第一章 怪盗ハロウィンズ4/9
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怪盗ハロウィンズが侵入した屋敷。その向かいにある路地に身をひそめて、彼は左手の腕時計を眺めていた。時刻は二時三分。怪盗ハロウィンズが屋敷に侵入してから、三分が経過したこととなる。彼は小さく息を吐き、まくっていた手袋の裾を元に戻す。
「……もう我慢できない。私たちも行こう」
焦りを滲ませた声が聞こえてきた。彼は吊り上がった瞳を二度瞬かせると、声の出所にその視線を向ける。路地の暗がりに隠れるようにして、一人の女性が立っていた。
肩口で黒髪を切り揃えた女性だ。年齢は十七歳で彼の一つ年下となる。引き締められた眉に、引き締められた黒の瞳。形の良いシャープな鼻に、真一文字に結ばれた唇。年齢の割にその気配には隙がなく、整った顔立ちからは彼女の強い意志が滲んでいた。
彼は首筋まで伸びた黒髪をポリポリと掻きながら、彼女の手元に視線を落とした。彼女の服装は一般的にあまり見ないもので、着物と呼ばれている衣服だ。そして彼女の腰に巻かれている帯には、これまた一般的にあまり見られない――
黒い鞘に納められた日本刀が吊り下げられている。
彼女の手が、その日本刀の柄に触れていることを確認し、彼は小さく嘆息する。
「少し落ち着けよ。まだ連中と約束した十分が経ってないだろうが」
「何を悠長なことを……やはり十分も待つことなどできん。こうしている間にも、子供たちが危険な目に遭っているかも知れないんだぞ。それを見過ごすことなどできるか」
「危険だからこそ、今回こうして連中だけで行かせてるんじゃねえか」
すでに何度も話し合ったことを、彼は溜息まじりに再び口にする。
「口でいくら止めようと、あの連中が聞く耳なんて持っちゃくれねえんだ。勝手に怪盗だのなんだのと騒ぎ立ててくれるしよ。だから今回は、自分たちがいかに危険なことに首を突っ込んでいるか、それを分からせるために奴らだけでやらしてんだろうが?」
もっとも、子供たちが屋敷の中に侵入してしまうとは計算外であった。門前払いを受けて消沈する彼らを、そら見たことかと叱りつけることが、彼の目算だったのだ。
彼女の焦りも、その予定違いによるものだろう。彼女のその気持ちには一定の理解を示しつつ、彼はあくまで冷静に状況を見定める。
「幾ら何でも、あんな珍妙な恰好をした子供を殴り殺すなんてことにはならねえよ。怪盗ったって説得力の欠片もねえからな。下手なことすれば過剰防衛になっちまう」
「そんな理屈を期待できる相手か? だいたい、殺されなくても怪我ぐらいは――」
「分かった分かった」
面倒くさそうに手を振る。むっと表情をしかめる彼女に、彼は肩をすくめる。
「あと一分後に俺たちも行こう。あいつらが失敗したと判断するには早い気もするが」
「……成功するわけがないだろ」
愚痴をこぼしながらも柄から手を離し、彼女が苛立たしげに腕を組む。
「本当に理解しているのか? 相手はあのベリエス・ガイサーなんだぞ?」
「分かってるよ。まあ……だからこそだ」
怪訝に眉をひそめて「どういうことだ?」と問う彼女に、彼は気楽な調子で言う。
「商品は傷つけない。そういうことだ」
彼の言わんとしていることを理解したのか、彼女の表情がますます渋くなる。
彼女の表情には気付かないふりをして、彼は黒のロングコートにあるフードを、目深に被った。もはや面など割れているが、習慣的に仕事中は顔を隠すようにしている。
もう一度左手に巻いた腕時計で時間を確認する彼に、彼女が溜息まじりに呟く。
「お前はお気楽が過ぎるぞ……カイ」
不満げに唇を尖らせる彼女に、彼は皮肉げな笑みを浮かべる。
「お前は過保護が過ぎるな……ルーラ」