第一章 怪盗ハロウィンズ3/9
スーツの男たちに銃口を向けて、引き金を躊躇なく引く。構えた拳銃からバチンとバネの弾ける音が鳴り、銃口から直径五センチほどの球が高速で撃ち出された。
スーツの男たちが「な――!?」と声を詰まらせる。ティムの撃ち出した球が手前のスーツ男の顔面に着弾、パンッと弾けて球の中から白い粉が噴出する。
瞬く間に白い粉に包み込まれたスーツの男たちに、ティムは哄笑を上げる。
「ふはは! 油断したな愚か者め! これぞハロウィンズの秘密兵器――粉爆弾だ!」
「その粉に包まれた人は呪われるんだよ! 歩くときに手と足が同時に出るんだよ!」
「ただの小麦粉なのに?」
リリーの脅し文句に首を傾げるササ。白い粉に包み込まれたスーツの男たちが、咳き込みながら粉を振り払おうと手を振るう。その様子を眺めつつ、ササがポツリと言う。
「下らないこと言ってないで、早く二階に行こうよ。多分右手の扉の先にあるからさ」
「そうなのか? よく分かるな」
「家の構造なんて似たようなものだから、外から眺めれば間取りは大体見当がつくよ」
「すごいよササくん! じゃあさ、処刑室とか拷問室とかどこにあるか分かるの!?」
「……知らないし知ってどうするのさ?」
そんなことを話しながら、白い粉にもがいているスーツの男たちを横切り、右手にある扉に駆け込む。扉の先には長い廊下があり、その廊下の半ばほどに、ササの推測通り上り階段が見えた。立ち止まることなく階段に駆け寄り、二階に向けて階段を駆け上る。
階段の中腹辺りで、二階から下りてくる三人のスーツ姿の男たちが現れた。
「このガキどもが! 何をしてやがる!」
「もう冗談じゃ済まされねえぞ! ああ!?」
無線機か何かで連絡を取り合っているのか、諸々の事情は把握しているらしいスーツの男。こちらを捕まえようと手を伸ばす彼らを見据えつつ、ティムは口を開く。
「リリー! やってしまえ!」
「アイアイサー!」
リリーが懐から小瓶を取りだし、それを素早く横なぎに振るった。小瓶からこぼれ出た透明の液体が、三人のスーツ男の足元にパシャンと降り掛かる。すると――
「どわわわわわ!」
液体に足を滑らせたスーツの男たちが、階段を転げ落ちていった。一階の廊下に折り重なるように落下した男たちを見て、階段の脇に退避していたティムは哄笑する。
「ふはは! 足元をろくに確認しないからそうなるのだ! この間抜けどもが!」
無様なスーツの男たちを嘲り、改めて階段を駆け上ろうとした。ところで――
「――ぶべっ!」
リリーの撒いた液体に足を滑らせて、ティムは強かに転んだ。階段の角に顔面を強打して、強烈な痛みが脳に突き刺さる。階段に倒れ込みプルプルと体を震わせるティム。そんな彼を、リリーとササがポカンと目を丸くして見つめていた。
ティムは痛みを堪えて立ち上がると、額の汗をぬぐう仕草をして、小さく息を吐く。
「……危なかった。リリーとササには見えなかっただろうが、透明人間的な奴が急に襲い掛かってきたんだ。何とか俺のローリングタイフーンで追い払うことに成功したがな」
「そ……そうだったんだね! あたしてっきり、足を滑らせたのかと思ったんだよ!」
ぱあっと表情を華やがせるリリーに、ティムは呆れて肩をすくめた。
「おいおい。俺がそんなミスをするわけないだろ? 仮に……万が一に俺が足を滑らせたとしても、俺は五回転半ひねりを加えつつ華麗に着地してみせるぜ?」
「……何でもいいけどティッシュ貸そうか?」
滝のように流れる鼻血を見て、ササがポケットティッシュを差し出してくる。ティムは素直にそれを頂戴すると、鼻の穴にティッシュを詰め込み、意気揚々と二階を指差す。
「さあ行くぞ! 獲物は近い! 怪盗ハロウィンズとして、ここからが正念場だぞ!」
「あたし気合十分だよ! 今ならトマトだって食べられる気がするんだよ!」
「ホント? ならリリー、口を開けてみて」
「え? 何ササく――ぼげえええ! ど……どぼじでトマトもっでぶのおお!?」
「リリーが今朝残したトマトをパックして渡されていたんだ。食べ残すなだって」
「ぼごぼご……ハッ!? 口から赤い液体が! まさかこれは――血!?」
「トマトの汁だよ」
「盛り上がってるところで――レッツゴー!」
蒼白になりながら口元を抑えるリリーと、その彼女の口にトマトを投げ込む隙を伺っているササ。そんな二人の気合(?)に後押しされ、ティムは一息に階段を駆け上がった。
二階に上がりすぐ、廊下に視線を巡らしてスーツの男がいないことを確認する。ティムから少し遅れて階段を上ったササが、廊下の奥にある左右開きの扉を無言で指差した。ササの示した扉に駆け寄り、ティムは何の躊躇いもなく、扉を力強く開ける。
扉の奥はリビングであった。一般的なリビングの倍はあろうかという広さがあり、一見して高価な調度品が、そこに押し込めるようにして配置されている。利便性よりも富の主張を優先したためか、そのリビングからはまるで節度を感じられなかった。
もっとも、家主の感性などこの際どうでもいいことだ。ティムは部屋に一歩足を踏み入れると、ギラギラと下品に輝く調度品をぐるりと見回して、目的となる物を探した。
目的の物は金縁の棚の上に飾られていた。ティムは「おお!」と歓喜の声を上げると、くるぶしまで沈み込む赤い絨毯を踏みつけながら、その目的物のそばに駆け寄る。
目的の物――金細工の像を目の前にして、ティムは満足して頷いた。
「ついに辿り着いたぞ。これが伝説の秘宝――えっと……『神々の涎』か」
「無理に凄みを出さなくていいよ。というか凄みを出し切れてないしね」
「それにしても、すごく変な像なんだよ。これがどうしてそんなに高価なのかな?」
首を傾げるリリーに、ティムは改めて金細工の像を観察した。
金細工の像を簡単に説明すると、背中から翼の生えた人間が両手を広げているというものだ。恐らく、その翼の生えた人間は天使をイメージしているのだろう。ありきたりな題材といえるが、なぜかこの像は、その空に舞い上がろうとする天使が――
頭の禿げあがった筋骨隆々の男であった。
美しさの欠片も感じられないその金細工の像をしばし眺め、ティムは顔をしかめる。
「ふむ……美的センスが溢れまくりで、耳から美的汁を垂らしている俺でも、いまいちこの像の良さが分からんな。あれか? 舐めてみると甘いとかそういうことか?」
「確かに……そう考えると納得するんだよ」
「納得するかなあ?」
カボチャ頭で器用に眉をひそめて、ササが「そんなことより」と話を変える。
「何か拍子抜けするほど簡単だったね。まあそれは何よりなんだけど」
「俺たちも成長しているんだろう。今回はあの二人の出番もなかったな。あいつらの悔しがる顔が目に浮かぶようだ。具体的にはこう……網膜にじんわりと滲む感じで」
「じゃあコレ、袋に入れちゃうね」
ポケットから取り出した布製の袋に、金細工の像を乱暴に投げ入れるリリー。ティムは顎に指を当てながら、棚に飾られている他の像やら置時計をぐるりと見回した。
「さて……依頼はこれで完了したとして、戦利品はどうするか? どうにも趣味が合わないのか、どれを見ても食指が動かんのだがな」
「適当でいいんじゃない? どうせ売るんだし見た目なんてどうでもいいよ」
ササの言葉に、ティムは「それもそうだな」と近くにある置時計――金やら宝石が無駄にはめ込まれていて、肝心の時間が分からない――に手を伸ばした。
するとここで――バタンとリビングの扉が力強く開かれる。
「そこまでよ! 怪盗ハロウィンズ!」
「――何だと!?」
ティムはハッと表情を強張らせると、扉に素早く振り返った。扉からぞろぞろとスーツ姿の男たちが現れて、瞬く間に人垣をなしていく。そしてその人垣の中心には――
ド派手な赤いガウンを羽織った、紫髪の中年男性が立っていた。
ごつい指輪をはめた指をくねりと動かし、紫髪の中年男性が瞳をゆっくりと細める。
「子供のくせに、私の屋敷で随分なことをしてくれたわね。でも、もうゲームはお終い。良い子だからその盗もうとした物を、元の場所に戻しましょうね」
笑みを浮かべながらも、紫髪の男性の口調はひどく威圧的であった。ティムはごくりと唾を呑み込むと、紫髪の後ろに控えている十数人のスーツの男たちに視線を移す。各々が警棒のような武器を構え、今にもこちらに襲い掛からんと、腰を落としていた。
ティムは表情を強張らせたまま、リリーを横目に見やる。彼女もまたティムと同様に、その表情をひどく強張らせて、見開いた碧い瞳を細かく震えさせていた。彼女も自分と同じことを考えている。それを確信して、ティムはポツリと呟く。
「……リリー」
「……うん……ティム」
そしてティムは――
「聞いたか! ついに俺たちを怪盗ハロウィンズだと知る人間ができたぞ!」
「やったね! チラシを配っては地道に知名度を高めてきた甲斐があったんだよ!」
歓喜に震えた拳を高々と突き上げた。