまま歩を進めていくカイに、神聖樹が「ごめんごめん」と手をハラハラと振る。


「少し君に意地悪をしたかったんだ。なにせ、ボクは君に水を叩き落とされたんだからね。あれは地面から何か月も掛けてかき集めた、貴重な水なんだ。神聖樹のボクにとってのご馳走である水を無駄にされたんだから、多少の意地悪は大目に――」


「神聖樹ってのは随分と口が回るんだな。俺は黙れと言ったんだぞ」


 カイの刃を帯びたその一言に、神聖樹が口を閉ざした。カイは進めていた歩を止めると、浮かべていた微笑みを打ち消した神聖樹に、感情のない声で淡々と言う。


「……まあいいさ。喋りたいなら好きなだけ喋ればいい。すぐに何も言えなくなる」


 強く握りしめた左手を、かざすように胸の高さにまで持ち上げる。木肌の質感をした神聖樹の腕。カイのかざしたその異形の手を見据えて、神聖樹がポツリと言う。


「六年前……成長を止められていたボクは意識が鮮明ではなかった。だからボクの一部が君に根付いたことは、ボクにとっても想定外のことだったよ。おかげでボクは君を警戒せざるを得なくなった。ボクの体を……ボクの魔法を一部とはいえ手に入れた君をね」


 神聖樹が「もっとも……」と、一度打ち消した笑みをその表情にまた浮かべた。


「その腕に触れられさえしなければ、どうってことはない。一応警告しておくよ。ボクを過去に引き戻そうなんてしないほうが良い。ボクは君と話がしたいだけなんだ」


「俺はもう一言たりとも、お前とは話がしたくねえ気分なんだよ」


 そう呟いて――カイは駆け出した。



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